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インドの即席麺騒動、ネスレの初期対応のまずさが露呈

環境NGOグリーンピースは2010年、ネスレが持続可能ではないパーム油を使っていると批判。「オランウータンを殺している」として、同社を批判するキャンペーンを繰り広げた Keystone

スイス食品大手ネスレの子会社がインドで販売している即席麺「マギー」から、今年6月、鉛が検出された。この件での同社の対応は遅く、イメージの低下だけでなく、4700万フラン(約61億円)の損失が生じる可能性も出てきた。スキャンダルに対する初期対応で、ネスレが不備を露呈したのは今回が初めてではない。

 問題の発端は、ネスレがインド北部ウッタル・プラデシュ州の食品安全基準局から、表示違反のため即席麺の回収を命じられたことだった。ネスレがこの命令に応じず、異議を申し立てたことがきっかけとなって、同社の人気ブランド、マギーのイメージは大きく傷つくことになった。

インドの食品安全基準局は6月5日、許容量をはるかに超える量の鉛が検出されたとして、ネスレに対し同社の即席麺「マギー」の回収を命じた。これに続き、ムンバイ高等裁判所は6月12日、同製品の無期限の販売禁止命令を出した。6月15日に同社が発表した推定によると、損失額は32億ルピー(約62億円)を超えると見られる。


守りの態勢

 「初期対応で重要なのは、正直さ、透明性、誠実さだ」。スイスに拠点を置くNGOのリスク・危機コミュニケーション協会のヘルベルト・コッホ会長は話す。

 しかし、ネスレが最初にとった対応は、州政府の命令に異議を申し立て、消費者に「問題ない」と請け合うことだった。しかし、数日のうちにインドの六つの州が即席麺の回収を命令。「マギーの即席麺は安全」というネスレの言葉は、空虚に響き始めた。

 ネスレは消費者の激しい抗議を受けて守勢に立たされ、多方面で火消しに奔走する羽目になった。

 「企業は先を見越して、最初からPRに努めるべきだ」とコッホ氏は言う。「後手に回ってしまうと、流れを押しとどめられなくなる」

 ネスレはどのような広報戦略を立てているのだろうか?スイスインフォの質問に、ネスレの広報担当者は「当社はこれまでも、また今後も、この状況を解決しマギー製品を再び店頭に並べられるよう全力を注ぎ続けている。そのため、今は同社の広報戦略について議論する時期として適切ではない」と述べ、明確な回答を避けた。

 マギー即席麺に鉛とうまみ成分のグルタミン酸ナトリウム(MSG)が検出されたことをめぐる今回の騒ぎでは、メディアが重要な役割を果たしたと、専門家たちは指摘する。食品安全を目指すインドのNGO外部リンクによれば、メディアはこの数年、食品の安全について積極的に報じている。例えば、科学環境センターがボトル入りの水外部リンクコーラ外部リンクから多量の農薬が検出されたと発表したとき、報道機関は軒並みトップ記事の扱いでそれを報じた。

過去の亡霊

 「ネスレは世界最大の食品企業であるため、傲慢だ」と、NGOのベビー・ミルク・アクション外部リンク(BMA)は主張する。「何度も同じことを言えば人々が信じると思っている」

 BMAは数十年前からネスレ製品のボイコットを呼びかけている。同団体は、ネスレは妊婦や新米の母親や医療従事者をターゲットに製品を販売し、母乳育児への意欲をなくさせることにより、「乳児の無意味な死や苦しみ」を招いていると批判している。

 このような攻撃に対しネスレ側は、「乳児の死亡の原因は劣悪な水質や母親の栄養失調であって、同社の製品ではない」と反論。しかし、BMA以外にも、さまざまなNGOがネスレ製品のボイコットを呼びかけており、1974年には同社を「赤ちゃん殺し」とするパンフレットが出版された。

 ネスレは「赤ちゃん殺しパンフレット」のドイツ語版の版元をスイスの裁判所にて名誉毀損で訴え、勝訴した。しかし裁判官はネスレに「広告手法を根本的に変えなければならない」と諭し、この訴訟によってボイコット運動がさらに注目を集める結果となった。

 ネスレの広報戦略の失敗例は他にもある。環境NGOグリーンピースは2010年、ネスレが持続可能でないパーム油を製品に使うことにより、熱帯諸国の森林破壊を助長していると非難した。この主張を強く印象づけるため、グリーンピースは「キットカットを食べるのはオランウータンを殺すのと同じ」という主旨の、キットカットの広告に似せた動画外部リンクを作成し、動画投稿サイト「ユーチューブ」に投稿した。

 ネスレは著作権侵害を理由にこの動画の削除をユーチューブに要請。続いてネスレのフェイスブックページに寄せられたコメントを取り締まったことから、怒りの声はさらに大きくなり、動画はあっという間に広まった。

 「常に全てを管理下に置いておきたい企業が事態を収拾できなくなると、人々は興奮するものだ」とグリーンピースの森林キャンペーンを担当するイアン・ダフさんは言う。「ネスレはキャンペーンに対しオープンかつ正直に対応し、人々の疑問に答えるべきだった。ネスレは事態の緊急性を理解していなかったのだ」

イメージ回復作戦

 BMAとグリーンピースがキャンペーンを行った際に、ネスレがとった対応は最善ではなかったが、イメージはその後ずっと回復した。

 「当社は今日、母乳代用品および森林破壊ゼロの両分野で、社会的に責任のあるマーケティングを行っている。これに関しては業界一と認められている」と、ネスレの上級広報担当者は話す。

 ネスレによると、同社は乳児用粉ミルクメーカーとして唯一、社会的責任投資指数「FTSE4Good Index」に組み込まれている。この指数は、ネスレの母乳代用品のマーケティング活動を一連の基準に照らして評価したものだ(ただし、BMAはこれに異議を唱えている)。

 また、グリーンピースのキャンペーンに最初は反対していたネスレだったが、2010年に森林破壊を止めるための大きな誓約をした。同社によれば、食品会社がこのような誓約をした例はそれまでなく、その後かなりの数の業者やメーカーが同社の例にならい、パーム油に関する持続可能な方針を策定した。

 危機管理専門家のコッホ氏は、初期対応を誤っても、償いをするのに遅すぎることはないと言う。

 「このような状況に陥った企業は、短期的なビジネスの観点からは、PRの失敗を認めず、人々がやがて忘れてくれることを期待するかもしれない。しかし、これは倫理的に正しくないばかりか、長期的にはその企業が損害を被る可能性が高い」

マギー即席麺騒動

ウッタル・プラデシュ州食品安全当局が実施した抜き打ち検査で、「グルタミン酸ナトリウム(MSG)無添加」という表示にもかかわらず、マギー即席麺のサンプルからMSGが検出された。ネスレはマギー即席麺の1バッチ分約20万袋の回収を求められ、異議を申し立てた。しかし、ネスレの訴えに応じて研究所に送られたサンプルからは、グルタミン酸ナトリウム検査で陽性が出たばかりか、高濃度の鉛も検出された。

その後数日中に、インドの6州が即席麺の回収を命じた。6月5日、インド食品安全基準局が国内販売禁止措置をとる数時間前に、ネスレは世論の圧力に屈し製品を市場から回収すると発表した。

インドのメディアは、この問題が特にソーシャルメディアで急速に広まったのは、回収が遅れたせいだと批判。ネスレが食品安全面の懸念よりも世論の圧力に屈して回収に乗り出した姿勢も批判を呼んだ。さらに、ネスレが声明でインドの消費者を「混乱している」と表現したのは横柄であり、政府の検査手順への異議申し立てには正当な理由がないと見なされた。

このような批判(ネスレの製品回収が遅かったという点、「消費者にとって混乱した環境」という表現を避けるべきだったという点、そして検査手順に疑問を呈したのは誤っていたという点)に関し、ネスレは同意しないと述べている。

(英語からの翻訳・西田英恵 編集・スイスインフォ)

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