スイスに根付くプーチン・ネットワーク
経済紙ハンデルスツァイトゥングが、米国のブラックリストに載っているスイスの個人と企業について詳しく報じた。その内容を転載する。
テロリスト、麻薬の売人、オリガルヒ(新興財閥)。その多くが世界で最も恐れられるブラックリストに載っている。米政府の「特別指定国民および資格停止者(SDN)」に指定されているのだ。このリストに載ると事実上、国際的には終わりだ。米国で営業する銀行に口座を作ることも、自身の資産にアクセスすることもできなくなる。リスト掲載者との取引は禁じられ、破るなら重い処罰を覚悟しなければならない。
スイス人、スイス居住者、スイスに拠点を持つ企業も、この米国のブラックリストに載っている。このSDNリストには対ロシア制裁の対象となる個人や企業も含まれる。2014年のロシアによるクリミア併合以来、制裁は時折行われてきた。実施するのは米財務省外国資産管理室(OFAC)だ。ウラジーミル・プーチン大統領がウクライナに大規模な攻撃を開始して以降、米国はSDNリストを大幅に拡大した。特に過去15カ月間に制裁対象者が多数追加された。2022年2月から2023年5月にかけて、米国はスイスの個人24人とスイスの企業16社に制裁を科した。
ハンデルスツァイトゥングは、米国によるロシア制裁の対象となったスイス国民・スイス居住者、居住権を有する個人、スイスに拠点を置く企業の名前を挙げる。米国財務省の報告書、つまりSDNリストまたは公的報告書に基づき、スイスと関連があると評価できる個人や組織等のみ記載する。
2023年5月19日時点で、米国の制裁対象者リストにはスイス国籍保有者・スイス居住権保持者24人が掲載されている。
シュトゥトハルター・ネットワーク
ルツェルンの実業家アレクサンダー・ヴァルター・シュトゥトハルター外部リンク氏は、2018年以来米国から制裁を科されているオリガルヒ、スレイマン・ケリモフ氏の金融ネットワークの重要人物とされている。シュトゥトハルター氏は特に、ケリモフ氏のために会社を経営していた。米財務省の発表外部リンクによると、シュトゥトハルター氏はケリモフ氏の代理として活動し、ケリモフ氏のためにマネーロンダリング(資金洗浄)をしていた。日刊紙ターゲス・アンツァイガー外部リンクは、どのようにシュトゥトハルター氏が名義人を利用し何十億も国外へ持ち出したかを調査し、報じている。
モレッティ・ネットワーク
スイス・イタリア系の実業家ヴァルタ―・モレッティ氏は直接または間接的にロシア政府のために取引を行ったとされる。モレッティ氏や、同氏のパートナーや企業からなるネットワークは、水圧プレスや甲鉄板を含む、取扱いに注意を要する西側の技術や軍装備をロシアの諜報機関やロシア軍にひそかに輸出したとみられる。さらにモレッティ氏と従業員はロシアの核兵器研究所にも軍装備品を調達した疑いがある。
ウスマノフ・ネットワーク
ロシアの実業家でオリガルヒのアリシェル・ウスマノフ氏がスイスと多方面で関連があった、もしくは現在もあるのは明らかだ。ウスマノフ氏のスイスの企業グループには複数の企業や幹部従業員が名を連ねる。米国は2023年4月にツークに拠点を置く鉄鋼大手メタロインベストをブラックリストに追加した。メタロインベストはロシアの鉱山、鉄鋼企業であり、鉄鉱石の生産量はロシア最大だ。
ティムチェンコ・ネットワーク
ゲンナジー・ティムチェンコ氏はロシア・フィンランド系オリガルヒで、資源取引の実業家だ。プーチン氏の親しい友人と目され、2014年のクリミア併合後からすでにロシアの金融関連での活動のため制裁を科されている。しかし2023年3月から制裁対象に加えられた妻と共に、現在もジュネーブに住所を置く。また、同年4月にリヒテンシュタインに住所のあるSequoia treuhand Trust、さらにスイス人2人を含む個人3人も、ティムチェンコ氏を支援しているとしてSDNリストに追加された。
ケリモフ・ネットワーク
ロシア連邦院議員でオリガルヒのスレイマン・ケリモフ氏も2018年時点でロシア政府の一員として、また資金洗浄の疑いがあるため制裁を科された。しかし制裁後もスイス経由で制裁を回避してきたとされる。その際、ルツェルンの実業家ヴァルター・シュトゥトハルター氏とツークの弁護士ローリン・カッツ氏が重要な役割を果たしたとみられる。中でもカッツ氏はケリモフ氏の実の娘が所有するフランス籍の企業4社の実権を握りシュトゥトハルター氏に融資したという。
プーチン氏の家族
元新体操選手のアリーナ・カバエワ氏は長年にわたるプーチン氏の恋人、または妻とも目される。プーチン氏との間に4人の子供がいると言われ、そのうち少なくとも2人はスイスのティチーノ州生まれだ。カバエワ氏と子供たちはスイス国籍も所持していると報じられているが、米国の制裁リストには、スイスはロシア以外の居住地としてのみ記載されている。米国はカバエワ氏を2022年8月に制裁リストに追加した。リストには、元国会議員、クレムリンの有力者、過去または現在のプーチン氏のパートナー、さらにテレビ、ラジオ、紙媒体からなる政権寄りの巨大メディア企業ナショナル・メディア・グループのトップと記載されている。
米国の制裁対象に指定されているスイス企業
2023年5月19日時点で、スイス拠点の16社が米国の制裁リストに記載されている。
持ち株会社
SDNリストで多く見られるのは、枝分かれして広がったオリガルヒの会社の株を保有している、または融資を行っているスイスの会社だ。そのうちの1人がMilur Electronics の大株主だ。従業員やビジネスパートナーはMilur Electronicsを利用してアルメニアに拠点があるとされるペーパーカンパニーに資金を移動し、マイクロチップを不法に調達していた。
金融企業と資産運用会社
スイスの金融センターは制裁の実施に関して批判を浴びている。特に資金の仲介役を担う弁護士外部リンクはスイスで制裁対象の資産を巧みに隠ぺいすることに成功していると言われる。主要7カ国(G7)の大使は今年4月にスイス政府に宛てた書簡でこの点を強調した。米国の制裁リストの最後には元UBSのマネージャー、アンゼルム・シュムッキ氏と同氏の仲介企業Dulac Capital外部リンク が名を連ねる。
不動産会社
G7各国とオーストラリアが立ち上げたロシアの支配層、代理勢力、オリガルヒ(REPO)制裁タスクフォースの報告外部リンクによると、ロシアの資産を隠ぺいする手段として不動産が使われている。ウクライナ侵攻後、この手段は重要性を増している。2022年11月、米国はシュトゥトハルター氏関連のスイスの不動産会社を中心に制裁対象を追加した。
米国の制裁がスイスにもたらす影響
制裁リストはさらに長くなる可能性がある。米国は制裁の抜け穴を徹底的に封じ、制裁回避の手助けをする個人的または経済的ネットワークや手段に対して厳しく対処すると発表したためだ。欧州連合(EU)とスイスでこの制裁リストが自動的に適用されるわけではないが、そのほとんどが戦争開始以降に制裁対象となった。自動的に適用されないにしても、米国の制裁が制裁対象者に与える打撃は大きい。
米国の制裁リストから漏れているのは誰か
ハンデルスツァイトゥングは分析結果を定期的に補足しているが、完全であるとは限らない。
ヴィクトル・ヴェクセルベルク氏などの非常に有名なスイスのオリガルヒの記載が抜けている。ヴェクセルベルク氏は米国の制裁対象となっているが、最近までスイスのツークに住んでいたとされる。だが、米財務省も制裁対象者検索プラットフォームOpen Sanctionsも同氏のスイスの住所やスイスの居住権については記載していない。
ツークに本社を置く肥料メーカー、ユーロケムは、ロシア政府と親密な関係にあるにも関わらずSDNリストに載っていない。同社は経営者であるオリガルヒ、アンドレイ・メルチェンコ氏が制裁を受けると即座に同氏を会社から切り離した。プーチン氏と親しい裏の経営者は制裁を科されたが、会社そのものは制裁を逃れた。これは、肥料は世界市場に必要不可欠であるという政治的判断によるものかもしれない。
「影の船団」と共にロシアの石油を世界市場に輸送していると疑われるジュネーブの複数の船舶業者もSDNリストに載っていない。例えば、ドイツ語圏のスイス公共放送の番組「ルントシャウ」は、2022年2月に設立されたばかりのFractal Shipping SAがいかに短期間でタンカーの大手船舶業者に成長したかを報じた。この会社は米財務省から制限を受けていない。制裁を受けているのはロシア産の石油だ。このため石油の上限価格が設定され、保険は禁止された外部リンク。
米国とその他G7諸国がスイスに注目する理由
スイスは国をまたぐ資産運用においては最大の金融センターであり、制裁の実施に重要な役割外部リンクを果たす。米政府は制裁対象と直接関連があると疑われる1000億とも言われる資産がスイスにあるだけでなく、それ以上にプーチン氏のお気に入りの金融仲介者や手先がスイスにいるとにらんでいる。このような金融仲介者は資産隠ぺいや、民間と軍事の両方で使われる備品の輸出を行い、プーチン政権を支援しているとされる。
このため米国の制裁担当のトップ、ブライアン・ネルソン財務次官は先日スイスを訪問した。同氏は経済、金融界の要人と会談し、制裁逃れを疑われる人物の情報を交換し、はっきりと警告した。「制裁に従わない者に、米司法の手はどこまでも伸びる」と。
独語からの翻訳:谷川絵理花
この記事は2023年6月10日付ハンデルスツァイトゥングの記事外部リンク(独語)の転載です。
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