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暖冬でも観光好調 時計業界は正常化へ 1~3月期スイス経済回顧

スキー場
ヴォー州ヴィラール・シュル・オロンのスキー場。この冬は国内の多くのスキー場で賑わいが戻った KEYSTONE/© KEYSTONE/ VALENTIN FLAURAUD

スイスはこの冬、物価上昇に落ち着きが見え、冬に苦しんだ観光業も結果的には好調だった。2024 年1~3月期のスイス経済を、主要業界ごとに検証する。

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1)インフレは低下するも、成長軌道には乗らず

スイス連邦経済管轄局(SECO)は先月19日、2024年の国内総生産(GDP)の予想伸び率外部リンクを1.1%に据え置いた。低成長を見込む理由を「世界経済は最近まで極めて不均質だった」と説明した。

米中は堅調に成長する一方でユーロ圏は停滞しており、特にスイス最大の輸出先であるドイツも成長が鈍化している。ユーロ圏は今後数カ月間緩やかな成長が予想され、スイスの輸出は減速が続くと見込まれる。

スイス国立銀行(中央銀行、SNB)は3月21日に政策金利を1.75%から1.5%に引き下げ、市場にサプライズを与えた。この数カ月間、スイスのインフレ率は右肩下がりで、昨年12月の1.7%から3月は1%まで低下した。ユーロ圏の2.4%(3月)や米国の3.2%(2月)を大幅に下回る水準だ。

物価上昇の一服に対するSNBの動きは速かった。市場では6月より前の利下げは予想されていなかった。SNBは物価の先行きも楽観的に見ている。今年のインフレ率を1.4%と、インフレ目標の2%を下回る水準にとどまると予想している。

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2)平時に戻る時計輸出

スイスの時計輸出は2年以上伸び続けてきたが、2月に前年比3.8%減と大幅な落ち込みを記録した。フォントベル銀行の時計アナリスト、ジャン・フィリップ・ベルチ氏は「正常化の段階に入った」と総括する。

2月の輸出減はとりわけ中国(25.4%減)と香港(19%減)で目立った。ただベルチ氏は、この数字は大局的に見る必要があると指摘する。2023年2月は中国でパンデミック下の行動制限が解除され、時計販売の再開に伴い大きな反動需要があった。フォントベルは2024年通年の輸出伸び率を2~4%に据え置いている。

スイス時計協会(FH)が発表した1~2月の対日輸出は前年同期比5.9%増の2億7810万フラン(約470億円)。日本の貿易統計では、1~2月のスイスからの時計輸入額は553億円で、円安効果で前年比は27.2%増に膨らんだ。ただ「懐中時計・腕時計類」の輸入本数は10万581本と、2.8%減っている。

中古市場でも正常化がみられる。最も人気の高いスチール製時計はオンライン販売サイトで店頭価格の4~5倍で転売されることもあるが、多くは値下がりしている。ベルチ氏は「ポストコロナの時計ブームは、仮想通貨の台頭やパンデミック中に滞留した消費者貯蓄が背景にある。(転売価格が)この水準に戻ったことで、投機筋が完全に一掃された」と解説する。

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3)機械産業は底打ちか

ドイツや中国をはじめとするスイスの主要輸出相手国の不調により、スイスの機械・電気・金属産業(MEM産業)は難局の真っただ中にある。スイスで32万5000人以上の雇用を抱える同業界の2023年の売上高は微減(0.8%減)、受注量は大幅減(8.4%減)となった。

だが業界団体「スイスメム(Swissmem)」は、年央には底打ちし、その後緩やかな回復に向かう可能性があるとみる。生産量の8割が輸出されるMEM産業の景気は、世界経済や世界市場への参入障壁に左右される。

日本の貿易統計でみると、1~2月のスイスからの輸入額は一般機械が0.2%増、電気機器は0.2%減、金属製品は6.8%増えた。

14億人の人口を抱えるインドと、スイスも加盟する欧州自由貿易連合(EFTA)との貿易経済連携協定(TEPA)が3月10日に署名され、業界は大きな期待を抱く。現在8~22%に設定されている工業品への関税は、大幅引き下げか段階的撤廃が予定される。スイスメムは署名に際しての声明外部リンクで「重要な成長市場であるインドにおいて、まだ協定を結んでいない中国や英国、欧州連合(EU)、米国に対するスイス技術産業の競争力を大きく引き上げるだろう」と表明した。

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4)スイス観光業に晴れ間

スイス政府観光局は今月2日、2022~23年冬季は「全国的に非常に良いシーズンだった」と総括した。多くの観光地で、好調だった前年冬季を上回る業績を上げた。ただホテル宿泊者数の統計はまだ発表されていない。

スキー場の3月末までの入場者数は前年比5%増えた。特にティチーノ州は43%増と好調だった。スイス・ケーブルカー協会のベルノ・シュトッフェル会長は「同州では低地でも降雪が多く、恩恵を受けた」と説明した。

スイス観光業界にとってもう一つ喜ばしいのは、冬季は伝統的に国内観光客が多いが、この冬はEU諸国や北米からも多くの観光客がスイスアルプスを訪れたことだ。ユングフラウ地域観光局のマルク・ウンゲラー氏はスイス政府観光局の声明で、「昨冬に続き、米国人観光客が若者を中心に大量流入している」とコメントした。

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5)変革と活性化を遂げた製薬業界

スイスの製薬大手ノバルティス(本社・バーゼル)の大規模な組織再編が実を結び始めた。ノバルティスとジェネリック(後発医薬品)部門サンドの売上高は、2023年10月の分社化初の通期決算で急増した。

ノバルティスの2023年の売上高は固定通貨ベースで10%増の450億ドル(約6兆8300億円)に達し、純利益は86億ドルに上った。サンドの売上高は通年で96億ドルと7%増、10~12月期だけでも10%伸びた。

ノバルティスは、2023年の固定通貨ベースの売上高は10%増の450億ドルで、純利益は86億ドルに達すると報告した。昨年のサンドの売上高は7%増の96億ドルとなった。第 4 四半期だけでも、売上高は 10% 増加した。

好業績を受けてヴァス・ナラシンハン最高経営責任者(CEO)の2023年の報酬は1620万フラン(約27億2000万円)と、前年の2倍に引き上げられた。今や世界の製薬業界で最も高額報酬を得るCEOの1人だ。

ノバルティスの日本法人・ノバルティスファーマは1月、腎臓病の克服に向けNPO日本腎臓病協会と連携協定を締結したと発表外部リンクした。

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ロシュ(本社・バーゼル)のトーマス・シネッカーCEOにはナラシンハン氏ほどの笑顔は見られない。フラン高に新型コロナウイルスの検査薬の売上減、バイオシミラー(バイオ医薬品の後発品)の競争激化が重なり、売上高は7%減の587億フランに落ち込んだ。ただ為替変動を除くと売上高は1%増。アナリストの指標となるEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)は2023年に13%減少した。

シネッカー氏は昨年、ロシュの研究分野を徹底的に見直し、有望性の低い新薬候補やプロジェクトから撤退した。3月の株主総会では、同社のポートフォリオの80%を「特定の疾患またはカテゴリーでトップ」にする目標を発表した。

中外製薬は3月14日、親会社のロシュから導入した悪性リンパ腫治療薬「モスネツズマブ」の製造・販売の承認を厚生労働省に申請したと発表外部リンクした。

日本のスイスからの医薬品輸入量(1~2月)は22万キログラム(17.0%増)、輸入金額は780億円(4.1%増)だった。

6)インフレに立ち向かう食品大手

食品大手ネスレ(本社・ヴヴェイ)はフラン高と消費習慣の変化を受け、2023年の売上高は930億フランと1.5%の減収となった。過去2年間は原材料の高騰に応じて製品価格を値上げし、一部の消費者は低価格帯の競合ブランドに流れた。同社のウルフ・マーク・シュナイダーCEOは2月、「今年は昨年に比べ価格が大きく下がるだろう」と宣言し、消費者の離心を食い止めようとした。

だが主力商品の一つであるチョコレートの価格がどれほど下落するかは不明だ。カカオ価格は3月、先物市場で1トン1万ドルの大台を越え、過去最高値を記録した。2大生産国であるコートジボワールとガーナが悪天候や害虫に見舞われ、価格は高止まりすると予想されている。

農薬・種子大手シンジェンタ(本社・バーゼル)は2023年通年の売上高が4%、EBITDAは18%減少した。業界全体で農薬の在庫調整が続いていることが主な要因だという。 中国企業傘下の同社が最優先課題とするのは、EBITDAの4倍に上る200億ドル以上の純負債の削減だ。資金調達のために上海証券取引所への上場を予定していたが、中国株の下落を受けて3月に撤回した。

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7)銀行業界をより安全に

スイス連邦政府・議会は昨年クレディ・スイスが経営難に陥った反省から、年内は銀行システムの強化策を審議する。

クレディ・スイスが昨年3月ライバルだったUBSに買収されたことで、スイスは唯一の巨大グローバル銀行を抱えることになった。

統合後のUBSの資産規模は、スイスGDPの2倍に当たる。UBSが破綻すればその影響は計り知れず、政治家は対策を議論している。

政府は10日、22項目の勧告から成る改革案外部リンクを発表した。カリン・ケラー・ズッター財務相は「クレディ・スイスに起こったことの再来を許してはならない」と述べた。

今後、連邦議会が政府案を審議する。▽スイス法令に沿って企業責任を強化する▽罰金を科す権限を金融当局に付与する▽政府・中銀による緊急時の流動性供給策を拡充することなどが柱だ。

一方、UBSは2026年までに130億ドルを削減する方針を掲げている。国内の従業員約3000人が年内に解雇される可能性があり、銀行業界に受け皿が必要となっている。

日本のUBS証券と三井住友トラスト・ホールディングスは今月8日、共同出資するUBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメントがクレディ・スイス証券の日本における資産管理事業を取得・統合すると発表外部リンクした。

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編集:Virginie Mangin、仏語からのGoogle翻訳&追加取材:ムートゥ朋子、校正:大野瑠衣子

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