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コソボのサチ首相の臓器密売関与をめぐって

コソボの首都プリスティナでディック・マーティ氏の記者会見をライブで観るアルバニア系の人々

コソボの首都プリスティナでディック・マーティ氏の記者会見をライブで観るアルバニア系の人々

(Keystone)

「当時、西欧諸国や国際機関の上層部はコソボで捕虜の臓器が密売されている事実を知りながら、政治的判断から沈黙を選んだ。そのことにショックを受けた」とスイスの上院議員ディック・マーティ氏は12月16日、パリでの記者会見で語った。

欧州評議会法務人権委員会のメンバーであるマーティ氏が行った調査によると、コソボのハシム・サチ首相はセルビア軍と戦った「コソボ解放軍 ( KLA ) 」の一派である犯罪組織のリーダーだった。この組織は1999年6 月から2000年にかけ、麻薬やセルビア人捕虜の臓器を密売していた。

法的な調査の必要性

 マーティ氏は、今回の調査の結果、セルビア人捕虜は頭を撃たれて殺害され、体から臓器、特に腎臓を摘出された事実が明らかにされたが、今度はこれを法的に証明する時期が来たと述べ、

 「すでに十分な資料が出揃った。これに基づき、第3者が法的な調査を綿密に行うべきだ。特に目撃者や証人が真実を語れる環境を作りだすことが大切だ」

 と強調した。

 さらに、「この調査は真実追究への糸口になっている。このままこの犯罪を『推測』の状態に放置しておくわけにはいかない」

 と語った。

 実は、マーティ氏が2009年から2年かけ行った同調査は、スイス人カルラ・デル・ポンテ氏の著書『追跡、戦争犯罪と私( La traque, les criminels de guerre et moi )』の中に記載された報告に基づいていた。

 現在アルゼンチンのスイス大使を務めるデル・ポンテ氏は、元国際連合戦争犯罪主任検事で、旧ユーゴの国際戦犯法廷 ( ICTY ) の検事を務めた。著書には、「コソボからアルバニア北部に連れ去られた、セルビア人捕虜約300人の体から臓器が摘出され密売されていたという証言がある」と記されている。

 15日、スイスインフォの独占インタビューに答えデル・ポンテ氏は、欧州評議会( Council of Europe ) がマーティ氏に調査を依頼したことに感謝し、「欧州評議会の調査は唯一信頼できるもの。ほかの国際機関やコソボの機関にはできないことだ」と語っている。また、この調査の結果、「おぞましい臓器密売がただ金儲けのために、しかもコソボ解放軍の上層部の指導によって行われた事実にショックを受けた」とも述べている。

西欧諸国の諜報部員の沈黙

 以上に加え、マーティ氏がショックを受けたのは、当時国際機関や西欧諸国の諜報部員やコソボの警察はこうした臓器や麻薬密売の犯罪がコソボ解放軍によって行われている事実を知りながら、コソボ地域に政治的不安定を引き起こすことを恐れ、口をつぐんだことだった。

 「初め、質問をした何人かの人々の目の中に、事実を述べる恐れを感じ取った。しかしすぐに、多くの西欧諸国の諜報部員がこのことを知っていることに気付いた」

 「実はコソボの警察も知っていた。また一般の人も『確かに知っていた。しかし政治的理由で黙っている方がよいと思ったか黙っているように義務付けられた』と証言した」

 とマーティ氏は言う。

 また、西欧諸国の沈黙は、1999年の北大西洋条約機構 (NATO ) の介在の仕方に起因するとマーティー氏は見る。

 「西欧諸国はコソボへ直接介入したが、コソボに駐屯するセルビア軍への攻撃は空爆にした。従って陸上のオペレーションを実際に行うコソボ解放軍は西欧諸国にとって絶対に必要な『味方』になった。そのため、コソボ解放軍による臓器密売などの事実には目をつぶった」

コソボの反応

 14日にマーティー氏の調査報告が欧州評議会のサイトに掲載されて以来、サチ首相は、調査を「スキャンダラスで、とんでもないデタラメ」と決め付け、

 「これはコソボのイメージを覆すために作られた。今後あらゆる政治的、法的手段を使って真実に光を当てていく」

 と述べている。

 さらに

 「世界は攻撃を仕掛けてきたのは誰で、コソボでの犠牲者は誰だったかを知っているはずだ。犠牲者と攻撃者を同等に見て、歴史を変えようとする傾向はまちがっている」

 と付け加えた。

セルビアの反応

 一方、セルビアの戦争犯罪担当検事たちは、自分たちが提供した資料が調査に役立ったことに満足したと14日発表し、

 「長年、臓器密売の調査を行ってきたわれわれにとってこの日は記念すべき日になった」

 と語った。彼らによれば、コソボが行った臓器密売の犠牲者はおよそ500人に上り、うち400人がセルビア人捕虜で、残り100人が非アルバニア系の捕虜だという。

 しかし、コソボ最大の日刊紙「コハ・ディトレ ( Koha Ditore ) 」の編集長は

 「これは単にサチ首相の問題にとどまらない。同時に ( 戦争に介入した ) 西欧諸国の問題でもあり、1999年の介入の仕方でもある。さらに、この調査は、1999年以降に起こったこと( 臓器密売など ) はたとえ何であれ、戦争そのものやセルビアがコソボで行ったことよりもっと重要な犯罪だと言っているかのようだ」

 と話す。

 北大西洋条約機構は当時、コソボ内のセルビア軍に対し78日間にわたる空爆を行った。

コソボとスイス

2008年2月、コソボは独立を宣言。

スイスは2008年2月に独立を承認。初めて独立を承認した国の一つになった。

( 2010年11月現在、コソボはアメリカ合衆国、イギリス、ドイツ、フランス、日本など72カ国から承認を受けている )

1999年以降、スイスは国際安全保障部隊「コソボ治安維持部隊(KFOR)」に「スイスコイ ( Swisscoy ) 」として参加している。

現在スイスには、27万人のアルバニア人が住んでおり、うち20万人がコソボ出身。

しかしこのうち、12月12日に行われた選挙には、少数の人しか参加していない。理由は外国に住むコソボ出身者に定められた投票期間が非常に短かったためだという。

コソボの人口220万人のうち、アルバニア人が92%を占めている。2008年2月に独立を宣言したものの、北部は依然としてセルビアが支配している。

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及び外電, swissinfo.ch


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