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多国籍企業の汚職問題 腰重い議会に苛立つNGO

スイスの重電大手ABBは昨年12月、南アフリカでの汚職事件をめぐり、スイスの裁判所で罰金400万フランの判決を受けた © Keystone / Walter Bieri

スイス企業が汚職やマネーロンダリング(資金洗浄)といった国際的なスキャンダルに関与することは珍しくない。だが、スイスで有罪判決を受ける企業は一握りだ。汚職防止に取り組む国際NGOトランスペアレンシー・インターナショナル(TI)はスイス司法制度の不備を改めて指摘した。

スイスの重電大手ABB は昨年12月2日、南アフリカの石炭火力発電所の建設に絡む贈賄事件で、スイスの裁判所から罰金400万フラン(約5億6700万円)の判決を受けた。同社の複数の協力会社が工事の受注を狙って賄賂を贈っていた。

スイスでは、ABBのように、汚職やマネーロンダリングなどの重大な犯罪を防止するため必要な措置を講じなかったとみなされた企業は有罪判決を受ける可能性がある。2003年に企業の刑事責任(刑法第102条)が導入された。「企業の可罰性」とも呼ばれる。

ほとんど有罪判決を出さないスイス

だが、TIは先月13日に発表した報告書外部リンクで、企業が実際に汚職やマネーロンダリング事件への関与についてスイス裁判所の追及を受けることは稀(まれ)だと非難する。TIの調査によると、有罪確定判決は20年間で10件だけだった。それにもかかわらず、ザンクト・ガレン大学の2016年調査外部リンクやクール応用科学大学の2012年調査外部リンクでは、外国で活動するスイス企業の約2割が汚職関連の問題を抱えていることが明らかになった。

TIスイス支部のマルティン・ヒルティ代表は「汚職やマネーロンダリングの国際的な大スキャンダルに関与するスイス企業は大抵の場合、スイスではなく、外国で有罪判決を受けている」と話す。例えば、スイス・ツーク州に拠点を置く資源大手グレンコアは、ブラジル、カメルーン、ナイジェリア、ベネズエラにおける汚職・詐欺事件をめぐり、米国で罰金7億ドル(約900億円)を支払わなければならなかった。一方、同社がこれまでスイスで有罪判決を受けたことはない。

自首頼み

TIは同報告書で、スイス裁判所の有罪判決の少なさについて、「法治国家の原則に反し、予防の観点からも不十分」だとして、「検察当局の怠慢」を指摘した。

ヒルティ氏によると、「連邦検察庁は特に近年、多くの人材を失った。そのため、(汚職やマネーロンダリングをめぐる)複雑な司法手続きを進めるのに十分なスタッフが揃っていない」。また、国際的な大事件の解明には、検察当局は外国当局に司法共助を要請する必要がある。「だが、事件はこのような協力を得られない国で起きることが多い」という。

そのため、検察当局は関係企業の協力、さらに自首に頼らざるを得ないと同報告書は結論づける。ヒルティ氏は「腐敗の悪循環に陥った企業はそこから抜け出すために司法を必要とする。だから、企業には協力する利益がある」と説明する。

しかし、スイスでは、企業が自首し司法当局に協力するだけの十分な動機付けがない。そのため、企業の自首を受けて連邦検察庁が起訴し有罪判決が出た事例は、紙幣印刷会社KBA NotaSysの事件だけだ。同社は最終的に2017年、ブラジル、モロッコ、ナイジェリア、カザフスタンでの贈賄の罪で象徴的罰金1フランの判決を受けた。

TIは「協力するために必要な予測可能性や法的安全性が不十分だ。検察当局の実務が重要な点で一貫性と明晰さに欠けているからだ」と指摘する。ヒルティ氏は「今日、刑事規定がどのように適用されるかは検察官の裁量によるという印象だ。これでは企業は不安になる」と話す。

明確で拘束力のあるガイドラインを

このような問題を解決するため、TIは検察当局に対し、企業の刑事責任に関する実務について拘束力のあるガイドラインを策定し、公表するよう求めている。また、自首し協力する企業には刑罰、手続きの種類や期間に関して優遇することも提起する。

TIは2021年に最初の報告書を発表し、企業の刑事責任に関する法制度を改善するよう提案した。特に、罰金の上限額(現行500万フラン)の引き上げを求めていた。

だが、立法機関は今のところ法改正に動いていない。TIは今回の報告書で、現行法の運用改善に主眼を置いている。「私たちの提案はシンプルで法的枠組みを変えることなく実施できるものだ」とヒルティ氏は強調する。

連邦検察庁は法改正に前向き

連邦検察庁はswissinfo.chの取材に対し、TIの批判に留意すると書面で回答したが、このような批判は「予想外」だったという。TIは、経済協力開発機構(OECD)外国公務員贈賄防止条約の実施状況を査定した報告書「汚職の輸出2022外部リンク」で、(米国と共に)同条約を積極的に適用する欧州唯一の国としてスイスを挙げたばかりだったからだ。

一方、連邦検察庁は企業を相手取った刑事訴訟の信頼性を保証する法改正には前向きだ。シュテファン・ブレットラー連邦検事総長は就任以来ずっと、刑法第102条に定められた罰金(最大500万フラン)では不十分だと主張してきた。同氏はフランス語圏の日刊紙ル・タンによるインタビュー外部リンクで、現行の罰金額は「取るに足りない」として、「法律には抑止力がなければならない。何十億フランという利益を上げる企業にとって、このような罰金に抑止力はない」と述べた。

同氏は、連邦議会における刑事訴訟法の改正議論の一環として「起訴猶予」という新たな手段の導入を支持する。これは企業の起訴を一定期間延期することに裁判外で合意できるというものだ。企業が猶予期間内に連邦検察庁に対する義務を果たせば、不起訴処分となる可能性がある。また、多国籍企業の自首が容易になるよう内部告発者に即した法整備も求めている。

連邦検察庁は書面回答の中で「法的枠組みの変更は連邦検察庁の所管ではない。企業の刑事責任をより適切に問うための法改正は連邦議会の管轄だ」と指摘した。

仏語からの翻訳:江藤真理

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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