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自然から300種類の色を創り出す色の職人、進藤あつ子さん

「紫の濃淡をコチニールで出したかった。そしてそれで椿をワーッと描きたかった。さらにお人形を入れて少しメルヘン的にした」と進藤あつ子さん swissinfo.ch

赤紫の椿の花に、濃い紫の椿が重なる。重なった部分では、お互いの輪郭と色が透けて見える。こんな透明感溢れ、優しく人を絵の中に誘い込んでくれるような色彩の「草木染」の展覧会がジュネーブで「日本文化月間」中に開催された。

作者の進藤あつ子さんは「この椿のモチーフに使われた数種類の赤と紫は、すべてコチニールだけでできているんです」と話す。

作り出した色は300種類

 コチニールは、カイガラムシ科の昆虫の名前。「赤なら絶対にコチニールが一番きれいだし好きだ」と進藤さん。「黄色ならコガネバナの黄色が凄く素敵。生藍草の青もいいし」と色の話になると熱が入る。

 今までに作り出した色は300種類になる。草木染の一番の魅力は何と言っても「自分で色を創り出すこと」だ。

 草木染の染料(染剤)は、花、根、草、昆虫などから、媒染剤と呼ばれる鉄や銅、アルミニウムなどを媒体として微妙にニュアンスを変えながら抽出される。展覧会場に並べられたススキからできた色のサンプルの中にも、何ともいえない「枯れた草色」が数種類ある。

 椿の花の作品の赤と紫についても「赤はアルミニウム、この紫は錫(すず)。もっと鮮やかな紫は銅。紫でももっと濃いものはアルミニウムで赤くしたものに鉄を入れたんです」と説明が加わる。

 そして「私は色の職人なのです。要するに紫の濃淡をコチニールでやりたかったわけです。そしてそれで椿をワーッと描きたかったのです」と言う。結局、色が形を求めさせるから、ないしは色を生かそうとしてモチーフが浮かぶのだ。

 こういう創作の仕方は、確かに「色の職人」ではあるが色のアーチストのようでもある。普通、草木染というと糸を染めたり、Tシャツを染めたりする場合が多いが、進藤さんの場合、「着物を染めたりするのは好きではなく、壁にかける作品を作りたかった」という点もある。

「化学者」の側面

 同時に、このアーチストは経験に基づく研ぎ澄まされた直感を持つ「化学者」でもある。展覧会場の人が着ている赤の上着を見て、「あの赤ならどの媒染剤をどのくらい使ったらできるかすぐ分かる」と言う。

 また、「草木を煮てそれに銅やアルミを加えたら色が変わるという化学変化にまず惹かれて、この世界に入ったのです」という言葉からも化学者としての素質がうかがえる。彼女の工房は中世の錬金術師の部屋さながらさまざまな器具が置かれているのでは・・・

 ところで、この「化学者」が追求するものは色だけではない。布上のモチーフ(例えば椿の部分)を残して周囲の色を染めるとき、モチーフの部分に色が入り込まないよう糊が塗られるが、この糊も、もちろん自分で工夫して作った。

 化学糊だと化学変化を周囲の色と起こす。それがいやで、餅粉とぬか粉を混ぜて作る昔ながらの糊を使いたいと思った。通常紅型に使う糊は4~5時間普通の鍋で煮て作り出す。それが圧力鍋だと約45分に当たると計算した。次に、餅粉とぬか粉の割合の研究が始まる。試行錯誤の末、今では1対1.3が一番いい糊になると思っている。

色の透明感

 さて、前述の椿の花のあの透明感だが、あれはどこから来ているのだろうか。

 進藤さんの作品では、まず草木を煮込み媒染剤で変色させた「おせんべいのように」固まった色を豆汁(ごじる)で溶いて絹の布に塗る。このとき、刷毛に豆汁を含ませ過ぎないよう気をつけ、ほとんど掠れるくらいに色をつけるが、それを何回も繰り返すことから生まれる透明感なのだという。

 なぜなら、豆汁がたっぷりだと刷毛で塗った最後の部分に色が山のように固まり、むらができるからだ。こうして、満足のいく濃さにまで、薄く薄く色を何十回と重ねる作業が続く。「一つの作品を創り出すのに、毎日3、4時間描いて3カ月かかることもある」

 さらにこの透明感は、自然の色素が持つ性質からも来ている。「赤を見ていてもその透明な感じに、心がときめくというより、もしろ落ち着くのです。それは、草木の色素は繊維の中に入って行って、ゆっくりと中から発色しているからです」

 この繊維の中に入り込む発色の仕方は、キャンバスで油絵具が表面だけにとどまっているのと対照をなすという。

 色とは何だろう。20世紀に入り抽象画家たちは、「色の持つ力」を再検討し、純色の赤や青の持つ性格を分析した。しかし、同じ紫でも草木染のように色素が繊維の中に入り込む場合と油絵では、発色効果が違うため同じ紫としては論じられないだろう。

 結局草木染の色に感動するのは、自然の花の色に感動するのに似ているのだろうか?発色のプロセスが似ているからなのだろか?などと質問を続けようとする傍で、進藤さんは、「化学染料の色と比べ、草木染の色は見ていても疲れないし癒されます」とさらりと言ってのける。

 そして、「これからは、花のモチーフなどを中心にして小型の染めを沢山作り、なるべく多くの人に楽しんでもらいたい」と付け加える。

 今回娘さんが住むジュネーブでの展覧会では、この自然の色に惹かれてスイス人の画家など、多くの人が訪れてくれた。この成功に「次はパリでやったら」という誘いがかかっている。

1965年、染色を始める。紅型染で吉田悌三氏、草木染で山崎あきら氏に師事。

1973年、草木会に出品、以降毎年出品。

1987年、新綜工芸大賞受賞。

1989年、桐生市長賞受賞。

1992年、杉並区芳名美術家会賞に推挙。

2006年、国際交流展招待出品。

2011年、10月、草木染を始めて45年を記念し、ジュネーブで展覧会。

来年はパリでの展覧会が予定されている。

ジュネーブ展では、草花をモチーフにした壁に掛ける大型の作品や風景を題材にした屏風、魚やカブをモチーフにした掛け軸などが展示された。

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