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ローザンヌ連邦工科大学が「空飛ぶヨット」を開発

10577689 フランスのフォス・スー・メールの近くを全速力疾走するイドロプテール号 Martin-raget.com

スイスのフランス語圏で「空飛ぶヨット」の革新的なプロジェクトが進行中だ。世界一周の航海スピード記録更新をめざす同プロジェクトは新しい段階に入った。

4月22日 にローザンヌ連邦工科大学 ( ETHL/EPFL ) の専門家が、同大学が開発を支援している三胴船の小型モデルを公開した。これは世界最速の水中翼船「イドロプテール ( Hydroptère ) 」をもとに製作された。

水上を滑る船

 未来の巨大水中翼船「イドロプテール・マキシ号 ( Hydroptere Maxi ) 」のモデルとなる新型のテスト船「イドロプテール.ch号 ( Hydroptère.ch ) 」の目標は、現在の世界一周最短航海記録50日間を更新することだ。

 「今後数年以内に、40日間で世界一周を果たしたいと考えています」
とイドロプテール.ch号のブレーンかつ推進者である46歳のブルターニュ人、アラン・テボウ氏は語る。

 同氏は幼少期より「空飛ぶ船」のアイデアに夢中になり、1975年に最初の構想を打ち立てた。そして12年後にイドロプテール号のプロジェクトを開始した。2005年にはローザンヌ連邦工科大学の学長パトリック・エビシャー氏とジュネーブの銀行家で熱狂的なセーリング・ファンのティエリー・ロンバール氏がこのプロジェクトに乗り出した。

 ギリシャ語で「水の翼」を意味する1号機の「イドロプテール号」は、全長18メートルで、「アリンギ号 ( Alinghi ) 」のような一艘船体のヨットの2倍以上の速度で航海が可能で、すでに世界記録を持っている。2008年には、限界航海速度といわれる時速50ノット( 92.6キロ) を上回る時速100キロを達成し、最高時速56.3ノット( 104キロ ) で航海した。

 イドロプテール号は、水と波の抵抗の最小限化に成功した。風速わずか12ノットでも、24.5メートル幅の船体が水面から約1.5メートル上まで持ち上がり、波の表面を水中翼の先端がかすめて滑るように走る。

 イドロプテール号の両腕にあたる水中翼は、安定性をもたらす角度に取り付けられており、船体の中心後部に設置された水中翼は舵の役割を果たす。船内のコンピューターは、船体、水中翼、その他の部分への抵抗を感知するセンサーと連結している。

 船体が「飛んでいる」間に水と接触する面積は、合計2平方メートル程度しかない。「船を飛ばすのは比較的簡単ですが、安定を持続させるのは複雑で、大きな波の中で速く飛ばすのは大変な労力を要します」
 とテボウ氏は説明する。

最速で走る水上実験室

 「新しいイドロプテール.ch号 は、高速で走ることのできる水上実験室です」
とローザンヌ連邦工科大学の広報担当ニコラス・アンショ氏は言う。

 全長11メートルの試作品は、開発の責任を負うローザンヌ連邦工科大学のデザインチームがあるローザンヌにある。同大学は2006年からこのプロジェクトの公式科学アドバイザーとなっている。

 新型試作品の製作は、2009年の初めにフランスのトリニテ・スー・メール ( La Trinité sur Mer ) の造船所「B&B 」とローザンヌ近郊のエキュビアン ( Ecubiens ) の「デシジョン社 ( Décision SA ) 」で開始された。両社とも合成素材の専門家だ。

デシジョン社はヨットレースの「アメリカ杯 ( The America’s Cup) 」を防衛したアリンギ号や、ベルトラン・ピカールのソーラー飛行機「ソーラー・インパルス ( Solar Impulse ) 」の製造に携わった。

 今回の新プロジェクトは、今後数年内にイドロプテール・マキシの製造を念頭に、既存の水中翼船に改良を加えたもので、新しい素材とデザインをジュネーブ湖でテストする予定になっている。

 「新しいヨットは、14年前に製造されたイドロプテール号の技術と経験を集積したモデルです。多くの変更があり、特に合成素材の面でかなりの改良が加えられました」
とローザンヌ連邦工科大学の元学生で現デザインチームのメンバーであるダニエル・シュメー氏は解説した。

ウィークポイント

 テストを実施するプロジェクトチームは、弱風時の航海などの弱点にも取り組むほか、キャビテーションの問題解決も試みる。これは、水中翼船が水面上を高速で走る時に起こる空洞化現象で、船体の周りに発生した泡が船体の上昇を阻み、走行を止めてしまう。

 新しい三胴船のイドロプテール.ch号は、既存のモデルと同様の中心構造とV字の水中翼を備えている。また、中心舵もついており、浮上が難しい状況でも水中翼を使って水面走行ができる。

 船は水中翼、船体、装置に対する抵抗と調整を正確に記録する中央電子制御装置を搭載しており、天候データも提供する。

 冬は風の状態が変化に富み水面の変化を利用できるため、来年の年初に5~6人のクルーがジュネーブ湖でこの三胴船をテストする。

夢の実現?

 ローザンヌ連邦工科大学の学生にとって、イドロプテール.ch号のプロジェクトに取り組むことは夢の実現だと同大学のプロジェクト科学コーディネーターのヤン・アンダース・マンソン氏は語る。
「学生に刺激を与え、基本的な問題へ研究の興味を集中させます。これはわれわれにとって非常に重要なことです」

 シュメー氏はうなずきながら
「これは学生にとって夢のようなプロジェクトです。特殊なケースを研究し、学生の論理的リサーチを応用します。研究を行い、それが応用されるまでの間の時間が非常に短く結果がすぐに出ます」
 と同意する。

 同大学の学生が特に関与しているのは、コンピューターによるモデルの作成と製造過程の最適化だ。そのようなツールは全体的なデザインやイドロプテール.ch号の航海の限界を見極め、将来の航海の輪郭を明らかにすると科学者は言う。

「イドロプテール・マキシ号は航海に革命を起こすでしょう。現代の航海船は非常に高性能ですが、将来すべての船が水面を飛ぶようになるでしょう」
 と主任研究員のジャン・マチュー・ブルジョン氏は語った。

swissinfo、サイモン・ブラッドレー 笠原浩美 ( かさはら ひろみ ) 訳

ローザンヌ郊外に位置するローザンヌ連邦工科大学には約1万人の学生、研究者、教授陣、管理職員が在籍する。

同大学には、エンジニアリング、基本科学、建築など13学部とテクノロジー・マネジメントの修士学部がある。

同大学のキャンパスでは100カ国以上からの学生の姿が見られ、教授陣の半数は外国人。

1975年 航空学エンジニア、航空機部品製造者、航海士からなるチームが、「フランスヨット界の父」エリック・タバリー氏にイドロプテール号の製作を持ちかけたが、プロジェクトは実現されなかった。

1987~1992年 アラン・テボウ氏が3分の1に縮尺・調整したモデルを製作。

1994年10月1日 イドロプテール号が初航海。

2004年 アンドレ・スールナ氏が抵抗吸収装置を設置し、構造を強化。

2009年2月9日 1909年に飛行士ルイ・ブレリオ氏が樹立したドーバー海峡横断記録を、イドロプテール号が平均速度33ノットで34分24秒に更新。

イドロプテール号は2007年4月以来2つの世界記録を樹立:最速航海船として1海里平均速度43.09ノットを記録、カテゴリーD ( 帆の面積が27.88平方メートル以上で、平均スピードが46.88ノット ) の500メートル走で最速記録樹立。

絶対航海速度記録の更新を追及し、2008年に限界速度50ノットと時速100キロという2つの壁を打ち破った初の帆船となり、最高時速56.3ノット ( 104キロ ) の新記録を達成。

2008年10月、カイトサーフィンのアレクサンドル・ケゼルグ氏が500メートル走で50.57ノットの絶対帆走速度世界新記録を樹立。

フランス人船長ブルーノ・ペロン氏が、有人航海による世界一周記録を2005年3月16日に達成。13人のクルーを乗せた双胴船のオレンジII号は2万7000海里 ( 5万キロメートル ) の世界一周航海を50日間と16時間20分で達成。

エレン・マッカーサー氏が2005年に達成した単独世界一周航海の記録を、2008年1月にフランス人のフランシス・ジョワオン氏が、57日間と13時間34分6秒で更新。

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