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人手要らずの床ずれ防止ベッドが登場

床ずれ防止ベッド開発者のミヒャエル・ザウター氏 swissinfo.ch

社会の高齢化と共に、寝返りが打てないために床ずれ(褥瘡・じょくそう)に苦しむ人が先進諸国で増加している。そんな現状に立ちあがった1人の若いスイス人エンジニアが「床ずれ防止ベッド」を考案。

チームで開発したこのベッドは、コンピューター制御で自然な体圧移動を実現したもので、来年半ばをめどにスイスの市場で販売される見通しだ。

深刻な床ずれ問題

 「床ずれを未然に防ぐことで、患者の負担も介護をする側の負担も減らしたい」と話すのは、今回のベッドの開発を手掛けた青年実業家ミヒャエル・ザウター氏(33)だ。

 健康な人は通常、1時間の間にに2~4回寝返りを打つが、体が不自由になると寝返りが打てなくなり、体と寝具の接触部分に長時間圧力がかかる。床ずれは一般的に、こうした圧力によって起こる皮膚の疾患だ。

 長時間の圧力により毛細血管が押しつぶされ、軽度の床ずれでは圧迫された部位が赤く炎症を起こし、症状が進むと皮膚組織が壊死(えし)する。ひどい場合は、壊死した部位から骨が露出するなど、深刻な症状に発展する。

 スイスでは介護施設に入居する約9万人のうち、床ずれのリスクにさらされている人は約3割から4割いるとされ、実際床ずれを発症した人は全体で2~5%いると推定されている。日本でも同程度の割合で床ずれ患者がいると見られ、特に在宅など介護士のケアが届きにくいところでは、その数がさらに上る。

ハイテクボトム

 床ずれを防ぐには、まず第一に体位をこまめに動かすことが大切。それには介護する人が昼夜2,3時間ごとに患者の体を動かさなくてはならず、大変な労力がかかる。そこでザウター氏が思いついたのが、「寝返りを自動的に助けるベッド」だった。

 ベッドが開発されたのは、チューリヒ州デューベンドルフ(Dübendorf)にある連邦マテリアル科学技術センター(EMPA)の一角。こじんまりとした作業場に置かれた試作品のベッド2台は、フットボードに備え付けられたタッチパネルを除けば、見た目はごく普通だ。

 この新作ベッドの特性は、実はマットレスを置くボトム(床)の部分にある。普通のベッドでは、ボトムは木製の板やスチール製の網などさまざまな材質でできているが、このベッドには特別な構造を持つ伸縮性の高いプラスチックのようなものが格子状に使われている。これがコンピューター操作によって細かな動きを実現する。

 患者の体圧がどの部位にどのくらいかかり、どの程度の頻度で体を動かすのかを、ベッドに接続されたセンサーが測定。このモニタリングシステムを使うことで、体のどこの部位に床ずれリスクがあるのか分かり、個人に合わせた動作を推定する。

 「エアマットだと体が沈みやすく、かえって体位を変えにくい場合がある。しかもエアマットが使われるのは、すでに床ずれが発症した場合がほとんど。だがこのベッドは自動的に体位を動かせるので、床ずれを未然に防げる」とザウター氏は説明する。

 実際どんな感じでボトムが動くのか体験させてもらった。スポンジのように柔らかい特製マットレスの上に仰向けになると、右足の方から肩にかけて、体の右側がゆっくりと押し上げられる。その後、徐々に体重が体の左側に移っていき、今度は右側の方向にまた動かされていく。このように、体はうつ伏せになることもなく、軽く左右に重心が変わる感じだ。機械音はまったく聞こえない。

 「介護施設の入居者は体位を変えられる度に目を覚ますことが多いが、このベッドを使用すると、みなさん、とてもぐっすり眠れる」とザウター氏は言う。

期待のベンチャー企業

 今は床ずれ予防ベッドに情熱を注ぎこんでいるザウター氏だが、元は軽量構造力学の研究者で、「床ずれがどんなものか、以前は全く知らなかった」。

 床ずれ予防ベッドのアイデアにたどり着いたのは、軽量構造力学の技術をどうやって実用できるかと考えていたときだった。情報を集めてみると、床ずれが介護現場で問題となっていることが分かった。

 「これだ!」と思い立ったザウター氏は、当時の勤め先だった連邦マテリアル科学技術センターと連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ/EPFL)から協力を仰ぎ、ベンチャー企業「コンプライアント・コンセプト(Compliant Concept)」を設立。

 開発には、床ずれ専門の医師や介護士、看護師などから常に助言を受けた。また、実用性を高めるため、最低1日は介護施設や病院で介護研修を受けることを4人の社員全員の義務にしている。「介護士は一体どんな仕事をしているのか、実際自分の目で見てみることが重要だ。現場を知らないで開発すると、実用面で問題が起きる」

 その技術力とアイデアが評価されて、ザウター氏の会社はいろいろなところで表彰されている。チューリヒ州ヴィンタートゥール市(Winterthur)のホイベルガー賞では15万フラン(約1500万円)を獲得。さらに何人かの投資家からも資金援助の申し出があり、来年にはベッドを市場販売できるめどが立った。

いずれは日本進出も

 こんなハイテクなベッドが身近にあったら、多くの人が床ずれのリスクから解放されるに違いない。だが、気になるのは価格だ。「使用されている技術は、あまり高くはない。できるだけコストを抑えて、低い値段で提供できるよう努力を続けている」

 ザウター氏の当面の目標は、「まずはスイスで販売して、2012年までに量産できるところまでもっていく」ことだが、日本での市場進出も視野に入れているという。「日本は高齢化がかなり進んでいるし、需要も高いかもしれない。日本では介護支援のために、ロボットが開発されていると聞いた。しかし、まずはスイスから販売して、次にアメリカ、その後に日本だろう」

連邦工科大学(EMPA)の1機関で、ザンクトガレン州とチューリヒ州に置かれている。

1880年に創立された当初、チューリヒにある高等工業学校の地下室で研究活動を開始。その後、燃料試験所と繊維検査所が統合された。

1938年から「産業、土木、工業のための連邦素材試験・実験所」の名称になったが、EMPAという略称はすでに長く使われていた。1988年以降、同センターの主要業務は試験ではなくなり、「試験所」から「研究所」になった。

1994年、これまで研究所があったデューベンドルフ(Dübendorf)とザンクトガレンに加え、新たにトゥーン(Thun)にも開設。軍用の素材の試験をしていたグループの専門セクションを引き継いだ。

現在、トゥーンの原材料テクノロジー科は、大部分が軍用以外の材質試験を行っている。2010年、マテリアル科学技術センターは創立130周年を迎えた。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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