スイスの台所の強い味方
半世紀以上も前に発明されたスイスの名品、レックス。野菜の皮むき器だ。これまで世界中で6000万個以上も売れた。
時を経ても人気は衰えない。それどころか、最近は切手の図柄に採用された。
スイスを代表するこのレックスを生産しているのはツェナ ( Zena ) 社だ。しかし、国際的な価格競争で生き残っていくのは結構大変。社長の家族も梱包作業に駆り出されている状況だ。
名品を支えるのは中小企業
「こんなに有名な代物を作っているのだから、さぞかし大企業に違いない」と思う人がいたら大間違いだ。1947年から国際商標登録されている由緒正しいこの名品を生産しているのはチューリヒ郊外の中小企業だ。従業員はたった10人。
スイス産のレックス皮むき器が世界中で売れた大きな理由に、その美しいデザインがある。美しいだけでなく、持ちやすく、使いやすい。しかも値段はたった1.90フラン ( 約150円 )。
飾りを徹底的に排した、単純なデザイン。6つの部品から構成されている。後から売り出された改良版の「スター」は、ステンレス製で3つの部品から構成されるという単純な作りだ。
「この製品が、長い間こんなに人気があるというのは、嬉しいことですが、驚くのは、これが全く『偉大な』形をしているわけではない、ということです。完璧かつ安い、優れものですね」とレックスを製造しているツェナ社のオーナー、ペーター・ネヴェック氏は語る。
台所の出来るやつ
レックスの物語はペーターさんの祖父、アルフレットさんから始まる。彼は従軍中、じゃがいもの皮をむくのに大変苦労した。そして優れものの道具を作って、少しでも人生を楽にしようと取り組み始めたのだ。
「我々は、一体おじいさんがどうやってこの皮むき器のアイデアを得たのか、本当のところはよく分からないのです。アメリカのナイフなどをヒントに、自分でいろいろ試行錯誤してみたのではないでしょうか」とネヴェック氏は言う。
レックスが発売されると爆発的な売れ行きをみせ、長い間会社に利益を与え続けてきた。需要が供給に追いつかないほどだったのだ。ところが1990年代後半に入って暗雲が立ち込めてきた。アジアから同じような製品がもっと安く作られ始めたのだ。
しかし、会社はレックスを改良しようとか、これまでとは違う市場に挑戦しようとかは全くしなかった。レックスの売り上げが大幅に落ちても、会社はこれまでの方針をぴくりとも変えなかった。そんな必要はないと判断したのだ。
手ごわい相手
2000年にネヴェック氏が社長職を引き継ぐと、スイスは経済停滞の真っ只中。早々に経営危機に直面した。困難はこれだけではなかった。新しい社長の前に立ちはだかったのは、「何も変える必要はない」と昔のやり方に固執する父親だった。
「ツェナ社の社長になるのは、一方で非常に楽な仕事でした。何といっても、私はレックスと一緒に育っていますからね。小遣い稼ぎによく仕事を手伝ったものです。もう一方で、そう簡単にはいかなかったのは会社の軌道修正ですね。広告や、市場動向などを調べるなどということは、親父の時代には考えられなかったことでしたから」
敵の抵抗は予想をはるかに上回った。一時は社長になるのを諦めようとしたこともあったが、今では家族の伝統を守りつつ、会社を切り盛りしている。ネヴェック氏は現在48歳。今度は、誰にこの大切な会社を手渡すかを考えている。
ネヴェック氏の娘2人は会社を継ぐつもりは毛頭ないようだ。今後、会社の売却も視野に入れている。
新しい挑戦
「この小さな会社について、心配は尽きません。ただ、売り上げについては、今のところは一息ついています。2006年は過去数年と比べると、かなり持ち直しました」とネヴェック氏は言う。
国際競争を勝ち抜いた背景には、価格の安さと商品の知名度がある。「レックスはたったの1.90フランです。だから利益を出すには、非常に沢山の量を作らなければならないのです」
「私は会社をもうちょっと大きくしたいと思っています。そうすれば、私の家族は工場で包装作業に追われずに済みます。今、人気があるジュリエン・カッターを含め、いくつかの新しい製品が市場に出始めています」
しかし新しい製品を生産するには設備投資が必要だ。このため、ジュリエン・カッターも製品化には大きな資金が必要になった。「新しい製品を生産するには、沢山のお金がかかります。しかも、それをアジアから来る安いカッターと同じような値段で売らなければいけないのですから競争に勝つのは大変です」
オリジナルのレックスは年間100万個以上生産されているが、ツェナ社はさらに金メッキの新しいモデルの販売にも挑戦している。このモデルは1997年に同社がレックスを国際商標登録してから50年経ったことを記念して作られた。スイス各地のデパートでこれまで6000個売られた。
swissinfo、ロバート・ブルックス ( アフォルテンにて ) 遊佐弘美 ( ゆさ ひろみ ) 意訳
レックス皮むき器の発明者は、アルフレット・ネヴェックツェルツァル。
1899年にダヴォスで生まれた。
1912年にチューリヒに移り、1925年までフリーで旅行関連の仕事をしていた。
1931年から台所や家庭用品の生産販売を始め、ツェナ社を創業した。
レックス皮むき器は1947年に国際的に商品登録された。
創業者が亡くなった後は、息子のアルフレット( 同じ名前 ) が後を継いだ。
1970年にステンレスを使ってより改良されたスター皮むき器を発売。
2004年にスイス郵便局はスイスのデザインとしてレックス皮むき器の図柄を切手に採用した。
2006年1月、孫のピーター・ネヴェック氏が会社を引き継いだ。
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。