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高齢化が迫る住宅相場の修正

Keystone / Alessandro Della Bella
不動産価格は上昇し続けるのか、それとも、農村が広がるチューリヒ州郊外では、最終的に市場が反転するのか? Keystone / Alessandro Della Bella

スイスで住宅価格が高騰を続ける今、住宅購入は一見すると魅力的な投資だ。だが人口推計を過信し上げ相場に乗じることに警鐘を鳴らす専門家もいる。

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隣国ドイツやフランス、オーストリアで不動産価格が下落に転じたのとは対照的に、スイスの住宅価格は右肩上がりを続けている。

背景には、スイスの人口が伸び続けていることがある。スイス連邦統計局の推計では、スイスの人口は年5万人ペースで増加し、30年後には1050万人に達する。

この予測を踏まえれば、スイス住宅市場への投資が大失敗に終わることはなさそうに思える。

それに異論を唱える人物の1人が、人材コンサル企業デモグラフィーク(Demografik)創業者のヘンドリック・バドリガー氏だ。同社は、高齢化や外国人労働者の流入がスイスの不動産市場に与える影響に特化して分析・助言している。

バドリガー氏は、「足元の不動産価格は誤っている」と指摘する。上げ相場の持続を示唆する値動きだが、近く修正されると予測する。

団塊世代の引退

バドリガー氏がこうみる理由は2つある。第1に、連邦政府の予測の標準シナリオ(中位推計)は誇張されており、スイスの人口が2043年以降減少するという低位推計の方が実現可能性が高いと分析する。

その根拠は欧州連合(EU)の人口の変化だ。ドイツやイタリアなどは、すでに熟練労働者の不足や労働人口の減少に直面している。

バドリガー氏によると、「イタリアとポルトガルはすでに税制優遇措置などを講じ、自国の人口を維持、あるいは呼び戻そうとしている」。今後、労働力をめぐる国家間競争の激化が見込まれる。

国連の人口予測は、各国間の移民流入・流出数の帳尻が合うように調整されている。 「国連が算出したスイスの中央値は、スイス統計局の低位推計値に非常に近い」(バドリガー氏)

第2に、人口構成の変化に伴い不動産の需給バランスが急激に崩れるとの見方がある。スイス統計局の推計は標準シナリオでも30年後の65歳以上人口は今の20%から25%へと上昇する。売り手が多くなる一方、買い手がほとんどいなくなる公算が大きい。

「不動産の売り手は60歳以上だ。だからこそ、これからは売り主が増えるだろう。この世代は住宅所有率が最も高い世代でもある」

しかも若い世代は小規模世帯が多い。スイスの2024年の出生率は過去最低の1.28だった。バドリガー氏は「一戸建て住宅はいずれ供給過剰になる」と話す。

同氏は、市場にはすでに変化の兆しが出ており、2030年以降に加速すると予想する。

多くの住宅所有者は多額の負債を抱えており、年金だけでは住宅ローンの借り換えが難しくなっている。

「市場が少し傾けば事態は急速に進み、明日売るよりも今日売った方が良いという状況に陥るだろう。そして、それは必ず起きる」

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高齢化の波

ただ全国一律・一斉に住宅が過剰供給に陥るわけではなさそうだ。

米不動産比較サイトZillowが昨年12月に発表した米国の不動産価格に関する調査は、急速な高齢化「シルバー・ツナミ」がピッツバーグやクリーブランドなどで住宅の過剰供給を引き起こす可能性が高いと分析する。反対に、若い労働者が多い地域では住宅不足が解消せず、「シルバー・ツナミが住宅購入の難易度を押し下げることにはならない」とみる。

不動産市場の社会的側面を研究する米ノースカロライナ大学のサラ・ディッカーソン氏も、「ベビーブーマー世代の多くは郊外や田舎に住んでいるため、今後供給される住宅は都市部周辺を好む労働世代のニーズを満たさない可能性がある」と話す。

スイスの銀行UBS外部リンクによると、スイスの過疎地域では「空室率が上昇し、住宅価格が下落するシナリオ」が想定される。特にグラウビュンデン州とベルン州山岳地帯、ティチーノ州が該当するという。

だがUBSの不動産分析責任者クラウディオ・サプテリ氏は、シルバー・ツナミがこれらの地域を超えてスイス全域に波及するとは考えていない。「年金世代は一夜にして死ぬわけではない」。ベビーブーマー世代の一斉退職を補うために現役世代や移民が必要であり、一定の住宅需要は維持されるとみる。

一戸建ての相場についてもバドリガー氏とは異なる見解を持つ。確かに一戸建ては新築住宅の主流ではなくなったものの、「希少性が増すと価格も高くなる」からだ。

サプテリ氏は、相場修正をもたらす要因は人口動態ではなく経済状況だとみる。特に金利が高い状態での長期不況がそのきっかけになりやすいという。

一戸建ては複数世帯向けに転用

チューリヒ州立銀行(ZKB)の不動産調査部長ウルシナ・クブリ氏も、「シルバー・ツナミ」の兆候は見当たらないとの立場だ。「退職者が増えれば、労働者の流入が必要になるだろう」

目下の課題は、特に都市部で移民の増加に対応できるほどの建物があまりに少ないことだという。 「古い物件が氾濫している、という状況には程遠い」

一戸建てについても、供給過剰の兆しはないという。住宅地は密度が上昇する傾向にあり、一戸建ても複数世帯向け住宅として転用されている。価格高騰は若干和らぐ可能性があるという。

不動産コンサル会社ヴュースト・パートナーの主任アナリスト、ロバート・ワイナート氏は、数年後にはベビーブーマー世代の住宅販売が価格上昇に圧力をかける可能性があると予想する。

だがそれまでは供給不足が続く可能性が高く、近い将来の価格下落は見込んでいない。

20年後を見据えて

スイス統計局の低位推計では、スイス人口は2043年まで増加し続け、緩やかな減少に転換する。つまり約20年間は住宅需要が高まり続ける見込みだ。

バドリガー氏は、まさに20年後を見据えて不動産購入者を検討するべきだと主張する。居住用の住宅は、最低20年間は保有する必要があるからだ。実際の居住期間はさらに長いという。

その時期に価格が急落すれば、100万フラン(1億円台)を超える住宅ローンが当たり前となっている今の世代は弁済不可能に陥る恐れがある。

スイスの住宅ローン残高は約1兆3000億フラン(約220兆円)。人口ではドイツの9分の1だが、ローン残高は3分の1程度に上る。バドリガー氏は、人口統計学的にみると多大なリスクだと警鐘を鳴らす。

今のところバドリガー氏の見解はスイスでは少数派だ。

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編集:Balz Rigendinger、独語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫

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