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スイス金融機関、「ミュトス」への対応は?

コンピュータのキーボード
アンソロピックの新型AIモデル「クロード・ミュトス」が銀行にとって害となるのか、それとも利益となるのか、まだ結論が出ていない Keystone

米アンソロピックの新型AI(人工知能)モデル「クロード・ミュトス」をめぐり、各国の政府や金融機関がサイバー攻撃への懸念を強めている。スイスも潜在的な脅威を認識しているものの、打つ手が限られているのが実情だ。

ミュトスを開発したアンソロピックは、性能が高すぎることを理由に一般公開を見送った。システムの弱点を迅速に特定する能力が高すぎ、金融システムなど重要インフラへのサイバー攻撃に悪用されると深刻な混乱を招くリスクがあるためだ。

スイス金融市場監督機構(FINMA、日本の金融庁に相当)はスイスインフォに「今日の視点から見ると、ミュトスのようなAIモデルが無秩序に即座に利用可能になることは、システミック・リスクに分類されるだろう」と語った。システミック・リスクとは、個別の金融機関の支払不能や市場、決済システム等の機能不全が金融システム全体に波及するリスクのことを指す。

「既存のほぼすべてのソフトウェアシステムが、未知の脆弱性『ゼロデイ』を狙うサイバー攻撃の標的になり、AIを用いて即座に悪用されることが想定される」

スイス当局が情報収集

FINMAは「ただ現時点では、これらの機能は段階的かつ管理された形でしか提供されない」と書き添えた。

アンソロピックはミュトスの利用者をアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)、マイクロソフト、エヌビディア、リナックス、JPモルガンといった少数のアメリカ企業に限定している。これらの企業はアンソロピックが主導する、AI時代のサイバーセキュリティを守るための共同イニシアチブ「プロジェクト・グラスウイング」に参画しており、管理された環境下で自社のシステム上でミュトスをテストしている。

アメリカやイギリス、日本は、ミュトスがもたらすリスクへの懸念に対処するため、銀行家や政治家を集めた緊急会議を開催した。多くの国の金融幹部や規制当局は、ミュトスの潜在力に危機感を表明している。 

スイスはどうか。スイス銀行協会はスイスインフォに「これまでのところ、ミュトスや同様の大規模言語モデル(LLM)に特化した特別な政治会議や危機対応会議は開催されていない。その代わりに、サイバーセキュリティや事業継続性を扱う既存の組織を通じてこの問題に取り組んでいる」と説明した。

スイス国家サイバーセキュリティセンター(NCSC)は、国としてのミュトスへの対応を調整中だ。現在、AIモデルとプロジェクト・グラスウイングに関する情報収集を進める。

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「現実の脅威」

巷では、アンソロピックが株式上場を前にミュトスの性能を誇張しているのではないか、という見方も出ている。スイスNCSCも慎重に見ており、スイスインフォへの書面回答で「時折見られる誇張表現は、マーケティングの影響も受けている」と指摘した。

ミュトスは技術情報が厳重に管理されており、その危険性を完全な評価することは不可能だ。NCSCは、一般論としてAIは「新たなリスクという点ではゲームチェンジャーというより、既存の脅威を加速させるものだ」と述べた。

NCSCは「今後は複雑な攻撃に必要なリソースが少なくなり、攻撃を実行できる主体が増えるだろう」とみる。「これまで多額のリソースを持つ者しか実行できなかった複雑な攻撃が、より頻繁に発生する可能性がある」

スイス銀行協会は加盟行に対し、IT・リスク管理システムの強化を加速し、業務で使用するAIモデルを厳重に監視するよう助言している。「脅威は現実のものであり、『様子見』姿勢では不十分だ」

「攻撃者はAIを利用して脆弱性を特定し、より効率的に攻撃手法を開発できる。こうした速度と複雑さの向上は、プロセスの継続的な改善、高いレベルのサイバーセキュリティ意識の維持、そしてそれに応じたツールと機能の調整の必要性を改めて示している」

米国のAI支配に懸念

アメリカと中国がAI開発を主導するなか、欧州諸国は取り残されることへの懸念を強めている。

アメリカの外交政策シンクタンク、外交問題評議会のクリス・マクガイア中国・新興技術担当シニアフェローは、サイバー防衛を強化し、AI分野での優位性を維持しようとするアメリカを称賛する。

同氏は英紙フィナンシャル・タイムズへの寄稿で「これらの取り組みは緊急を要する。中国は間もなくミュトスと同等の能力を持つモデルを開発するだろう。中国の最先端AIモデルは現在、米国の最先端モデルに比べて約7カ月程度遅れている」との見方を示した。

スイスなどヨーロッパ諸国は、アメリカ企業が独占するプロジェクト・グラスウイングに食い込むことで、その差を縮めようとしている。

ドイツ連邦銀行のヨアヒム・ナーゲル総裁は4月、ローマで開催された国際経済シンポジウムで「競争の歪みを避けるためには、全ての関係機関がミュトスを利用できるようにすべきだ」と主張した。

スイス連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)でサイバーセキュリティを専門とするフロリアン・トラマー教授も同意見だ。ETHZのブログ記事で「アンソロピックは、欧州の役割は小さいとみなし、アメリカ中心的な安全保障論理を追求しているように見える」と指摘した。「このようなモデルは、国家安全保障、情報機関、軍事にとって潜在的に重要な意味を持つ。もしアクセスがアメリカに限定されたままであれば、これらの関係者はしばらくの間、優位に立つことになるだろう」

スイス最大の銀行であるUBSは、ミュトスに関するコメントを控えた。

編集:Veronica De Vore、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫

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