回収CO₂、地下貯留は割に合う? チューリヒ近郊で実験進む

近い将来、スイスの家庭ごみや工業廃棄物から出る二酸化炭素(CO2)は地下に貯留することが可能になるかもしれない。チューリヒ近郊で今、CO₂をどのくらい国内に貯留できるか、あるいは北海に運んで圧縮注入するべきか、研究が進んでいる。
トリュリコンはチューリヒ市から30分ほど北上したところにある。緑の丘とブドウ畑に囲まれたのどかな村で、一見、何の面白みもないように思われる。郵便局が一つ、レストランが2軒、スーパーが1軒ある。
だが村内で長らく未使用だった掘削坑が今、国家的に重要なプロジェクトに貢献している。地下の状態を知り、CO₂を貯留することが地質的に可能かどうか、調査している。
昨秋から、スイス連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)がCO₂を地下に貯蔵する可能性を研究調査している。深さ1キロメートルまでの地下振動計測を行い、そのデータをコンピュータモデルに落とし込んで、CO₂の貯蔵容量と危険性を判断する。
研究者たちがゴーサインを得ることができれば、2026年中頃からはこの掘削孔に少量のCO2を圧縮して埋め込むことができるようになる。

だが、トリュリコンは試行に過ぎないと、ETHZのスイス地震研究所(SED)でこのプロジェクトの渉外担当者、ミシェル・マルティ氏は言う。
「この掘削孔を永久的な貯蔵庫にするつもりはありません」とマルティ氏は語る。試行実験の後、掘削孔は閉鎖し、CO₂を注入することはない。
トリュリコンでの実験は時限的なものだが、段階的に進むスイスのCO₂回収・貯留(CCS)計画にとっては大きな意義を持つ。この研究によって得られたデータで、スイス国内でどのくらいの量のCO₂が貯留可能で、そのためにかかるコストはどの程度かを調べている。
「最大の疑問は、CO₂をスイス国内に貯留するか、それとも国外で貯留するかです」。ETHZの気候研究者、シリル・ブルンナー氏はこう語る。
「だからトリュリコンでの実験はとても重要なのです。スイス国内での貯留にかかるコストや他の手段にかかる費用を算出するのに役立ちます」
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、世界的な気候改善目標達成にはCCSが不可欠と位置付ける。だが国際環境NGOのグリーンピースなどは、CCSを高額過ぎると批判し、化石燃料の利用を長引かせる可能性があると危惧している。
スイス連邦内閣(政府)は2050年の排出量実質ゼロ目標に向け、CSSを支柱の1つに据える。ゴミ焼却炉やセメント工場から年間7百万トンものCO₂を回収・貯留できるとそろばんをはじく。

しかし、もっと切実な問題が残っている。スイス国内で地下貯留する際の費用効果やリスクのほか、地熱や風力によるプロジェクトの時のように反対運動にあう可能性もある。どれくらいの量のスイス産CO₂を、ノルウェーやオランダなど他国へ送ることができるのかという疑問もある。
貯留されたCO₂はどうなる?
CCSの実現可能性については、地質がカギを握る。例えばスイスの南アルプス地方では、玄武岩や橄欖岩、蛇紋岩などの、その場で結晶化するのに適した特定の岩石が見られる。
その際、水に解けて地低に浸み込んだCO₂は、炭酸として多孔性の岩石に浸透して溶ける。この経過で鉄分、マグネシウム、カルシウムイオンが遊離される。CO₂はカルシウム及びマグネシウムと結合し、例えば石灰岩のような白色の岩石になる。
だがETHZの研究外部リンクでは、CCSの特殊技術はスイスの地質には合わないことが分かっている。アルプスの下の複雑な岩石構造や水需要の大きさが支障になり、費用面のハードルも高いという。
しかしETHZは代案を発見した。スイス中央の平野部にある堆積岩と、塩水帯水層が、長期間のCO₂貯留に適している。もともと核廃棄物を地下貯蔵する可能性を探るために建設されたトリュリコンの深い掘削孔に、この代案の試験場所として白羽の矢が立った。
「スイスには、1キロ以上の深さがある掘削孔は、そう多くありません」とマルティ氏は言う。状態も良好で、地学的条件もぴったりだった。
「このような掘削孔を一から掘らなければならないとすると、かなり費用が嵩むでしょう」とマルティ氏は語る。
この計画では、液化したCO₂を多孔性岩石の層に加圧注入し、乳白色のオパリナスクレイという粘土岩で周りを固めて漏れ出ないようにする。その後液化CO₂は掘削孔の周囲数百メートルにわたって分散し、時間と共に混ざってゆっくりと層の一番下に沈んでいく。
ここでCO₂は飲料用水層の数百メートル下にある塩分を含んだ地下水に溶け出し、漏出リスクは最小限に抑えられる。

掘削孔はいくつ必要なのか
スイス連邦エネルギー局(BFE/OFEN)の試算では、2050年までに国内でおおよそ300万トン、国外に400万トンのCO₂を貯留することができるとされている。
トリュリコンのプロジェクトは、このような試算を精査して、スイスに必要な掘削孔の数やそれにかかる費用といった重要な質問に対する答えを出す狙いがある。
ブルンナー氏が、「岩石の多孔度、つまり岩石を通じ貯留できるCO₂の量も未解明です」と説明する。「例えばCO₂を100万トン貯留するために掘削孔を1本掘るのが効率的なのか?1本の掘削孔は焼却場1つ分のCO₂を処理できるのか、それとも10カ所分なのか?」
連邦環境局(BAFU/OFEV)は2023年、必要な貯留場所はスイス国内に5カ所との試算を発表した。スイス独自のCCSシステム構築には163億フラン(約2.8兆円)の建設費に加え、2028年から2050年まで各年10億から20億フランの運営費がかかるとした。
コストの半分以上はCO₂を分離するインフラ整備に投入され、30%はパイプライン建設に使われる。CO₂を国外で貯留するにせよ、スイス国内で貯留するにせよ、長期的にはコストは恐らくそれほど変わらないだろうというのが環境局の見積もりだ。しかし研究者たちはこの数字はかなり不確実だと警告している。
どのようにCO₂を運ぶのか
すでにヨーロッパ内では200もの実行可能なCCSプロジェクトが存在している。そのほとんどは、貯留に適した砂岩を持つ北海に開発予定だ。formations.
だがCCS技術は極めて複雑で、数えきれないほど多くの技術的・経済的・生態学的・法的難問を抱えている。
エネルギー経済・財務分析研究所(IEEFA)の2024年の報告書は、ほとんどのプロジェクトは過度に野心的で、多くは経済的な負担能力の点で遠く及んでいないと警告している。
CO₂をどのように運ぶかについての障壁も残る。道路、線路、船、パイプライン、どれを使ってもその技術は複雑で高額になる。
昨年2月の欧州委会の研究報告は、国境を越えた頑強なCCS運搬網の構築と強力な国際的共同作業の必要性を指摘した。
特にスイスのように内陸にある国には、パイプラインによる運搬が最も好都合な解決策とみなされている。CO₂パイプライン・スイスのドミニーク・ヴロダーツァク社長はswissinfo.chに、スイスのパイプライン網建設に向けコンソーシアムが結成されたと話した。
手始めに、チューリヒからバーゼルへのCO₂運搬を2030年代の中頃から始めるという。だが課題は多い。例えばこの新しいプロジェクトは、ヨーロッパのいずれかのネットワークと調和させ、スイス国境地域ではフランスあるいはドイツを通って結ばれなければならない。
「回収したCO₂のほとんどは北海に送られますが、恐らくいくらかの量は地中海地域に移送するということになるでしょう」と、ヴロダーツァク氏は言う。
一般市民を巻き込んで進む
スイスにおけるCCSの発展のためには、一般市民の理解や、環境保護における利害調整も不可欠だ。
2022年から2024年に、ETHZはアイスランドを舞台に、スイスで回収したCO₂を永久的に外国で貯留することの実現可能性を調査した。

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その結果、CO₂をトラック、列車、船で輸送すると、排出量が増えるものの、回収せずに大気放出するよりは排出抑制できることが分かった。
「私たちがこのプロジェクトのために行った研究結果から分かったのですが、スイスの一般市民はCO₂貯留についてほとんど理解していません」と、マルティ氏は語る。それゆえ、まだ強力な賛成意見も反対意見も出てきていないそうだ。
「時間とプロジェクトの進展と共に激しくなっていくでしょう。どの方向に傾くかは不明です」
環境局の試算を担当したしたマーティン・アイヒラー氏は、政治的懸念や、地元の反対運動で、スイスのCCSプランは停滞するか、最悪の場合水泡に帰するかもしれないと警告する。その結果「スイスの地下貯留は完全に阻止され、外国に送る以外可能性はなくなるでしょう」と、swissinfo.chに語った。
スイスはスウェーデン、ノルウェー、オランダ、アイスランドと、将来的にスイスのCCSを受け入れる道ならしのための覚え書きを交わしている。しかし他国へ輸送するには、基本的・社会的な課題を伴う。
研究調査によれば、人間は総じて自分たちの出すCO₂の回収・貯留には同意しているとブルンナー氏は言う。それが他国の排出したCO₂で、自分の国で貯留が可能かどうかを調査もせずに送り込まれた場合、話は違ってくる。
「もしスイス国内でCO₂の貯留が地学的・物理学的な理由で失敗するならば、他国の玄関をノックして、『すみません、うちでは上手く行かないんです。お宅で貯留してもらえませんか?』と尋ねることができます。そういう時は、人はもっとオープンになると私は思います」と、ブルンナー氏は語る。
「しかし、『うちは要らない、お宅に置いてくれ!』と私たちが言えば、彼らは恐らくオープンに接してくれないでしょう」
校正:Gabe Bullard/ts、独語からの翻訳:ルスターホルツ友里、校正:ムートゥ朋子

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