ホルムズ海峡封鎖、スイスの医薬品供給は大丈夫?
中東紛争は世界のサプライチェーンに大きな打撃を与え、スイスの医薬品不足に拍車がかかることへの懸念が広がる。スイスはコロナ禍で得た教訓を活かせているのか?
ホルムズ海峡封鎖は世界のガス輸送の4分の1を止め、燃料価格の急騰を招いた。国際エネルギー機関(IEA)は「史上最大の世界的エネルギー安全保障上の脅威」と位置づけ、世界保健機関(WHO)は「医薬品や物資供給を含む様々な分野に波及効果が生じる恐れがある」と警告した。
スイス経済省国家援護局(BWL/OFAE)は今月22日に発表した報告書外部リンクで、スイスは食料品やエネルギー、物流面などの供給不足に不安はない一方、必須医薬品、医療機器、衛生用品といった治療用品については「一部有効成分を調達しにくくなっている」と分析した。
製薬業で名の知れたスイスなのに、なぜ医薬品供給が不安視されるのか?
援護局が供給度合いの4段階評価を開始した2025年5月以来、医薬品は常に「大きな危険」を示す黄色に分類されている。現在、スイスで入手できない必須医薬品(人々の優先的な保健医療ニーズに対応する医薬品)は約140品目、処方薬全体では500品目に上る。
これは、医薬品業界が少数の市場に依存していることが一因だ。中東紛争に伴い生産ラインは一段と弱体化し、中国では医薬品・医療機器メーカーへの化学物質の納入が遅れ、インドでは生産が減速。また世界中で輸送コストが上昇している。
今のところスイスで医薬品不足が加速しているわけではないが、鎮痛剤などのジェネリック医薬品への影響が不安視されている。主にインドや中国から輸入されていること、輸送コストが高いこと、緊急性が低いこと、先発品に比べて利潤が低いことなどが理由だ。
新型コロナ危機下、スイスは一時的にアセトアミノフェンの販売を1人1箱に制限した。同様の事態が数カ月以内に発生するとの見方が出ている。
援護局はエネルギーインフラの復旧には数カ月を要し、イランと米国の間で停戦合意が成立したとしても、欧州への物資輸送は遅れると予測する。
医薬品調達の改善に取り組む市民イニシアチブ委員会のメンバーで、スイスの薬剤師エネア・マルティネッリ氏は「医薬品不足が起きるのを完全に防ぐことはできないが、備えることは可能だ」と話す。
スイスインフォはスイスが実施した医薬品不足の解消措置や、最も医薬品不足が深刻だったコロナ禍後に講じた変更を検証した。
現在講じられている対策は?
国はがん治療薬、鎮痛剤、ワクチンなどの必須治療薬を5~6カ月分備蓄する義務を負う。2015年には医薬品販売業者に対し、14日以上続く可能性のある重要な医薬品不足のリスクについて当局に通知する義務を課した。必須医薬品を指定する有効成分リストは定期的に更新される。インスリンや血液凝固抑制剤などがその代表だ。
スイスは2000年代初めから医薬品不足に悩まされてきた。背景には、重要な生産過程を低賃金国に外注したこと、アジアの少数の生産拠点に大きく依存していること、生産の上流から下流まで全体で在庫水準が低下したことがある。2006年以降、病院への医薬品供給を改善するための法改正など、対策が段階的に講じられてきた。それでもパンデミックや足元の中東紛争といった世界的危機により、「脆弱で混乱したサプライチェーン」(援護局)が深刻化する。
新たな対策は?
スイスは現在、国民を感染症から守るための感染症法外部リンクを改正し、政府権限の強化を目指す。例えば医療機器が不足した場合に民間企業と州政府間の連携だけに頼るのではなく、連邦政府が直接介入できるようにする。
スイスは2023年以降、慢性的な医薬品不足を解消するため、薬局による処方箋薬を保険の対象に広げ、救命薬のリストを拡大し、錠剤の小分け販売を解禁した。また医療費削減のため、薬価引き下げのために行っている必須医薬品の価格査定を、状況に応じて一時的に見送ることにも合意した。医薬品供給を維持するインセンティブを製薬企業に与えるためだ。
医薬品のサプライチェーンはとりわけ複雑で、完璧な解決策を施すのは難しい。「革命的な対策を期待すべきではない。そのような対策は効果がないからだ」(マルティネッリ氏)
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スイス政府は先月、2年にわたる検討を経て、議会に解決策を提出した。即時の対策として①欧州連合(EU)からの輸入手続きを簡素化②医薬品の箱に同梱する多言語説明書をQRコードに置き換えることで、EUで承認された製品をスイスで販売しやすくする――を盛り込んだ。また薬の使用状況や入手可能性を把握しやすくするため、2026年末までに医薬品の分類を必須医薬品から承認済み医薬品全てに拡大する。それまでは、2016年にマルティネッリ氏が立ち上げたポータルサイトdrugshortage.c外部リンクhが、全医薬品不足を網羅するサイトとして機能する。
長期的には、連邦憲法を改正し連邦政府の権限を強化することを目指す。製薬会社が特定の医薬品の供給を維持するための経済的インセンティブを与える法改正も俎上に載る。
残る問題は?
救命薬については対策が講じられた一方、必須医薬品以外の製品については不足の申告義務はなく、慢性疾患の治療薬が常時不足している。事前に供給計画を立てられないことが一因だ。例えば、スイスの製薬会社ガルデルマが販売する重症湿疹治療薬「ネムルビオ」は、2月初旬から在庫切れが続いている。当局は、ドイツで販売されている同一製品の輸入を許可した。
マルティネッリ氏によると、政府は慢性疾患治療薬の監視体制づくりを検討しているが、スイスでは法制化に数年を要するため、実現まで10年はかかるとみる。「状況は急速に変化しており、我々のシステムがそれに対応するのは困難だ。そして、スイスの政治システムはあまりにも(対応が)遅すぎる」
中東紛争によって医薬品不足がさらに深刻化した場合、スイスは備蓄医薬品を放出できる。だが慢性疾患の治療薬となるとスイスは「様子見」するしかなく、国際的な協力を期待するしかない。マルティネッリ氏は「スイスは孤立している。それが問題だ」と強調する。
EUも医薬品の供給リスクを抱えているが、スイスに「計画のコンセプト」しかないのに対して、EUは戦略を立てている点が異なる、とマルティネッリ氏は説明する。フランスは2021年9月に在庫要件を強化し、EUのベストプラクティスとして評価されている。EU加盟国の中には、不足した医薬品の輸出を制限する国もある。非加盟国のスイスに供給されなくなる恐れがある。
援護局広報は、スイス連邦内務省保健庁(BAG/OFSP)国際局が「これらの問題に関して他の国際的な作業グループと定期的に連絡を取り合っている」と説明した。
だが国際協力においては、スイスの市場規模の小ささがネックとなっているという。援護局広報は「スイス市場は国際的に見て小さい。グローバルに事業を展開する企業にとっては魅力に乏しく、それが状況を悪化させている」と語り、企業の市場撤退を例に挙げた。
ロシュは昨年、スイスの規制当局との価格交渉がまとまらなかったため、がん治療薬「ルンスミオ」をスイス市場から撤退させた。またバイアルや輸液バッグを製造するメーカーのビクセルは3月、長年の赤字を理由にベルン州インターラーケンの工場を年内に閉鎖すると発表外部リンクした。地元紙によると、一部の医薬品についてはシュトロイリ(ザンクト・ガレン州ウツナッハ)1社しか供給できる国内メーカーがない。
マルティネッリ氏は、全製造過程をスイス国内で完結させることはコスト面から現実的な選択肢ではない、とみる。医薬品不足の解消には、薬剤費を経済的な観点ではなく医療問題として捉えるというパラダイムシフトが必要だ、と指摘する。「たとえ非常に重要な治療法であっても、利益が出なければスイスから消滅する。スイスが取り組むべきは、まさにこの点だ」
編集:Virginie Mangin/gw、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫
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