スイス国民投票 受信料引き下げ否決 夫婦への税改正、現金の供給保証案はともに可決
8日のスイス国民投票で、スイス公共放送協会(SRG SSR)のテレビ・ラジオ放送受信料を引き下げる案は否決された。夫婦への税の不平等を是正する税制法改正、現金の保証を憲法に明記する案は可決、国に気候基金を創設する案は大差で否決された。
スイス公共放送協会(以下「協会」、日本の日本放送協会NHKに当たる)の財源となる受信料引き下げ案は反対61.9%、国の気候基金創設案は同70.7%でともに否決された。夫婦への税の不平等を是正する税制法改正は賛成54.3%、現金の保証を憲法に明記する案は政府の対案が賛成73.4%を得て可決された。投票率は56%だった。
世論調査機関gfs.bernの政治学者ルーカス・ゴルダー氏は、「投票結果はスイス連邦政府の勝利だ。有権者はすべての案件で政府の意見を支持した。政府への信頼の表れだ」と分析した。また、受信料引き下げ案や夫婦の個人課税案に対する投票結果は、左派傾向の強い都市部の投票率の高さが寄与したと述べた。
受信料引き下げ案は否決
受信料引き下げを求めるイニシアチブ(国民発議)「200フランで十分!(通称『SRGイニシアチブ』)」は、保守右派の国民党(SVP/UDC)、スイス商工業連盟(SGV/USAM)、急進民主党(FDP/PLR)の一部が参加する発起人委員会が立ち上げた。
公共放送受信料を現行の年間335フラン(約6万8千円)から200フランに引き下げるほか、徴収対象から企業を除外することを求める内容。スイスインフォは協会の一部門で、予算の半分は受信料で賄われている。
投票結果を受け、協会は8日、「社会のあらゆる層」から幅広い支持を得られたことを歓迎する声明を発表。スザンネ・ヴィレ協会会長は声明で、この結果は「日常生活の中で、多様で質の高い番組を国民に提供し続けるために、今後もあらゆる努力を尽くす義務があること」を意味すると述べた。
一方で、スイス商工業連盟のウルス・フラー事務局長はドイツ語圏の公共放送(SRF)に対し、少なくとも企業を徴収対象から除外するよう訴えかけを続けていくと語った。ただし具体的な方法については言及しなかった。
支持派は、スイスの受信料は世界でも最高水準で、生活費の上昇を踏まえれば一般世帯の受信料は引き下げられるべきだと主張していた。また、協会は基本的任務に立ち返り、本来の使命に集中すべきだとしていた。
これに対し反対派は、受信料が大幅に削減されれば、番組制作や地域報道が大きく縮小し、公共メディアの多様性と質が損なわれると警告していた。また協会が4つの公用語すべてに対応した放送を提供している点や、民間資本から独立している点を強調していた。
公共放送の受信料をめぐる国民投票は過去10年間で2度目。受信料制度の完全廃止を求めた2018年の「ノー・ビラグ」イニシアチブは反対71.6%で否決された。
今回の提案は否決されたが、政府は2024年、2029年までに受信料を1世帯当たり300フランに引き下げ、中小企業を徴収対象から完全に免除する法令改正案をすでに提示しており、受信料は政府の提案通りに減額される。
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「結婚罰」の終結か
今回の投票では、長年議論されてきた夫婦の課税方式についても是非が問われた。夫婦への税の不平等を是正する税制法改正は賛成54.3%で可決された。
現行の制度では、法律婚の共働き夫婦は所得や資産を合算して累進課税される。そのため、高所得かつ所得が同等の共働き夫婦では事実婚カップルよりも税負担が重くなる場合が多い。
このため収入の合算を廃止し個人単位で課税する方法へ切り替え、税制上の不平等を是正し、いわゆる「結婚罰」をなくすのが目的だった。
賛成派は、女性の就労拡大や労働力不足の緩和にもつながるとして支持を訴えた。共同課税は、女性の収入が夫の収入の「補足」とみなされていた時代の名残だとも指摘した。
投票結果を受け、自由緑の党のカトリン・ベルトシー氏はSRFに対し、結婚罰の廃止は「平等と繁栄に向けた画期的な一歩だ」と語った。
一方で反対派は、税改正案は伝統的な家族モデルへの攻撃で、恩恵を受けるのは主に収入が同程度の共働き夫婦に限られると批判した。また、各州は2032年までに制度を導入しなければならず、確定申告にかかる事務作業量とコストの大幅な増加を懸念していた。
今回の案は可決されたが、議論は終わっていない。中央党が「結婚罰」の解消を目指し提起した別のイニシアチブが今後国民投票にかけられる可能性があるからだ。
中央党のイニシアチブでは、今回のように一律に個人課税に移行するのではなく、夫婦に対して通常の共同課税による税額計算と、事実婚と仮定した場合の税額計算の二通りを行い、低い方の税額を適用するなどの措置が盛り込まれている。
中央党のフィリップ・マティアス・ブレーギ党首は8日、自党の提案を引き続き推進する姿勢を示した。今回の個人課税案可決後に中央党の提案が可決された場合、制度がどう変わるのかは現時点では不透明だ。
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憲法に現金供給を明記へ
今回最も賛否が明確に分かれたのは「お金」に関する投票だった。現金とその利用可能性を連邦憲法に明記する案は、政府案が賛成73.4%とすべての州で過半数を得て可決。現金とその利用可能性は連邦憲法に明記されることが決まった。
イニシアチブは、これまで「ワクチン接種義務の禁止」(2024年の国民投票で否決)や5Gに反対する運動で知られる市民団体「自由運動スイス(FBS/MLS)外部リンク」が提起した。投票ではこの市民団体の案と政府の対案の是非が問われ、結果的に支持を集めたのは政府が出した対案だった。
同案は多くの国民の関心を集めた。スイスでも買い物ではカードやスマホ決済が増え現金離れは進んでいるが、現金は未だに根強い人気を誇っており、多くの人が今後も現金を利用できる状態であってほしいと考えている。
政府と議会はイニシアチブの趣旨には同意しつつ、文言が曖昧だとして対案をまとめた。対案では、スイスの通貨はスイスフランであり、またスイス国立銀行(SNB、中央銀行)が現金の供給について責務を持つことを憲法に明記するとした。
政府は投票前、この変更は「象徴的な意味合いが強く、実務的な影響はない」と説明していた。
自由運動スイスのリヒャルト・コラー代表は、原案は反対54%で否決されたが、政府の対案が可決されたことで、結果として「成功した」と評価した。
コラー氏は、現金の供給保証が憲法に明記されることが重要だとし、大きな政党の支援を受けず小規模な団体が主導したキャンペーンであった点も「直接民主主義の勝利」だと主張した。
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国の気候基金創設案は否決
再生可能エネルギーの拡大支援や生物多様性の事業促進を目的とした国の基金創設案「気候基金イニシアチブ」は、有権者の70.7%が反対票を投じ、都市部を含む26州すべてで否決された。
世論調査機関gfs.bernのゴルダー氏によると、この案件では左派政党や緑の党(GPS/Les Verts)は投票率上昇の恩恵を受けることができなかったという。
社会民主党(SP/PS)と緑の党が立ち上げた同イニシアチブは、スイスの国内総生産(GDP)の0.5%から1%(約40億〜80億フラン=8000億~1兆6000億円)に相当する額を毎年、連邦予算から気候変動対策(基金)に拠出することを求めていた。
議会と政府の過半数は、気候基金は費用がかかりすぎ、なおかつ効果が限定的だと主張した。スイスはすでに気候変動とエネルギー対策に年間約20億フラン、生物多様性の促進に6億フランを支出している。
中道右派の反対派は、今回の結果は新たな公共支出への警戒を示すものだと歓迎した。中央党のファビオ・レガッツィ氏は、有権者は「公共支出の無制限な増加」を拒否したと述べた。
国民党のマンフレート・ビューラー氏は、この基金を「幻想的な計画」と批判し、脱炭素化は「社会が耐えられるペース」で進めるべきだと主張した。
一方、支持派は結果を「失われた機会」として嘆いた。
緑の党は声明で、「何もしないという選択肢はない」と強調し、「議会と政府の中道右派多数派は、国民が決めたネットゼロ目標に向け、スイスの気候政策をどう軌道に乗せるのか示す責任がある」と述べた。
2025年以降、気候関連の提案が否決されたのはこれで3度目となる。しかし左派指導者らは、国民が気候問題に疲れているとの見方を否定している。
緑の党のリザ・マッツォーネ党首は、気候問題は依然として有権者の重要な関心事であり、今回の結果は政策手段に対する反対であって、気候対策そのものへの反対ではないと述べた。
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編集:Reto Gysi von Wartburg、英語からの翻訳:大野瑠衣子、校正:宇田薫
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