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食品業界が「スイスらしさ」の法案を火あぶりに

修正案の反対派は、カカオ豆の木はスイス国内では育たないが、チョコレートはスイスを有名にしたと反論する Keystone

スイス食品業界が、「スイス・メイド」と表記できるための条件を示した「スイスネス ( スイスらしさ) 法」を厳しすぎる上逆効果だと批判した。

昨年11月に内閣は、議会修正案によってスイス国内では「スイス・メイド」の原産地表示や国旗の白十字の保護が強化され、海外でも法的処置の執行が促進されるとして同修正案を承認した。

「殺人的な基準」

 しかし、食品業界の統括組織「スイス食品業界連盟 ( FIAL ) 」は、「スイス製」のラベルを得るためには原材料の80%がスイス産でなければならないという条件は行き過ぎであり、非現実的だと主張する。

 修正案は、輸入した原材料を使用してスイス国内で製造を行うスイス企業を罰することになるとFIALは批判する。FIALの代表ロルフ・シュヴァイガー 氏は、「 ( チョコレート麦芽飲料 ) のオヴォマルティン ( Ovomaltine ) は、世界中でスイス製だと思われていますが、スイス産の原材料を80%も調達することは不可能です」
と3月22日に語った。
「最大の問題は、良質の製品を製造するためには、外国産の原材料を必要とする製品がスイスにはたくさんあることです。食品業界が最高品質の製品を作れるようにするために、もっと柔軟性を与えるべきです」

 例えば、チーズ・フォンデュ・ミックスのメーカーの数社は問題になる。なぜならスイス国内ではチーズ・フォンデュ・ミックスの製造に必要な量のワインを作れないためだ。

 「ユニリーバー・スイス ( Unilever Switzerland ) 社」のモニク・ブーカン氏は、伝統的なスイスのブランド「クノール ( Knorr ) 社 」の商品の多くにとって、この80%法案は「殺人的な基準」になると指摘する。

「思い入れのある商品」

 「80%法案の最大の問題は、製品のある一面、つまり原材料にしか焦点を当てていないことです」
 と「ネスレ・スイス ( Nestlé Switzerland ) 」の冷凍食品部門責任者ダニエル・ルッツ氏は語る。
「しかしほかにも、ノウハウ、技術革新、研究開発、信頼性など、全てスイスの文化や歴史に関連する非常に重要な要素があります。しかしそれらは、完全に除外されています」
 つまり、スイスネスとは単に原材料だけを指すのではないということだ。
「第2次世界大戦中の政府指導下においてでさえ、原材料自給率80%台という目標が達成されたことはありませんでした」
とルッツ氏は言い添えた。

 総額2000億フラン ( 約17兆4600億円 ) 以上の粗利益を計上する190社から成るFIALは、原材料の比率だけをスイスネスの基準とすべきではないと同意し、製造コストも考慮されるべきだと主張した。

 中道右派の急進民主党 ( FDP/PLD ) の上院議員でもあるシュヴァイガー氏は、チーズのような80%基準の法案に同意するべき「思い入れのある製品」について、
「スイスチーズがスイス産のミルクで作られていることを誰もが期待しています」
と語った。しかし、さまざまな材料を必要とする、より複雑な製品に関しては、
「別の基準があったほうが誰にとっても望ましい」と考えている。そうした製品のためには、60%の方がより理にかなった数字だとシュヴァイガー氏は考える。

生焼けのビスケット?

 創業100年のビスケットメーカー「カンブリー社 ( Kambly ) 」の社長オスカー・カンブリー氏は、ビスケットのスイスネスについて哲学的なディスカッションを開始し、現状を「全くばかげている」と言い表した。

 例えば、ビスケットは、スイス国内で製粉された小麦粉を使ってスイス国内で製造される。しかし、スイス国内には十分な量の小麦粉がないため、いくらかは国外から輸入される。となるとこれはスイス産のビスケットと言えるだろうか?スイスの調査機関「イソパブリック ( Isopublic ) 社」が行った市場調査では、回答者の60%が「イエス」と答えている。

 「消費者はスイスのチョコレートの原材料がどこから来たものかなど全く気にしていません」
 とカンブリー氏は言う。
 「例えば『バーゼル・レカーリ Basel Läckerli ) ( ハチミツ、アーモンド、かんきつ類の皮の砂糖漬け、キルシュで作った香辛料入りの伝統的な固いビスケット) 』ですが、材料の小麦粉が本当にバーゼルで採れたものだと思いますか」
 とカンブリー氏は疑問を投げかけた。

 カンブリー社にとって、製造の場所は材料の産地より重要な問題だ。法案の現在の基準では、「外国との競争において、スイスのブランド力を弱体化させることになる」とカンブリー氏は考える。
「自ら墓穴を掘るとは、まさにスイス的です」
 とカンブリー氏は結論を述べた。

 ルッツ氏は、「トミー ( Thomy ) 社」のサンドイッチ用マスタード・スプレッド「ル・パーフェ ( Le Parfait ) 」をスイス製として販売することはもはや不可能だと言う。
「スイスネスが行き過ぎるとそれ自体を殺すことになります」

妥協

 一方、FIALの共同責任者とスイスチョコレート製造連盟「 チョコスイス ( chocosuisse ) 」の代表を務めるフランツ・シュミッド氏は、スイス産の材料を全く使用していないスイスの製品さえあり得ると言う。

 同連盟の取締役ベアト・ホドラー氏は、スイス的な妥協が必要だと語る。
「スイスの食品業界は、長年スイス産の原材料と輸入原材料の両方を使って成功してきました。チョコレートの原材料のカカオ豆の木はスイスでは育ちませんが、チョコレートのようにスイスの知名度を高めた製品がたくさんあります」
 そしてホドラー氏は、
「これまで長年やってきたように、スイスの企業が伝統的な製品を作り続けるための解決法が必要です」
 と言い添えた。

トーマス・ステファンズ 、swissinfo.ch
( 英語からの翻訳、笠原浩美 )

2006年の政府の報告によると、スイスと外国の消費者の両方にとって、「スイスネス ( スイスらしさ ) 」は「健康的、秩序立った、効率的な世界」を連想させる。
また「正確、緻密、信用、完全」などの意味合いも持っている。
さらに「スイスネス」は、技術革新、高級商品、良質のサービスの同義語でもある。「多様な文化に恵まれ、コスモポリタン的な、世界に開かれた国」を連想させる。
一言で言えば「スイスネス」は、ポジティブな意味を持つ言葉で、ビジネスの促進に利用される。スイスの製品を取り扱う会社の半分は、「スイス」のラベルを自社商品につけていると発言した。

グローバル化の隆盛によって、製造拠点を海外に移転、または海外から輸入したより安価な原材料を用いた製品をスイス製として売り出す企業が出てきた。

前法務大臣のクリストフ・ブロッハー氏は、2006年に「スイスネス・キャンペーン」を立ち上げ、化粧品や片手鍋などドイツや中国で製造されているにもかかわらず、スイス製として宣伝している製品について言及した。
ゆるやかなガイドラインを提供するのみに終わった前回の判決の結果、「スイス」および「スイス・メイド」という言葉の使用についての明確な定義はまだ作られていない。
現在の法案のもとでは、スイスの国旗の白十字はブランドとして登録できないばかりか、商品として販売されている製品に付けることもできない。しかし法律的には「スイス・ブランド」は存在しないため、現実には現行の制度の不正使用が頻繁に起きている。

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