われわれはどこから来たのか?
宇宙誕生についての「ビッグバン理論」の謎を解明しようと建設された「大型ハドロン衝突型加速器 」が7月から稼動する。
ジュネーブのフランスとの国境に、世界最大規模の素粒子物理学研究所「欧州合同素粒子原子核研究機構、セルン ( CERN ) 」がある。ここに、人類の永遠の問い「われわれはどこから来たのか?宇宙の始まる瞬間はどういうものだったのか?」に答えようと「大型ハドロン衝突型加速器 ( LHC ) 」が建設された。稼動を前にセルン所長ロべール・エマール氏が記者会見を行った。
陽子同士の衝突
宇宙誕生の問いに答えるため、セルンは世界のおよそ半数の素粒子物理学者を動員し、ほかのどこにも存在しない大型衝突型加速器を建設して実験を重ねてきた。
2000年に実験を終えた前世代の加速器、LEP ( Large Electron-Positoron Collider ) が電子を衝突させてきたのに対し、この夏稼動を開始するLHC ( Large Hadron Collider ) は、より重く、エネルギーがより強い陽子( 陽子ビーム ) 同士を衝突させる。
「陽子同士の衝突は、宇宙が誕生した瞬間に存在していたエネルギー状況に非常に近い状況を生み出す」
とエマール氏は説明する。すなわちこの衝突で、ビッグバン直後に発生したのと同じような素粒子やクォークが発生することになり、およそ130億年前に起きた宇宙の様子がよりよく理解できるようになるという。
女優がファンに取り囲まれるように
ビッグバン理論を信じる限り、この宇宙誕生の瞬間、すなわちビッグバン直後に素粒子には質量が無く、何の抵抗も受けることなく真空中を自由に運動していた。その後宇宙が冷えるにつれて「ヒッグスの場」と呼ばれる場ができ、これから力が加わり、ブレーキをかけられ、質量のある粒子 ( ヒッグスのボース粒子 ) に変化していった。
「ヒッグスの場」の名前の由来となった、80歳近いイギリスの物理学者、ピーター・ヒッグス氏は、この状況を次のように説明する。
「ファンが集まる会場に女優が1人、入ってきたとしましょう。女優はヒッグス場のボース粒子です。女優が会場内を進むにつれ、ファンが取り囲みだし、動けなくなってしまう。こうしてファンは女優を不活発な状態にする、すなわち同じようにボース粒子は動きを止め質量を持つことになるのです」
実際には、このボース粒子の研究は困難をきわめている。なぜならボース粒子の質量が分からないからだ。端的に言えば、LHCの建設はこのボース粒子の段階的に変わっていくであろう質量を解明することが目的である。
国境を越え9000人が働く
こうした複雑な問題に答えるため、セルンは世界の物理学界のエリートたちを国籍に関係なく動員してきた。
「人間の才能に国境はない。第2次世界大戦直後にセルンを創設した人たちには先見の明があった。昨日までの敵と一緒に研究できるよう、スタートからヨーロッパ全体の機関とした」
と、エマール氏は言う。
科学という共通言語を使う科学者たちのヨーロッパレベルでの共同研究は、すぐに世界的レベルになった。冷戦時代もアメリカとソ連の科学者はセルン内で礼儀正しく付き合い、研究成果を交換し合った。今日、インドとパキスタンの研究者がセルンで肩を並べているのもこうした伝統から来る。
ノーベル賞を受賞するのでは?という問いに、
「この賞は最大で3人までの科学者に与えられるもの。20年来、9000人が働くセルンが受賞することはあり得ない」
とエマール氏。しかし、今日の研究で成果を上げるには、グループ研究以外には考えにくいとも付け加えた。
swissinfo、マルク・アンドレ・ミゼレ 里信邦子 ( さとのぶ くにこ ) 訳
LHCを始動させるプロセスの困難さを表現するのに、アイマール氏は「ボタンを押せばよい、というわけにはいかない」と言う。
実際、地下100メートルに埋められた27キロメートルに及ぶリングの1部を、マイナス270度にまで下げないと、素粒子の衝突実験はできない。この冷却にあと数週間かかる。
従って、最初の陽子と 陽子を衝突させる実験は7月になる。また、安全性のテストを平行させながら行うため、「有効」な実験と考えられるものが行えるのは、2008年夏中旬になる。
さらに、たとえ「有効」な実験が行なわれても、すぐに期待するような結果は得られない。「2年間かけてデーターを収集し、そのデーター解析にさらに膨大な時間がかかるだろう」とアイマール氏はみている。
LHCの公式な稼動開始のセレモニーは2008年10月21日に予定されている。
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