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台湾、サナエノミクス、再軍備…スイスのメディアが報じた日本のニュース

握手する高市早苗首相と習近平国家主席
高市早苗首相と中国の習近平国家主席は、10月末に韓国で首脳会談に臨んだばかりだった Kyodo News via AP, File

スイスの主要報道機関が11月12日~18日に伝えた日本関連のニュースから、①台湾有事答弁で日中関係緊迫②サナエノミクスの課題③国民に受け入れられない再軍備、の3件を要約して紹介します。

外交問題や経済政策、軍事政策から、愛用のハンドバッグ、睡眠時間まで。日本初の女性首相となった高市早苗氏は、スイスメディアからも注目の的となっています。特に日中問題は世界経済にも影響を与えかねず、各言語圏で大きく報じられています。

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台湾有事答弁で日中関係緊迫

高市早苗首相が7日の衆院予算委員会で、中国による台湾の海上封鎖が集団的自衛権の発動要件となる「存立危機事態」に当たるとの見解を示し、中国との間で深刻な外交問題になっています。中国は日本への渡航自粛を求め、日本映画の公開が延期される事態にまで発展。スイスメディアも成り行きを注視しています。

フランス語圏の大衆紙ブリックなどには仏AFP通信の記事が転載されています。記事は、高市発言を発端として日中の外交上の緊張が高まり、「アジアの二大経済大国間の政治関係の脆弱性が浮き彫りになった」と報じています。台湾以外にも、南京事件を含む歴史認識、靖国神社参拝、尖閣諸島など複数の課題を抱えていることを列挙しました。

ドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)は、高市氏が「今後、特定のケースを想定したことをこの場(国会)で明言することは慎む」と発言を後退させたことに注目しました。東京在住のジャーナリスト、マルティン・フリッツ氏は、高市氏は問題の答弁を「うっかり口にした」との見方がある一方、法的状況とは完全に一致しているため意図的に発言したとの見方もあると解説しました。

またフリッツ氏は、台湾をめぐり中国と日本が紛争を起こすことに対しては日本国民の支持が薄いと説明しています。同氏によるとこの点に関する世論調査は実施されていないものの、「総論として、日本人は日本の政治家が隣国と不必要に紛争を起こすことを快く思っていない」。だからこそ高市氏は発言を後退させたという見解を示しました。

イタリア語圏のスイス公共放送(RSI)は、高市答弁がここまで大事(おおごと)になった経緯を詳しく説明しています。「かつて台湾を植民地支配していた日本が、これほど明確に直接的な関与の可能性を示したことはかつてなかった」。安倍晋三元首相が2021年、台湾が攻撃された場合に日米両国は「傍観することはできない」と述べたことがあるものの、既に首相を辞しており、非公式な発言でした。

RSIは「実際には、中国は高市氏を待ち構えていた」と続けます。高市氏は自民党の超国家主義者の急先鋒であり、歴史修正主義的な立場をとり、靖国神社にも繰り返し参拝。首相就任直前にも台湾を訪問し、中国に「過激な分離主義者」とみなされている頼清徳総統と会談したことも挙げ、「何が発言されたかだけでなく、誰が発言したかも問題となっている」と解説しました。

ドイツ語圏の大手紙NZZは、高市答弁が「中国が台湾を攻撃した場合に軍事介入するかどうか、戦略的にあいまいなままにしているアメリカよりも一歩踏み込んだ」と解説しています。また高市氏が師と仰いだ安倍氏が、第二次世界大戦中に満州で数十万人の中国人・朝鮮人を強制労働に従事させた岸信介の孫であることも伝えています。「日本は何度か公式に戦争犯罪を謝罪しているが、中国は自民党右派がこうした謝罪に水を差していると批判している」

同時にNZZは「中国共産党は、日本による戦争犯罪の記憶を利用している」とも指摘します。共産主義者にとって日本は「有益な敵」ですが、過度な敵視は「国民の間に憎悪を解き放ち、定期的に暴力に発展する」リスクがあると警告。昨年は在中国の日本人が刃物で襲撃されたことも例に挙げました。

オンラインメディアbluewinイタリア語にはスイス通信社Keystone-SDAの記事が掲載されています。記事は「二国間の緊張は数カ月続く可能性がある」とし、中国の外交筋が伊ANSA通信に語った「中国は高市氏が発言を撤回できないことを理解している。そのため、中国は過去と同じように、制裁、経済、外交、軍事関係の強化を通じて日本への圧力を強めようとするだろう」との見解を引用しました。

そして2012年の尖閣諸島をめぐる緊張で日本は中国の長期ボイコットに苦しみ、GDPの約0.5%を喪失したことを紹介。一方で高市氏の国内の支持率は高く、日本維新の会とともに平和憲法の改正を目指していることから、「日本は自国の戦略的役割を再考し、『防衛』色を薄め、他の同盟国とともに米国主導の集団安全保障体制への統合を深めていく方針だ」と解説しました。(出典:ブリック外部リンク/フランス語、SRF外部リンク/ドイツ語、RSI外部リンクbluewin.ch外部リンク/イタリア語)

サナエノミクスの課題は?

ドイツ語圏の日刊紙ターゲス・アンツァイガーは、高市政権の経済政策の方向性について、不透明感が漂っていると報じています。

記事はまず、高市氏の愛用する「濱野皮革工藝」(長野市)のハンドバッグが話題になったことを紹介。同社の売上げには貢献したものの、日本経済全体に高市氏の経済政策がどのような影響をもたらすかについては「多くの人々が謎に思っている」と書いています。高市首相は、安倍晋三元首相が提唱した経済政策「アベノミクス」の継承者とされています。しかしターゲス・アンツァイガーが取材した独ルートヴィクスハーフェン経済大東アジア研究所のフランク・レーヴェカンプ所長は、アベノミクス当時と現在は経済環境が異なり、高市氏の経済政策には「明白な矛盾がある」と指摘します。

安倍政権はデフレと円高(1ドル=80円)下で「日本の中央銀行とともに実施した日本経済のための資金調達プログラム」だった、と記事は説明します。中央銀行が商業銀行やその他の金融機関から国債を買い取り、超低金利での融資を支援し、国家の流動性を間接的に下支えしたことは、デフレ・円高下では「それなりにうまくいった」とレーヴェカンプ氏は見ています。

しかし今、経済状況はインフレ・円安へと様変わり。日銀は超金融緩和策の長期的な影響を抑制し、インフレを抑え、円安を食い止めるために慎重な利上げを進めています。しかし「高市氏や片山さつき財務相は利上げに反対し、新たな財政出動を主張している」。同時に、インフレを抑制し、円を強化するとも発言しており、この矛盾をどう解決するのかが喫緊の課題だとレーヴェカンプ氏は指摘します。

記事は「金融市場はすでに高市政権の政策に疑念を抱いている」と続け、政権発足後も円安と国債利回りの上昇が続いていると注記。レーヴェカンプ氏は、今月発表される高市政権の経済対策に注目し、もし大判振る舞いする内容であれば、円安と輸入物価の上昇がさらに進むと予想しています。(出典:ターゲス・アンツァイガー外部リンク/ドイツ語)

国民に受け入れられない再軍備

フランス語圏のスイス公共放送(RTS)は国際政治番組Geopolitisで高市政権の軍事政策を取り上げました。ジュネーブ大学で現代日本を専門とする歴史家のコンスタンス・セレーニ氏が解説しています。

セレーニ氏は日本について、「歴史的に見ると、戦後一貫して国民が強い平和主義を保ってきた国だ」と位置付けます。日本人は憲法9条に盛り込まれた戦争放棄の理念に強い愛着を抱き続けており、「アメリカに押し付けられた条項」ではなく、誇りの源としていると解説しました。そのため、「日本の再軍備という考え方は、総じてあまり受け入れられていない」

高市氏は防衛予算をGDP比2%に引き上げる目標を2年早める方針で、9条を含む憲法改正も目指しています。セレーニ氏は憲法について「完全に改定するのではなく、範囲を広げるという方向性になるだろう。今のところ、それは非常に困難だ」との見方を示しました。(出典:RTS外部リンク/フランス語)

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校閲:大野瑠衣子

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