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コロナ検査 そもそも最適な検査率はある?

A medical working administering a coronavirus test at the mobile facility in Lucerne
スイスのいくつかの州は、国内の検査能力を拡大する目的で移動式検査場を開設。写真はルツェルンのドライブスルー式検査場 Keystone / Alexandra Wey

新型コロナウイルス感染症の人口当たりの検査率でスイスは世界トップに入る。しかしスイスの総人口に占める感染者の割合はまだ把握できていない。新型コロナQ&A第2弾は、最適な検査率というものがそもそも存在するかどうかを探る。 

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今回のパンデミックで議論の的となっているのが、感染の有無を調べるPCR検査だ。世界保健機関(WHO)は包括的な検査を呼びかけるが、すべての国で大規模な検査が実施されているわけではない。 

スイスでは新型コロナウイルスの最初の症例が発表されて以来、相談件数に対する検査率が徐々に上昇している。だが検査を優先的に受けられるのはハイリスクな人や入院が必要な人だ。このためswissinfo.chの読者からは、誰が検査を受けられ、また受けられないのかについて多くの質問が寄せられた。 

連邦内務省保健庁は検査対象を絞る方針を取っているが、これに対し一部の専門家から疑問の声が上がっている。連邦工科大学ローザンヌ校のマルセル・サラテ氏などの著名な疫学者たちは、検査対象を拡大するようスイス政府に要請している。 

サラテ氏らは医療ニュースサイトに最近掲載された記事外部リンクで「問題の実態を把握せずに危機管理することは至難の業だ」と記した。 

スイスでの実際の検査数は?

パンデミックが拡大を続け、国内で感染者が出てきたことを受け、スイスはこの2カ月間で検査体制を拡充させてきた。

連邦政府が3月上旬に発表した検査数は1日約2500件。3月22日の発表では1日約7千件に上がった。そして今月1日午後に行われた記者会見では、「昨日以来1万6千件の検査が実施された」と保健庁感染症班のダニエル・コッホ班長が発表した。 

スイスで4月5日までに実施された検査数は合計15万8千件。人口100万人当たりの検査数は1万5000件を超えた。英紙フィナンシャル・タイムズによると、スイスは住民1人当たりの検査数が世界でも特に多い。 

一部の州は検査対象の拡大を図るため、移動検査所やドライブスルー方式の検査場を設置している。ベルン州は2日、スイス赤十字社と連携してドライブスルー方式の検査場を試験的に開設。1日約200~300件の検査が可能とされる。 

フランス語圏のスイス公共放送(RTS)によると、ルツェルン州は重症化リスクの高い人を対象としたドライブスルー方式の検査場を設置。検査を受けるには医師の紹介が必要になる。検査能力は1日50件で、現在は1日に20件程度の検査が行われている。 

誰でも検査を受けられるのか?

要するに、行政は軽症者には検査を控えてもらいたいのだ。保健庁は、発熱、咳、息切れなど新型コロナウイルス感染症の主な症状がある人には、自宅に留まるよう要請を続けている。また重症化リスクの高い人や症状が悪化した人に対しては、診察の必要性があるかどうかをかかりつけ医に電話で相談するよう求めている。 

その他、感染者と接触した人には自主隔離を指示している。軽症者はリスクが低いとされ、検査が拒否されている。 

そうした中、地域的には検査対象が拡大しつつある。 

2日に新しく開設されたベルンの検査場は、医師の紹介を必要としない初の検査施設だ。検査を受けるにはオンラインの質問票に答え、高リスク判定を受けなくてはならない。 

チューリヒ州は2日、医療従事者を保護するため、病院の新規入院患者を対象に、新型コロナウイルスの症状が現れていなくても検査を実施すると発表。保健庁はこの措置を賢明と評価している。 

なぜ全ての人を検査対象にしないのか?

保健庁が全ての人を検査対象にしない理由はいくつかある。一つは、65歳以上の人や基礎疾患のある人など、治療が本当に必要な人に医療資源を確保するためだ。

もう一つは、人材、医療用防具のほか、試薬や綿棒などの検査材料が不足している点だ。

新型コロナウイルスに対応する初の商業用検査キットを開発した企業の一つに、スイスの製薬大手ロシュ(本社・バーゼル)がある。同社のセヴリン・シュヴァン最高経営責任者(CEO)は3月末、検査の需要が製品の供給量を大幅に上回っていることから「現段階では広範な検査は実施不可能」として、検査対象を高リスク患者に絞るべきだと述べた。ロシュをはじめとする多くの検査キット製造業者は、需要増に対応するため生産を大幅に拡大している。 

こうした中、状況は改善してきたようにみえる。コッホ氏は1日の記者会見で「検査を実施する上での障害はもうない」と発表した。だがその翌日には、国際レベルでの物資供給にまだ問題が残ることを示唆した。 

政府が先月初めに「全ての感染例を把握できないほど感染が広まっている」と発言したことに対し、サラテ氏をはじめとする専門家から批判が上がった。サラテ氏らは、感染拡大を遅らせるには陽性判定になった人の「検査、接触者の追跡、その後の自主隔離といったリベラルな戦略」が必要だと主張する。 

十分な検査などあり得るのか?

広範な検査を実施しなければ、ウイルスの感染状況や封じ込め措置の効果を正確に把握することは難しい。

WHO健康危機対応プログラムを統括するマイケル・ライアン外部リンク氏は3月末、「一般的な基準として、10件の陰性判定に対し1件の陽性判定が出る検査体制は全ての感染者を特定できていると言える。このレベルの検査体制を敷く国を我々は大いに歓迎する」と述べた。 

同氏はさらに「検査結果の大部分が陽性であれば、その国は十分な検査をしていないということだ」と付け加えた。大規模な検査を実施している国では、検査数に対する陽性者の割合は12%未満外部リンクとされる。ちなみにスイスは4月1日時点で15%だ。 

サラテ氏らは「流行曲線を平坦化するには、感染確率を5割から7割減らす必要がある」と主張する。 

また「厳格なソーシャル・ディスタンシングは必要だが、そうした措置が長期間続けられるとは考えられない」と付け加える。検査をすれば保健当局は感染者を特定でき、接触者の追跡や自主隔離につなげられるという。 

大規模検査に代わる案は?

しかし限られた資源を考えれば、全ての人に検査を行い、検査回数を増やすことは現実的ではないだろう。それよりも無作為に抽出した人に検査する方が感染状況をより正確に把握できると、ザンクト・ガレン大学のギド・コッチ教授(マクロ経済学)は提案する。

「現時点では、新型コロナウイルス感染者数の公表値には選択バイアス(検査対象が特定の人に限られていること)の問題がある。重症患者だけを検査しても平均的な回復率は正確に推定できない」(コッチ氏)。 

例えば、韓国の死亡率が英国に比べて低いのは、韓国の方が検査数が多く、陽性判定も多いためだろうか? 

「感染者の割合の推移を正確に表すには、非感染者を含む全人口から抽出されたサンプル集団を繰り返し検査する必要がある」とコッチ氏は主張する。慎重に抽出した3千人のサンプル集団に検査を実施すれば、スイスの感染状況について信頼性の高いデータが得られるという。欧州でも同様の案外部リンクが一部の経済学者から奨励されている。 

一国の総人口に占める感染者の割合がサンプル検査で完全に明らかになるとは言えないかもしれない。だがコッチ氏によると、サンプル検査は全ての人を対象に検査するよりもコストが低く、簡単に再検査できるメリットがある。 

大規模な検査をせずに感染状況を正確に測る方法としては他にも、感染者と非感染者のデータの収集がある。 

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その方法を実践するプロジェクトの一つが、研究者とソフトウェア開発者のグループがベルン州保健局と共同で立ち上げた「Covid-19トラッカー外部リンク」だ。これはオンラインのアンケートで集めた情報を基に、潜在的な感染者が多い地域を特定し、行政が的確な対策が取れるようにするためのプロジェクトだ。アンケートにはこれまで16万人以上が参加した。 

また、スイスの研究者はPEPP-PT(汎欧州プライバシー保護近接追跡)と呼ばれるデジタルプラットフォームに参加している。これはスマートフォン用アプリのデータを使って感染の可能性が高い人を突き止め、地域の医療サービスにつなげるシステムだ。 

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ジュネーブ大学病院人口疫学研究所長のシルビア・ストリンギーニ博士はRTSに対し、「私たちの目的は、新しい感染症に免疫があるかもしれない人の割合を推定し、保健当局や行政当局に次の段階について知らせることだ」と述べている。


(英語からの翻訳・鹿島田芙美)

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