お菓子作りのラリー
スイスで正式にクリスマスシーズンとなるのは、クリスマスの4週間前の日曜日から。キリスト教の暦上この日は「第1アドヴェント」と呼ばれ、スイス人はクリスマスの準備を始める。
アドヴェントには、クリスマスまである4回の日曜日ごとに1本ずつともすキャンドルをあしらったリースを飾る。1日から24日まで日付けの付いた小箱が並んだアドヴェントカレンダーには、それぞれお菓子などが入っていて、子どもたちはクリスマス・イブまで、毎日1つずつ開けていく習慣がある。
10種類を3時間で
また、各家庭の台所からは、クッキーを焼く甘い香りが漂ってくる。クッキー作りは、クリスマスを迎えるための代表的な家庭行事だ。普段はケーキやクッキーを焼かない人でも、人ごみで溢れる街で材料を買い、家のキッチンに1人閉じこもり、何種類ものクッキーを焼く。
そこで筆者は、クリスマス用のクッキーやプラリネなどを作る料理コースに参加することにし、「ベティ・ボッシ ( Betty Bossi ) 」の料理学校を訪ねた。ここでは、クッキング新聞を発行し、数々の料理本も出版している。
コース開始時間午後2時の10分前に会場へ入ったが、すでにキッチンの横にある講義室では、真っ白なエプロンをした11人の参加者がレシピに見入っている。コーヒー・クロカント・ナッツ、ハートのフロランティーヌ、メレンゲのクリスマスツリーなど、レシピにはクッキーとプラリネの合計10種類の作り方が載っている。参加者全員に行き渡るように、材料の量を2倍にして、3時間で全てを作り上げてしまおうというのだ。はたして、全て焼きあがるのだろうか?
「本格的なチョコレートのプラリネを作るためには、キッチンの室温が低くないとできません。今日は、クッキーも焼くのでキッチンの室温が上がります。気をつけて。今回は、家でも綺麗に、しかも簡単にできそうなものだけを選びました」
と講師のモニカ・シュテルキさん ( 47歳 ) 。ベティ・ボッシの料理総責任者でもある。最大のモットーは「絶対に失敗しないレシピを提供すること」。ただし、レシピをきちんと読んで理解すれば、という条件つきだそうだ。
周囲に期待されているので
オーブンが13台もある隣の広いキッチンの台の10カ所に、チョコレート、アーモンドの粉、へーゼルナッツ、小麦粉、バター、砂糖、卵などそれぞれ必要な分量が、あらかじめまとめて置いてある。シュテルキさんは、次々と作り方を説明していく。
こうしてコース開始45分後には「さあ取り掛かりましょう」と作業が始まった。友だち2人で1つのお菓子を作るという人もあり、ウイスキーナッツを作る人がいない。作り方が簡単なので後回しにされたようだ。
参加者の多くがクッキーをプレゼント用に作るようである。講師に積極的に質問するシュテファニー・エーレンツベルガーさん ( 37歳 ) は、3人の子どもたちのために
「スイス独特の、バタークッキー ( スイスではマイレンダーと呼ばれる) 、シナモンの星、アニスの小棒、それから、たくさんあるドイツ独特のクッキーまで、すでに約12種類は焼きました」
ここで習ったレシピは、家でも必ず試すのだそうだ。
フレニ・オプレヒトさん ( 51歳 ) は子どもはいないが、「会社の同僚たちが期待しているので」。また、21歳のカタリン・ヴェーバーさんも
「祖母がクリスマスプレゼントに毎年希望するので。家族が集まるクリスマスの食卓にクッキーが必要だと言うのです。彼女は高齢なので、もう作りたくないって」
黒一点のマイク・ローさん ( 38歳 ) はキャラメル状の「ゴマのチュール」を棒に巻きながら
「子どもの頃、必ずアニスの小棒を作っていて、両親が期待している」
と、気もそぞろに答えてくれた。話に集中すると、キャラメルが冷めてしまい形作りに失敗するからだ。
サラミは薄く切ってください!
11人分のクッキーがどんどんと作られていく。見た目も気にしながら、小さいお菓子の1つ1つをなるべくきれいな形に仕上げるには、根気がいる。キッチンがすっかり甘い香りで満たされた4時過ぎ、疲れてしまったのか、手を休める人たちが続出。それでも、取り残されていたウイスキーナッツに余力のある人が取り掛かっている。
「これって、すごく甘そう。粉砂糖をウイスキーで固めて、胡桃で挟むだけですもの」
とぼやく声が聞こえる。
ローさんが頑張っているゴマのチュールは、まだ半分も焼かれていない。また、巨大冷蔵庫の中で冷やした「クリスマス・チョコレート・サラミ」を輪切りにする作業もまだ終わっていない。しかも「コースの反省会」に参加者みんなが食べるタンドーリを作り始めなければならない。まだまだ、作業は続く。
傍観者に徹していた筆者が、サラミを切る手伝いをすることに。レシピは忙しい作業中にどこかへいってしまったらしい。そのため厚さは1センチと勝手に決め、切り始める。チョコレートに入っているアーモンドがサラミの脂身のような模様を作っているのに感激したのもつかの間。
「スイスではサラミはなるべく薄く切ります。チョコレート・サラミと名づけたのもそのためよ」
とシュテルキさんの声が飛ぶ。いまさら薄くは切り直せない。
洗い物は専門の人に任せたとはいえ、最後に追い上げて時間内に全てを作り終えた。ワインを片手にタンドーリを味わう参加者の額にはまだうっすらと汗。コースが終わった5時には、10種類のクッキーやプラリネを持参した箱に詰め、参加者は満足そうに帰って行った。
swissinfo、佐藤夕美 ( さとう ゆうみ )
1956年、オランダの大手食品会社「ユニリーバ ( Unilever ) 」の商品宣伝のため、同社の資本で「ベティ・ボッシ・ポスト ( Betty Bossi Post ) 」をドイツ語とフランス語で発行し始める。1995年には、大手新聞会社「リンギエーAG ( Ringier AG )」 の資本下に。「料理のレシピは当時、母親から娘に代々、口頭で伝わったものだったが、レシピを文書化し、材料をリストアップし、主婦が買い物をしやすくしたことが大当たりした」と広報担当のコルネリア・ポプルツ氏。現在は、年10回発行され、スイス国内90万人の購読者に郵送されている。
現在、料理本の発行やドイツ語、フランス語のテレビの料理番組の製作も手がけている。大手スーパーとの食品開発で提携。1986年から一般向けの料理学校を開校した。チューリヒ市では、日曜日を除く毎日、料理教室が開かれている。モットーはスイスで手に入る食材でスイスの一般家庭の料理を失敗のないレシピで作ること。ポプルツ氏によるとスイス全土におけるベティ・ボッシの知名度は90%。
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