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Z世代が考える メンタルヘルスの危機から抜け出す方法

メンタルヘルスに関する情報が視覚的に提示されたボード
メンタルヘルスに関する情報が視覚的に提示されたボード swissinfo.ch

スイスの「未来評議会U24」では、国内全域から集まった80人の若者たちがメンタルヘルス対策に関する政界への提案を練る。抽選で選ばれた参加者は、国の政策に影響を与えたいと意気込む。 

自身が若かった時代に未来評議会がもしあったとしても、メンタルヘルスは議題に上がらなかっただろうーー。評議会のディスカッションで、16~24歳の若者たちから質問を受ける白髪の専門家はそう話す。

未来評議会は11月末、スイスがメンタルヘルス問題にどのように取り組むべきかについて提言を発表した。まず第一にメンタルヘルス分野における予防を強化し、その上でソーシャルメディアプラットフォームを規制する国内法の整備を進めていくよう求めた。これには、すべてのプラットフォームにおける青少年向けサービスの提供および年齢制限の効果的な管理が含まれる。未来協議会はまた、プラットフォーム自体がコンテンツの内容にもっと責任を持つよう求めている。

そのほか、教育関連では「心理学と人格形成」が学べる新科目の設置を、仕事関連では、精神障がい者の差別からの保護強化や、勤務時間外に電子メールに返信する場合におけるルールの明確化を求めている。

集中的に議論された「週4日勤務制」は、未来協議会では必要な過半数を得られなかった。

「未来評議会U24」の一環でこの秋、チューリヒ、ローザンヌ、ロカルノでそれぞれ週末に会合が開かれる。若者たちは情報を集め、議論し、最後にはスイスがメンタルヘルスの問題にどのように取り組むべきかについて政治家に提案する。参加者たちの顔にも、その責任感がにじむ。 

「未来評議会」の初日。専門家を囲んだ少人数のグループで、若者たちはメンタルヘルスに関する専門的・実践的な知識の吸収に務めていた
「未来評議会」の初日。専門家を囲んだ少人数のグループで、若者たちはメンタルヘルスに関する専門的・実践的な知識の吸収に務めていた swissinfo.ch

未来評議会は、政治学の世界で「市民パネル」と呼ばれる取り組みだ。これはスイスでも、世界でも新しい現象ではない。近年、民主主義のさらなる発展において一種のトレンドとなっている。 

気候評議会や市民パネルがトレンドに 

この傾向は、欧州ではアイルランドの市民パネル「We The Citizens」が起点になっている。抽選で選ばれたアイルランドの市民が「デリバレーション(協議)」と呼ばれる討論プロセスの中で、長らく賛否がまっぷたつに分かれていた問題について意見をまとめる。多くの人が驚いたのは、このアイルランドの市民パネルがリベラルな中絶法に向けた提言をまとめたことだ。2018年には、非常にカトリック色の強いアイルランドでほぼ3分の2の賛成を得た。長い間膠着状態だったアイルランドの中絶問題を動かしたのだ。 

その後、フランス、ドイツ、英国の気候会議など、同様の市民パネルが各国で相次ぎ設置された。 

市民パネルは、特に気候変動対策向けのものが多い。「エクステンション・リベリオン」のようなNGOや環境団体は、政府の気候変動対策を前進させるため、あらゆる場所で市民パネルの開催を呼びかけている。スイスでは、チューリヒ州のヴィンタートゥール、ウスター、タールヴィールの3自治体で、持続可能性と気候変動に関する市民パネルが開かれた。 

Z世代が参加する「未来評議会」はそれとは異なり、これまで政治の最重要課題ではなかった「メンタルヘルス」を取り上げる。 

メンタルヘルスを選んだのは、スイスの若者2万人を対象とした事前調査によるものだ。40%以上がメンタルヘルスに投票し、2位は持続可能性(全体の20%弱)だった。 

スイスの16~24歳の人口80万人のうち2万人に招待状が届いた。そのうち1200人が未来評議会に応募。その中から、女性、男性、フランス語圏、ティチーノ語圏、ドイツ語圏、スイスのパスポートの有無などの各人口層を代表する評議会メンバーが選ばれた。金銭が参加の妨げにならないよう、評議員にはスイスの兵役・市民奉仕の日当、つまり1日最低69フラン(約8500円)が支給される。 

未来評議会U24のプロジェクトスポンサーは、スイス・ユネスコ委員会、スイス建国の地「リュトリの丘」を管理するSGG(スイス公益協会)だ。このプロジェクトは、連邦政府やスイス公共放送協会(SRG SSR、SWI swissinfo.chの親会社)など、幅広い支持を取り付けている。 

未来協議会U24の監督委員会には、ほぼ全ての政党の代表が名を連ねる。唯一参画していないのが右派・国民党(SVP/UDC)だ。この件について尋ねると、共同プロジェクトのリーダーであるチェ・ワグナーさんは楽観的で、関心のありそうな国民党の代表者と連絡を取り合っていると話した。 

ジュネーブのアナベル・ルイスさん(17)も評議員の1人。自分を政治的な人間だとは「あまり」思わないが、未来評議会への招待はスイスの政治をより深く知るチャンスだと考えたという。「心の病が特に若い人たちに影響を及ぼしていることは知っていた。でも、具体的な数字をここで知って驚いた」。5人に1人が精神疾患を持つ。つまり、自分の周りにそのような人が多くいるということだ。 

ルイスさんはまだ自分の最終的な意見・立場を決めていない。だからフラットな立場で提案作りに取り組みたいという。しかし、この話題は学校でもっと取り上げられるべきだと感じている。 

未来評議会のメンバー、アナベル・ルイスさん。スイスの政治について学ぶいい機会だと思い評議会に応募した
未来評議会のメンバー、アナベル・ルイスさん。スイスの政治について学ぶいい機会だと思い評議会に応募した swissinfo.ch

「メンタルヘルスのことは、学校ではこれまであまり話題にされてこなかった。だから多くの人が、メンタルヘルスの問題をなかなか口に出せなかった。でも、メンタルヘルスはタブーであるべきではないし、学校で取り上げられるべきだ」とルイスさんは言う。そうなれば、メンタルヘルスの問題を抱える人たちが白い目で見られることもなくなり、より早くセラピストにかかることができるようになる。 

ルイスさんはまた、スイスがもっと財政支援、つまり、十分なセラピーの場所を整備し、この問題に対する意識向上を図るべきだと話す。 

ルイスさんはスイスとイギリス国籍を持つ。ジュネーブは非常に国際的だが、未来評議会では、まったく異なる生き方の人達とも出会う。それは、教育や生活空間が異なるスイス社会を反映しているからだ。 

例えば、評議員の中にはエメンタール出身の大工がいる。チューリヒ出身のヴェスリー・メルダウさん(18)は「評議会に入らなければ、彼のような人と接することはなかっただろう」と言う。 

メルダウさんもまだ確たる政治的立場を代表しているわけではない。未来評議会での活動は、知識を得ること、意見を聞くこと、そしてそこから提案を導き出すことだと考えている。「政界に具体的な解決策を提示し、彼らが私たちの存在を認識してくれるよう願っている」 

チューリヒに住む18歳の高校生、ヴェスリー・メルダウさん。未来評議会では、普段出会うことのない人達と交流できると話す
チューリヒに住む18歳の高校生、ヴェスリー・メルダウさん。未来評議会では、普段出会うことのない人達と交流できると話す swissinfo.ch

「(総選挙後の)次期連邦議会が未来評議会の活動を真剣に受け止めてくれると信じているし、そう期待する」と共同プロジェクトリーダーのチェ・ワグナーさんは言う。「若者たちがメンタルヘルスを選んでくれたことを嬉しく思う。この問題はまだ右派・左派の対立が強く、意見がまとまっていないから」 

政治参加が少ない若者たち 

ただこうしたプラットフォームは既に存在する。青年議会や毎年11月に開催される連邦青年会期だ。若者たちが連邦議会で4日間、政治的課題に対する若者の立場を議論する。 

となれば、未来評議会のようなプロジェクトはそもそも必要なのか?「未来評議会では、政治活動をしていない若者にもアプローチできる」と、共同プロジェクトリーダーのララ・オリヴェイラ・ケーニッヒさんは強調する。「特色は抽選方法にある。これがあることで、青年議会だと敷居が高いと感じる若者たちにもリーチできる」 

共同プロジェクトリーダーの2人は、スイスの若い世代は政治への関与が薄いと話す。スイスの民主主義に参加しているのは16〜24歳の人口80万人のうち23%、24歳以下の成人では37%にすぎない。 

未来評議会U24は、政界や行政府から広く支持されている。しかし、初日の歓迎挨拶でも触れられたが、民主主義の革新というよりも、政治教育や政治参加のためのツールと考える人もいる。 

しかし、参加者たちは自分たちの考えを聞いてほしいと思っている。重要なのは、他の市民会議と同様、未来評議会の提案がその後どうなるかということだ。 

フランスを例に挙げると、エマニュエル・マクロン大統領は気候会議で採択された全ての提案を当初「フィルターなしで」議会・国民投票にかけると約束した。だがその後、不人気ないくつかの案を自ら削除した。結局、議会が可決した気候法は、気候会議から厳しい批判を受けた。市民らで構成する気候会議は、自身の提案をないがしろにされたと感じたのだ。 

編集:Mark Livingston、独語からの翻訳:宇田薫 

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