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「最後の事件」の舞台、スイス・マイリンゲン 翻訳者、東山あかねさんが想像したシャーロック・ホームズ像

名探偵シャーロック・ホームズは世界中で人気を博し、実在の人物とみなして研究する人たちもいるほど。小説の中でホームズが住んでいたロンドンのベーカー・ストリート221B番地のアパートには、実際にホームズ宛のファンレターが届いていた

名探偵シャーロック・ホームズは世界中で人気を博し、実在の人物とみなして研究する人たちもいるほど。小説の中でホームズが住んでいたロンドンのベーカー・ストリート221B番地のアビナショナル・ビルには、実際にホームズ宛のファンレターが届いていた。

ベルン州マイリンゲン、シャーロック・ホームズ博物館にて撮影

(swissinfo.ch/Akiko Uehara)

英国の小説家アーサー・コナン・ドイルは19世紀末、スイス中部にある小さな町マイリンゲンを訪れ、水が轟き落ちる偉大なライヘンバッハの滝つぼを見て、名探偵シャーロック・ホームズのクライマックスをこの場所に決めた。そして1893年にこの滝を舞台にした『最後の事件』を出版した。日本シャーロック・ホームズ・クラブの主宰者で、この推理小説の翻訳も手がけた東山あかねさん(70歳)に、冒険の舞台となったマイリンゲンで、自身が思い描くホームズ像を聞いた。

 『最後の事件』は名探偵ホームズの「最期」が描かれた物語。ホームズと助手で医師のワトソンが、ロンドンからフランスへ渡ってスイスへ行き、西部ジュネーブからロイカーバードを通りマイリンゲンを訪れる。そして、ホームズはその町外れにあるライヘンバッハの滝で、宿敵モリアーティ教授と格闘し、滝つぼに落ちてしまう。

 この冒険の舞台となったスイスでも、ホームズの小説が愛読されたことは言うまでもない。だが「最後の事件」が出た当時は、あまりの人気で探偵小説は若者の道徳によくないとして、一時、スイス国内の駅の売店で販売が禁止されたほどだ。当時のジュネーブ紙や英国のタイムズ紙に、その様子を報じた記事が残っている。

 東山さんは、9月1日から3日にかけて行われたスイスのシャーロック・ホームズ会(ライヘンバッハ・イレギュラーズ)が主催するツアーに日本から参加し、マイリンゲンのホームズゆかりの地を訪れた。自身もホームズの熱狂的なファン「シャーロッキアン」で、愛好家による「日本シャーロック・ホームズ・クラブ」を主宰する。

ホームズとモリアーティ教授が格闘して滑落したライヘンバッハの滝のイラスト。シドニー・パジェットが1893年に描いた。
「この滝でホームズの帽子がスポーンと脱げて落ちていく」(東山さん)

(Sidney Paget (1860-1908))

 ライヘンバッハの滝

 ライヘンバッハの滝は、アルプス山脈にある落差250メートルの滝。著者コナン・ドイルは、結核患者であった妻をダボスの療養所へ連れて行く旅道中、マイリンゲンを通り、この滝を見たとされる。

 今回で滝を見るのは6回目だという東山さんは、「豪壮で、コナン・ドイルはまさに絵になる滝だと考えたのではないか」と話す。

 日本では1970年代後半、シャーロック・ホームズのドラマが初めてテレビ放映されたが、東山さんによると「まだインターネットもなく海外旅行もそれほど簡単ではなかった頃で、ライヘンバッハの滝の映像が日本で入手できず、水がチョロチョロ流れる日本の三段滝の映像が変わりに数秒流れただけだった。ライヘンバッハの滝は、その程度しか知られていなかった」

 東山さんが初めてライヘンバッハの滝を見たのは、『最後の事件』を翻訳する前の1983年。「海外旅行をするのは当時とても高かった。ホームズの翻訳を一緒に行った夫の小林司と子供と一緒に家族みんなでスイスに行き、全財産はたいてでもという思いでシャーロック・ホームズ・ホテルに1泊した。滝を最初に見たときは豪壮な滝に感動して、寝ないで観ていたいくらいだった」と振り返る。「落ちたら助からないのかなぁ。でも、ホームズは生きながらえてくれているんだろうなぁ」と想ったという。

 東山さんは自身が翻訳した本で、ライヘンバッハの滝を「轟々(ごうごう)とした滝」と表現した。

東山あかねさん。ホームズとワトソンが宿泊したとされる「ホテル・ソバージュ」にて。

(swissinfo.ch/Akiko Uehara)

自分が想像するホームズ像を伝えたい

 翻訳で気をつけているのは、「自分の気持ちをどうホームズに移すかということ」。児童書「金の星社」からの翻訳の仕事のオファーがきっかけで、ホームズの物語を子供向けに訳すことになった。しかし「易しくとっつきやすくというよりは、子供にも私が思うホームズの一番正しいイメージを伝えたいと思った」と語る。

 「英語では書いてあることは一つだが、翻訳する人によって物語のイメージが異なる。楽譜が一つでも、様々な演奏法があるのと同じだ」と語る東山さん。例えば「Watson」なら、「ワトソンくん」と訳すのか「ワトソン」というのか。たった一言の「Look」というセリフでも「見てごらん」と言うのか「見たまえ」と言うのか。口調によって、全く違うホームズ像が出来上がる。

紳士のホームズ像

 東山さんは中学生の時、学校の図書館で友人を待っていたときに初めてホームズの本を読んだ。その時のホームズは「おじさん」という印象を受けた。だから、子供向けに訳すとはいっても「若いイケメンのホームズというイメージは受け入れられなかった」

 東山さんが描くホームズは、上品な紳士だ。ホームズの本は多くの翻訳者が日本語に訳しているが、翻訳者によってホームズ像は異なり得る。「その中で、自分のホームズ像を作り上げていきたかった」と東山さんは振り返る。「自分の中のホームズのイメージを膨らませ、語り口に力を入れ、私のイメージどおりのホームズを描きたかった」と言う。翻訳で一番気をつけたことは、ホームズの言葉使い。「例えば『奥さん』ではなく『奥様』。私自身が奥さんと呼ばれたくなかったのかもしれないが、普段捜査をしているときにホームズが『奥さん』と言うのはいやだった」

読むたびに新しい発見

 東山さんにとって、シャーロック・ホームズの推理小説は「読むたびに新しい発見がある」という。「最初に本を読むときは、犯人は誰かなと考える。2回目は、ホームズの推理はどうなの?と思い読み返す。その次は、何か間違っていない?と問いかけながら読む。その後(視点を変え)、コナン・ドイルの内情はどうなのか、また、ホームズは事件の真相をどう思う?と思い巡らすことで、新しいことが分かる。また次に読むと、犯人は本当にひどい男なんて情感を込めて楽しんでしまう」

 「何回読んでも(発見が)エンドレスで楽しい。さらにコナン・ドイルの真相を研究すると、威厳を持って暮らしていたようだが、辛い過去や家庭の不安も抱え、母親との葛藤や父親のアルコール依存生活により、コナン・ドイルも苦労しただろうと思うようにもなった。自分も年を重ねるにつれ、きっと心の中は辛かっただろうなとコナン・ドイルに同情するようになり、最近はこの心境で読んでいる」と東山さんは話す。

東山あかね

翻訳者、著作家。
1947年生まれ。現在、日本シャーロック・ホームズ・クラブ主宰者。
夫の小林司とも数多くのホームズの本を共訳した。

主な翻訳作品:
「ホームズは名探偵」(金の星社)、「シャーロック・ホームズ全集」(河出書房新社)など。

主な著書:
「シャーロック・ホームズの謎を解く」(2009年、宝島社)、「シャーロック・ホームズを歩くー作品をめぐる旅と冒険」(2016年、青土社)など。

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