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女性も国に奉仕せよ 徴兵制度の抜本改革案、スイスで30日国民投票

帽子をかぶった男性
市民奉仕イニシアチブは、すべてのスイス国民に、地域社会と環境に貢献する奉仕活動を行うことを呼びかけている Keystone / Urs Flueeler

スイスでは11月30日、現行の徴兵制度を大きく変える案が国民投票にかけられる。これまで志願制だった女性にも兵役を含めた奉仕義務を課す。提案者は時代の変化に合わせた改革だと訴えるが、兵力・国力が損なわれるとの批判もある。

スイスは、兵士や自治体議員などの公職を市民が兼業で務める「Milizsystem/système de malice(民兵制度または名誉職制度)」を採る。いわゆる徴兵制度もこの原則に基づく義務だ。今月30日に国民投票にかけられるイニシアチブ(国民発議)「積極参加するスイスに向けて外部リンク」、通称「市民奉仕イニシアチブ」は、この徴兵制を抜本的に改革する内容となっている。

≫イニシアチブ(国民発議)はスイスの直接民主制の根幹を成す制度の1つで、10万人分の署名を18カ月以内に集めれば、憲法改正案や新法を提案できる。イニシアチブは国民投票にかけられ、国民と州の過半数の賛成を得られれば成立となる。 詳しくは☟の動画へ

スイスの徴兵制は奉仕義務(Dienstpflicht)とも呼ばれる。成人男性は兵役義務が課され、約4カ月の基礎訓練、その後は30歳ごろまで毎年定期的な再訓練を受ける。

徴兵検査で健康上の理由などにより不適格と判断された場合は、災害時の住民支援などの市民防衛と呼ばれる代替義務に就く。

良心・信条上の理由で兵役を拒否する人は社会奉仕に就く(期間は兵役の1.5倍)。社会奉仕は保健・社会福祉、環境・自然保護など8分野から任務を選べる。いずれの奉仕活動にも従事しない人は、税金の形で免除料を収める。

イニシアチブの内容

イニシアチブの条文には、「スイス国籍を持つ全ての人は、公共と利益のために奉仕する」と書かれている。つまり兵役を含む現行の奉仕義務の対象を女性にも広げることを意味する。さらに、連邦議会が非スイス国籍者にも対象を広げることも可能だと規定する。

イニシアチブが想定する新たな「市民奉仕モデル」は現行の制度のいわば発展形だ。対象となるすべての男女は能力、本人の希望、政府のニーズを考慮した上で、軍、市民防衛、社会奉仕へそれぞれ配属される。奉仕義務をしない人は免除税を支払う。重度の障害を持つ人は免除される。

イニシアチブによれば、現行制度では奉仕義務に就く人は全国民の3割程度だが、イニシアチブが可決されれば最終的には国民の95%以上が奉仕義務に就くと試算する。

こうした奉仕義務は国民生活の様々な分野をカバーする。例えば社会奉仕では、既存の分野で活動する(健康、社会福祉、学校、農業、自然保護など)。議会はそのときの社会的ニーズに応じて任務内容を調整・強化できる。

発起人は誰?

イニシアチブを提起したのは、2013年に設立された団体「サービス・シトワイエン」(ServiceCitoyen.ch、本部・ジュネーブ)。2023年10月26日に有権者10万7613人の署名を政府に提出し、国民投票にかけられることになった。自由緑の党(GPL/PVL)や福音国民党(EVP/PEV)、海賊党、中央党(Die Mitte/Le Centre)青年部、その他様々な団体も支持している。

賛成派の主張は?

イニシアチブの支持者たちは、現行制度は時代遅れで不平等だと考えている。スイス人男性だけが兵役義務の対象で、女性と外国人は免除されていることに不服を唱える。

発起人委員会は、国民全員を対象とした民兵制度こそが男女平等を実現し、社会的結束を強化し、市民参加を促進できると主張する。

またこの改革により動員可能な人材が増え、軍や民間防衛に必要な人手を確保しやすくなるという効果を見込む。

さらに、イニシアチブでは、こうして幅広い社会貢献活動を兵役と同等の義務と認定することで、環境や医療、社会問題など様々な分野での人材需要の増加に応えられると強調する。

連邦政府と議会の立場は?

連邦内閣(政府)・議会は、スイス国民の社会参加を強化するというこのイニシアチブの目的そのものには賛同する。だが、社会奉仕の義務化は適切な解決策ではないとみている。

政府の最大の焦点は、軍と市民防衛の人員確保だ。2021年の分析では、2030年ごろには人員不足に陥る可能性がある。

だが政府は、イニシアチブは行き過ぎだとみる。仮にイニシアチブが可決された場合、奉仕義務の対象者は年間約7万人に上り(政府試算)、実際に必要な約3万400人を大幅に上回る。このため「安全保障とほとんど・全く関係のない奉仕活動に就く民兵があまりにも多く発生する」。

また、これほど多くの人員を、各々の専門能力に見合わず適格性が低い業務に投入するのは賢明ではないと考えている。

財政負担も増える。兵役に就くために仕事を休む間は休業補償が受けられるが、その休業手当(EO/APG)への連邦支出は年16億フラン、軍事保険は3億2000万フランへとそれぞれ倍増する。仕事を休んで兵役・その他の奉仕活動に就く人が増えることで、労働市場は今の2倍の労働者を失うことになり、雇用主は欠勤を補うために多大なコストを負担しなければならないことになる。

誰がイニシアチブに反対している?

あらゆる立場の政治家が市民奉仕イニシアチブを支持しているものの、4大政党はいずれも反対している。「軍隊なきスイスのためのグループ(GSoA)」​​も反対勢力の一つだ。

反対派の主張は?

経済界は経済への悪影響を懸念する。また左派は、兵役・市民防衛が強制労働と化し、国際法に違反すると主張する。

職場や社会における男女平等が未だ実現していない現状を踏まえると、女性への兵役義務化は真の平等に向けた進歩にはならないとの批判もある。家事・介護など既に多くの無償労働を担っている多くの女性にとって、義務化はさらなる負担となる恐れがあるという。

編集:Samuel Jaberg、独語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫

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