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日本と韓国「家族げんかのよう」 スイスの美術史専門家が語る

ハンス・ビャーネ・トムセン教授
チューリヒ大学のハンス・ビャーネ・トムセン教授 swissinfo.ch

対立が激化する日韓関係を、海外の知識人たちはどう見ているのか。日本・中国・韓国の東洋美術史が専門で、今年外国人叙勲を受けたチューリヒ大学のハンス・ビャーネ・トムセン教授(60)に、美術史からみた日本と韓国の違い、そして悪化の一途をたどる日韓関係について聞いた。

スイスインフォ:日本、韓国の美術の特徴にはどんな違いがあるのですか。

トムセン:生徒からもよく聞かれるんですよね。研究仲間の言葉を借りれば、日本の特徴は例えばわびさび、お茶、アシンメトリー(非対称)の美、余白の美ですね。質の高い材料を使い、緻密な表現をする技術に非常に優れている。これが日本の美術の特徴のすべてではないと、私個人は思いますが。

韓国は時代によって変わります。11~13世紀ではシンメトリー(対称)が非常に大事にされ、それを作れる極めて高いテクニカルスキルもありました。そのため信じられないくらい優れたレベルの芸術家がいて、中国や日本に作品がどんどん輸出されるほどでした。

ですが、モンゴル(の高麗侵攻)や豊臣秀吉(の朝鮮出兵)によって国がばらばらになった。李朝の時代になるとテクニカルスキルの高さがなくなるんです。ぐにゃぐにゃした、子供が描いたような絵とか焼き物とか、そういうものが多くなった。

ちなみに中国はシンメトリーが非常に大切。華やかなものが良いとされる、どちらかというとゴージャスな美ですね。日本の茶の湯に見られる地味さはほとんどありません。

スイスインフォ:海外戦略も国によって違ったりするのでしょうか。

トムセン:日本はニューヨーク、ロンドン、ベルリンといった誰もが知っている目立つ場所でイベントをするのが好きですが、韓国はほかの組織が興味を示さないところを狙う。ベルリンの壁が崩れた後は、東ヨーロッパの大学などとどんどん提携して行った。だから、チェコ、スロバキア、ハンガリーなどでは、韓国の美術史研究がとても盛んですよ。

スイスインフォ:日本と韓国の美術史は、どの時点から交わっているのでしょうか。

トムセン:はるか昔の弥生時代からつながっています。縄文時代以前にはアジアと日本は陸続きだったので、歩いて行き来できたんですね。

面白い事に、弥生時代になると、縄文時代の文化が消えて、全く違うものが作られるようになりました。それはなぜか。私は、朝鮮半島から人が入ってきて、縄文時代のものがエスニッククレンジング(民族浄化)により絶滅したのだと考えています。

焼き物などを見ると、朝鮮半島の当時のものと、弥生時代のものは全く一緒なんです。人間のDNAも縄文時代のものとは全く違っています。

日本と韓国の美術が交わるポイントは、江戸時代にもあります。江戸時代の鎖国論は、私は信じていません。蝦夷を通してロシア、対馬を通して韓国、長崎を通して中国・欧州から、モノもアイデアも人も色々入ってきていました。

韓国から入ってきた美術品は木村蒹葭堂(きむら・けんかどう)という大阪の大コレクターを通して京都などに渡り、日本の美術界に色んな影響を与えました。当時の絵画には、日本には存在しない珍しい動物が描かれているものがあります。

また江戸時代には、韓国から8回くらいかな、通信使と言われる人たちが江戸城に来ています。対馬から入って京都・大阪に何日か滞在して。そのときには画家たちが集まって、絵の交換をしたり、書を一緒に書いたりして交流していました。当時、韓国の美術に対する評価はとても高かったんですよ。

スイスインフォ:このような歴史は、両国に大きな影響をもたらしたのでしょうか。

トムセン:秀吉の影響は大きいと言わざるを得ないですね。日本の大名たちは2回、朝鮮半島を侵略しています。当時は茶の湯がすごく流行っていて、千利休は韓国の焼き物が大好きでした。

だから大名たちは焼き物の村ごと、朝鮮半島から日本へ持って帰ったんですよ。作り手も、道具も土も全部。それで大名の領地ごとに窯(かま)ができた。働いている人は韓国人ばっかりです。奴隷扱いでしたが、良いものを作ったら条件も良くなって。

唐津、伊万里、高取、萩、全部韓国人が作った窯です。それだけ、韓国と日本の美術は密接につながりを持っているのです。

スイスインフォ:1910年から1945年には韓国併合が起こっています。文化面では何か動きがあったのでしょうか。

トムセン:厳しい状況下でも、文化の交流はありました。韓国人画家が日本で勉強し、逆に日本人画家が韓国に行ってインスピレーションを受けている。

でも、韓国人はそういう時代を無視するんですね。韓国人画家で、日本画みたいなものを作った人は無視され、迫害され、職を追われた。日本でも韓国でも、相手国の画家が作ったものは美術館の倉庫の裏にしまわれたままでした。

でも、新しい研究者たちが出てきたことによって、20年ほど前からそれらの価値がようやく認められるようになっています。

スイスインフォ:日韓関係は過去に例を見ないくらい悪化しています。今の関係をどう見ますか。

トムセン:非常に残念だと思います。これだけ太古の昔から緊密な関係にある両国が、家族げんかをしているようで。これだけつながりが深いのに、非常にもったいないと思います。

スイスインフォ:日韓の美術界に影響は出ているのでしょうか。

トムセン:あまりないと思いますね。最近、韓国美術をテーマにした美術会議を韓国で開いたとき、日本の学者もいましたが、全く問題なくコミュニケーションができていました。(対日・対韓感情のあおりは)政治家が票欲しさにやっているだけで、一般の研究界の空気はそんなに変わっていないと感じます。

スイスインフォ:ヨーロッパの人たちは、日本と韓国をどう見ているのでしょう。

トムセン:美術に限って言えば、違いなど全く分かっていないですよ(笑)。関心がないのか、見る目がないというのが1つでしょう。エキゾチックなもの、アジアからのもの、と脳が認識するだけ。

10年前、ザンクト・ガレンの歴史博物館に東洋のものがないか訪ねて行った時のことですが、5階の屋根裏部屋に日本や韓国、中国の美術品がびっしりと置かれていたんです。4600点だったかな。区別できなくて分からないから、番号札を付けて、しまったままだったと聞きました。

ヨーロッパでは美術・歴史の専門家であっても分からない。それだけ興味がないんです。

スイスインフォ:どうしたら日韓関係を改善できるでしょうか。美術界で何か貢献できるとしたら、どんなことが挙げられますか。

トムセン:会話が一番大事だと思います。共同プロジェクトを一緒にやるとかね。自分の世界に入り込んで、相手とのコンタクトをなくすのが一番良くない。人に会うチャンスを増やして、コネクションを増やしていく。そうしてお互いを理解していくのが一番良い。

怒り、悔しさがあるのは当然ですが、お互いに乗り越える力を付けないとだめですよね。

歴史は複雑です。感情が入ったら終わりです。私が20年前に韓国を旅した時、飛行場で知り合った大学の偉い先生からこう言われたことがあります。「日本はナチスよりひどい。私たちの名前を変えさせたんだから」と。

ホロコーストをしたナチスと日本を比べること自体おかしいと思いましたが、こういうことを、教養のある韓国の文化人が言う。これは深い問題です。本当に乗り越えなければいけないなと思いました。

どうやったらそれができるか。それはいろんな分野でコミュニケーションを取っていくしかないと思います。

ハンス・ビャーネ・トムセン

1957年、京都府左京区生まれ。両親はデンマーク人。プロテスタント教会の宣教師だった父親が、布教・研究活動で京都に赴任していた。教会・農場の建設資金を集めるため、日本の骨とう品を欧州で売る父のそばで生活するうち、日本の古美術に興味を持つ。

その後はデンマーク、米国と生活の拠点を移すが、日本への郷愁が捨てられず、米国の大学を卒業後、東京で古美術商の弟子奉公を1年半経験。立ち寄った京都国立博物館の美術展で、伊藤若冲の「動植綵絵」に強い衝撃を受け、日本美術の研究者を目指す。

米シカゴ大准教授を経て、2007年からチューリヒ大教授。09年以降、スイスにある美術館所蔵の日本美術工芸品を積極的に紹介するプロジェクトを続けているほか、2017年にはチューリヒで三笠宮彬子さまを講師に迎え、日本美術に関する講演会を開いた。これらの功績が評価され、2019年春の旭日小綬章を受章。9月、チューリヒ大で授章式が開かれた

また、スイス国立博物館で開催中の「日本のハイジ」展を中心となって企画、実現させた

デンマークと米国籍を持つ。日本人の妻と5人の子供がいる。

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