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若いダンサーに捧げることば 齊藤亜紀さん

ローザンヌ国際バレエコンクールの審査をする前に、若いダンサーに向けて語る齊藤亜紀さん。 swissinfo.ch

第33回ローザンヌ国際バレエコンクールの審査員の齊藤亜紀(さいとうあき)さんは1991年、同じローザンヌ国際バレエコンクールでスカラシップを受賞し、世界の有名なバレエ学校へ留学するチャンスを得た一人。現在は、ベルギー、アントワープのロイヤル・バレエ・オブ・フランダースで、60人いるバレエ団員の中で、女性2人、男性3人しかいないプリンシパル(主席ダンサー)を務めている。

このコンテンツは 2005/01/31 08:56

齊藤さんのバレエに対する姿勢や将来のダンサーへの期待を語ってもらった。

———なぜバレエを始めようと思ったのですか。

バレエを始めたのは、姉がすでにバレエを習っていて、発表会に出たのを観て、わたしも綺麗な衣装が着たかったからです。7歳のときから始めたのでダンサーとしては比較的遅い方です。16歳まで盛岡でずっと黒澤智子先生に就きましたが、セミナーのような形でヤン・イッツ氏など、いろいろな方にも習いました。お稽古事としてやっていましたが、ただ、ただ楽しいと思って踊っていました。最初からプロのダンサーを目指していたわけではないのです。でも、10歳のとき、先生から、習い事以上の稽古をしてみないかと言われた時は、嬉しかったです。

———辛いこともあったと思うのですが。

小さい時には、練習のため友だちと一緒に遊べないのが悲しいかったですね。また、黒澤先生はバレエにすべてを捧げた人なので、時間も情熱も注ぐのがダンサーだという彼女の考えを理解することが、子どものころは難しかったです。踊りは上手くなりたいと思ったので、練習はしました。友だちとは遊べなかった代わりに、お稽古で、同じダンサーと会えることも楽しみのひとつでした。

———コンクール参加のきっかけは。

90年に日本の全国バレエコンクールで優勝し、先生からローザンヌに行ってみないかと言われたからです。

———いろいろな有名なバレエ学校を選択できるスカラシップを受賞なさったわけですが、ベルギーの学校を選んだ理由はなんですか。

当時の審査委員のひとりがロイヤル・バレエ・オブ・フランダースの方で、わたしを気に入って誘ってくださったからです。16歳で留学しましたが、日本の高校は1年生の1学期で中退ということになりました。言葉もできず、初めての外国生活に対する不安がありましたので、お誘いいただいたところに行くのが良いと思ったのです。

———アントワープでの生活はいかがですか。

ベルギーではオランダ語、フランス語、ドイツ語の3つが話されていますが、英語は通じるので、わたしは英語で生活しています。ローザンヌのスカラシップは1年間のみでしたが、わたしはさらに2、3年勉強してみようと思っていました。結局ロイヤル・バレエ・オブ・フランダースの学校で3年学びましたが、2年間はバレエ団からの奨学金を受けることができました。卒業し、バレエ団に残れたのは15人のうち4人だけでした。わたしがバレエ団にプロのダンサーとして残れたのは、バレエ団に気に入られたからだと思います。

初舞台はアントワープのオペラハウスでした。バレエ団には、群舞を踊るコールドバレエとして入団するのが普通なのですが、わたしはその一つ上のハーフソリストとして踊りました。最初、バレエ団の先輩たちには不思議に思われましたが、次第に、わたしの実力を認めてくれました。

———バレエを通して観客になにを伝えたいと思いますか。

自分のために踊っているという面もありますが、お金を払って観に来てくださるお客様に、素晴らしい感動を与えたいと思っています。舞台から、わたしのダンサーとしての持っているすべてをお客様に与えたいと思います。お客様には、わたしのダンサーとしての内面を見て欲しいのです。いまわたしは、自分は踊るために生まれてきたのだと思うことができます。舞台に立てることが、幸せです。

———いつまで踊りたいと思いますか。

ダンサーは美しくあるべきという観念がありますが、美しさが若さだとは思いません。高齢者でも内面から出る美しさを持っている人もいれば、若いのに生命を感じない人もいますよね。

ダンサーが踊れなくなるのは、年齢ではなく身体のコンディションによると思います。わたしは、やめたい時にやめるのだろうと思います。バレエ以外のことをしたいと思えば、踊りは辞めるでしょう。将来のことは考えていません。人生の予定表を作るのはよくないと思うのです。人生の中でなにか一つを目標として掲げてしまうと、自分の視野が狭くなり、また自分の可能性も狭めると思うのです。

———尊敬するダンサーはいますか。

たくさんいますが、感動与えてくれるダンサーは全員尊敬しています。

———齊藤さんは、日本でバレエを学んでいる人たちや、ローザンヌ国際バレエコンクール参加者の憧れの的だと思いますが、若いダンサーに一言、仰っていただけますか。

ダンサーを目指す人たちには、芸術家になって欲しいと思います。はじめのうちは、ともかく技術的に上手くなりたいと思うでしょう。しかし、ダンサーは芸術家であるという認識を持って欲しいのです。バレエは踊りであると共に芸術であると思います。また、踊ることを途中でやめる人もいるかもしれませんが、バレエをやったという経験は、将来になにかの役に立つということも忘れないで欲しいですね。

swissinfo 聞き手 佐藤夕美 (さとうゆうみ) ローザンヌにて

キーワード

ダンサーのランク(ロイヤル・バレエ・オブ・フランダースの場合)
プリンシパル
ファースト・ソリスト
ソリスト
ハーフ・ソリスト
コールドバレエ

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補足情報

齊藤亜紀さん
1974年7月1日盛岡生まれ
7歳からバレエを習い始める。
1991年ローザンヌ国際バレエコンクールでスカラシップを受賞する。
同年 ロイヤル・バレエ・オブ・フランダースへ留学。
1994年 同バレエ団に入団
02年と03年に同コンクールの審査員を務める。

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