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女性参政権への長い道のり

スイスの呪縛を解いた世界の女性参政権運動

世界で初めて女性参政権を行使したのはマオリの女性たちだった Photo 12 / Alamy Stock Photo

世界の多数の国では、女性参政権の導入は革命や国際協力、直接参政権を機に加速した。しかしスイスでは女性参政権への反発が根強く、国際的な評判が大きく損なわれようとした50年前にようやく導入された。

このコンテンツは 2021/02/15 08:30

スイスの裏側にあるニュージーランドで突如、画期的な出来事が起きた。1893年5月18日、24歳のメリ・マンガカヒアが前年に初選挙が行われた先住民マオリの議会「コタヒタンガ」に立ち、こう公言した。「私は今日、あなた方に法律を提案します。それは投票権とこの議会の被選挙権を女性に認める法律です」

swissinfo.ch/Carlo Pisani, Céline Stegmüller, Jonas Glatthard

男性のみのマオリ議会は対応を決めかねた。そこでマンガカヒアと同志たちはその数週間後、女性参政権の導入を求める署名活動を全国で展開した。同年7月末、ウェリントンにある当時の英国植民地下院には、3万筆超の署名が添えられた13の請願書が提出された。それから数週間後、男性議会は賛成20票、反対18票で女性参政権の導入を可決した。こうしてこの島国は男女平等の普通選挙権(投票権のみ)を導入した世界初の国となった。

メリ・マンガカヒア、1900年頃 Gl Archive / Alamy Stock Photo

ニュージーランド:女性たちと保守派が「大酒飲み」に対抗

ニュージーランドの歴史家ケイティ・ピックルズ氏がオンライン雑誌「The Spinoff」に寄稿した記事によると、当時植民地だったニュージーランドは大英帝国の前哨拠点であり、明らかに男性過多だった。「当時は保守派の男性でさえ女性参政権と郵便投票の同時導入に賛成していた。独身の大酒飲みが大勢いることに不安があり、こうした制度が対抗措置になるとの期待があったからだ」

ニュージーランドの民主主義を語る上で切り離せないのが、アルコール乱用問題だ。同国の女性たちはこの問題に長年取り組んできた。アルコールとの接し方に関する法案を巡っては、1964年までに24回もの国民投票が行われた。

ニュージーランドでは女性参政権導入100年を機に、国民の発議権が強化された。

フィンランド:保守派と社会主義者が団結して皇帝に対抗

ニュージーランドでの快挙から数年後、女性参政権運動は北欧で2度目の躍進を遂げた。ロシア帝国の一部だったフィンランド大公国では、帝国内の他地域と同じく当時のリベラル派、労働組合、フェミニストなどがモスクワの独裁者に反旗を翻し始め、様々な市民運動が展開された。

「保守派と社会主義者のグループはフィンランドの自治権、そしてそれに関連する男女の選挙権の導入を求めて団結した」と、タンペレ大学のヨハンナ・カントラ教授(ジェンダー学)はswissinfo.chに語る。

ニュージーランドの女性が1893年に得た権利は選挙権「だけ」で、選挙に立候補はできなかった。しかしフィンランドは1906年夏、国としては世界で初めて、全ての国民に被選挙権を導入した。同国初の自由選挙で選ばれたエドゥスクンタ(帝国議会)の女性議員の割合は約10%だった。一方で、「女性参政権が早い時期に導入されたために、かえって後の世代は男女平等問題に関して、やや消極的になった」とカントラ氏は指摘する。

女性議員の割合はその後、1907年当初の水準を時折下回ったが、近年に入り、フィンランドの女性たちは政治的な勢いを取り戻した。その要因となったのが、直接参政権を強化した2000年の新憲法だった。カントラ氏によれば、近年の女性運動は新憲法の追い風を受けて、婚姻の平等の導入などで成功を収めた。そして現内閣は、34歳で首相に選ばれた女性のサンナ・マリン氏が率いている。新内閣が組閣された当時は閣僚19人のうち12人が女性だった。

フィンランド政権で連立を組む5党の党首の大半は、組閣当時の年齢が35歳未満だった Emmi Korhonen / Lehtikuva / AFP

米国:男性のみの住民投票15件で女性参政権可決

ニュージーランドとフィンランドの歴史的な民主主義改革を機に、世界の大半では「女性参政権は反対すべき」という保守派男性の固定観念が崩れた。1920年代半ばには当時の民主国家の多くで女性が選挙や投票に参加できるようになった。特に米国では18年までに15の州で、女性参政権が男性のみの住民投票で可決され、20年にはそれに応じる形で米国憲法が改正された。

米国の市民権擁護団体「女性有権者同盟」の会合 The Granger Collection / New York

第1次、第2次世界大戦を受け、女性参政権運動を後押しする重要な要因がいくつか生まれた。その中には「新たなスタート」の発想と、戦後における男性から女性への感謝の念があったと、スイス人政治学者ヴェルナー・ザイツ氏は指摘する。連邦統計局の政治・文化・メディア部門責任者を長年務めた同氏は、スイスでの女性参政権を巡る戦いについて新著※を出版した。

頑なに保守的だったスイス

一方、スイスには戦後「新たなスタートも、男性から女性への感謝の念もなかった」とザイツ氏は強調する。民主主義には「人口の半分を占める女性を排除すべきではない」という論点があるが、男性有権者の過半数はこれを支持しなかった。

同氏は「共和主義の思想とスイス建国神話が混ざり合い、女性を排除する男性優位の政治文化が生まれた」と指摘する。また、左派と右派が政治的に対極化したために、参政権問題がイデオロギーの問題にされてしまったと付け加える。「50年代ではまだ、保守派の政治家は反共主義を唱える流れで女性参政権に反対していた」

女性参政権導入50年

スイスの男性は197127の国民投票で、連邦レベルの女性参政権の導入を決定した。スイス建国から123年後のことだった。直接民主制のモデルとして世界に名を馳せたいスイスだが、この国民投票でようやく世界で最も遅く普通選挙を導入した国の1つとなり、若いリベラルな民主国家となった。

swissinfo.chは、女性参政権導入50年という不名誉な節目の今年、記事、動画、写真ギャラリーを通してスイスの女性参政権を特集していく。

swissinfo.chは34「女性参政権導入50年:古い権力問題、新しい人たちの新たな戦い」と題したパネルディスカッションをオンラインで開催する。参加予定者は、気候活動家で国連気候変動大使のマリー・クレア・グラフ氏、多様性と人権の専門家エステファニア・クエロ氏、権力に詳しい政治学者レグラ・シュテンプフリ氏

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スイスにおける男性の直接参政権は世界的にも発展していたが、女性参政権に関しては反発があまりにも強かったために、これを促す手段にはならなかった。それどころか、1919~56年には女性参政権に関する29件もの提案が州レベルの住民投票で否決された。29年にはスイス国民の10%以上が賛同した女性参政権導入を求める請願書が出されたが、連邦政府はこれを無視した。

スイスは参政権問題に関して独自の道を歩んでいたが、そのことで国際的な評判が大きく損なわれようとしていたと、ザイツ氏は強調する。46年に設立された国連女性の地位委員会は報告書の中でスイスを度々批判した。これを受け、世界のメディアはスイスについて批判的な報道をするようになった。国連欧州本部がジュネーブに設立され、スイスが欧州評議会への加盟を目指していた時代は特にその傾向が強かった。

スイス:民主主義の呪縛にようやく別れ

女性参政権の導入を最終的に後押したのは実用主義だった。冷戦の幕開けを受け、連邦政府は54年、女性を対象とした民間救護活動の義務化を提案した。しかし女性に参政権がないことから幅広い層がこれに反対した。そこで連邦政府はその見返りとして、女性参政権の導入を初めて提案した。結果的にどちらの提案も失敗に終わったが、これを機に「スイスの民主主義は男性が担うもの」という呪縛が解かれた。

60年代には9つの州で、地方レベルの女性参政権が男性による住民投票で可決された。しかし連邦レベルの女性参政権に関しては、71年2月7日になってようやく男性投票者の3分の2が「遅すぎる時代転換」に賛成した。スイスは男性参政権の導入が欧州で最も早い国の1つだったが、女性に参政権が認められたのはそれから123年後のことだった。

参政権が導入された当初、大勢の女性が政治参加したり、ましてや女性が権力を掌握したりすることなどは全くなかったと、バーゼル出身の政治家アニータ・フェッツ氏は振り返る。同氏は85年から2019年まで中断期間を挟みつつも連邦議会議員を務めた。連邦議会で女性議員の割合が非常に遅いペースで上昇している理由については「(女性たちは)まず積極的な参加について学ばなければならなかった」と説明する(ただし前回の総選挙では、下院である国民議会の女性議員の割合は42%に達した)。女性議員の割合を引き上げるには、選挙権・被選挙権だけでなく、直接参政権も非常に重要だった。なぜなら直接民主制は議会以外の場でも市民の政治参加を促すからだと、フェッツ氏は言う。同氏はそのことを身をもって示している。全国レベルの発議委員会の委員になった回数が、18回にも及ぶのだ。アーラウ民主主義センターの研究※※によれば、これは男女全ての有権者の中で「スイス記録」だ。

*Auf die Wartebank geschoben. Der Kampf um die politische Gleichstellung der Frauen in der Schweiz seit 1900, Werner Seitz, Chronos-Verlag他のサイトへ, Zürich (2020)

**Die Volksinitiative als (ausser-)parlamentarisches Instrument? Nadja Braun Binder/Thomas Milic/Philippe E. Rochat, Schulthess-Verlag 他のサイトへ Zürich (2020)

(独語からの翻訳・鹿島田芙美)

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