
スイスの学校は民主主義をどう教えているか

年に4回の国民投票があり、直接民主主義が浸透するスイス。国内の2つの学校では、ある特別な公民教育が行われている。現場を取材した。
「なぜ誰も私たちの意見を聞かないのか?なぜフランス語の授業は中学校からなのか?」これは、アッペンツェル・アウサーローデン準州議会の投票結果に対する、ニデレン小学校外部リンクの生徒たちの主な反応だ。

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3月末、州議会は小学校でのフランス語の授業廃止を求める動議を可決した。これについて、人口約2000人の自治体にある学校の2つのクラスの生徒と、フランス語教師たちが話し合った。
授業の冒頭、教師たちはこの政治的プロセスについて意見を述べ、小学校でのフランス語教育に対する賛否を問いかけた。最終的に生徒たちは自分たちの意見を説明するために、州議会・政府に手紙を書くことにした。
政治当局に手紙を送るというアイデアは、15年以上もこの学校で進められてきた「積極的な市民のための教育」の自然な流れだ。このプロジェクトを12年以上運営してきたドミニク・ヴィドマー教諭は「生徒会活動は毎週、時間割の中で1時間確保しています」と説明する。「定期的に開催することで継続性が保証され、活動の重要性が認識されます」
幼稚園から6年生までの各クラスから1、2人が代表としてニデレン生徒会に参加する。生徒会では学校コミュニティへの帰属意識を高めるため、日常的なテーマについて話し合う。「例えば、休み時間や通学途中の問題行動などについてです」とヴィドマー教諭は説明する。このような場合、生徒会は学校生活を改善するための提案をまとめる。全クラスがこの提案について話し合い、投票が行われる。
「生徒会の提案を受けて、「自治体はスクールバスの停留所を移設し、バス待合所(シェルター)を設置しました。特に天気の悪い日も、子どもたちを守れるように」とヴィドマー教諭は説明する。また生徒会委員はクラス代表(学級委員)でもあり、クラスメートの要望にも対応する。例えばクラス間の交流、タレントショー(児童が特技を披露するイベント)の開催、生徒が教師に扮するワークショップなどがそうだ。
もう1つの重要な要素は、生徒会が準備する全校集会だ。全校生徒がグループに分かれて話し合い、議論や提案のスキルを身につけ、学校生活に具体的な貢献をする時間だ。
民主主義への幻滅を避ける
「生徒に発言権を与えて終わり、ではありません。彼らの提案を真摯に受け止めることも大切なのです」とウィドマー教諭は強調する。「生徒たちのアイデアに教師側が反対し、私が仲裁に入らなければならないことも時にはあります。不満をあおったり、これが見かけだけの民主主義だという印象を与えたりしないように注意しなければなりません」
政治への信頼も関心も低いスイスの多くの若者は、まさにこのような認識を持っている。一方では自分たちは相手にされていないと感じ、他方では民主主義の仕組みについて必要な知識が欠けていることが多いからだ。
後者については、スイスが2009年に1度だけ参加した市民教育に関する国際研究外部リンクでも言及されている。この調査では、スイスの10~20代の若者は、民主主義に関する知識と技能の点で低いスコアを示した。「民主主義の世界王者」と自称する国としては驚くべき結果だ。
しかし、世界でも類を見ない頻度で国民投票が行われるスイスのような国では公民教育の重要性が今まで以上に高まっている。
スイス連邦憲法(第41条第1項g)に、教育の目的は文化的、社会的、政治的な統合の促進を通じて子どもや若者が自立した社会的責任のある個人になるのを助けることであると明記されているのは偶然ではない。そして、フランス語圏のスイスのある学校でも、まさにその目的を体現した取り組みが行われている。

学校が町になる
ヴォー州モントルーにあるランベール中学校では2009年から公民教育プロジェクトを続けている。レマン湖を望む場所に立つこの学校では3年に1度、夏休みに入る直前の3日間、学校が本物の町に変身する。
「ランベール町」と名付けられたイベントで、生徒たちはレストランを開き、独自の通貨を持つ銀行を経営し、コンサート、裁縫教室、自転車教室、パフォーマンス、スポーツ、科学活動などを企画する。「ランベール町は生徒たちに共同体の一員であることを実感させ、生徒と教師、学校と家族、地域社会との関係を強める」と、元教師でこのイニシアチブを推進するジェラルド・イェルシンさんは説明する。「彼らは皆、さまざまな活動の企画・運営を担っているのです」
「ランベール町」は昼間は小学生を受け入れる。夜は一般開放し、地域から1000人もの人々が訪れる。しかし、このプロジェクトは単なる学校行事ではない。真の公民教育ワークショップなのだ。
「生徒たちは、ビジネスを営む、スケジュールを守る、チームで働く、不測の事態に対処する、専門家と協力する、決断し責任を負う、といったさまざまなことを学ぶ。理論だけでなく、実践の場においてもです」とイェルシンさんは強調する。
公民教育はメリットばかり
欧州評議会の政治教育・人権教育憲章は、若者たちが「民主主義と法の支配を促進し、守るために、民主的な生活の中で積極的な役割を果たす」ために必要な知識、技能、能力を身につけるよう求めている。独裁的な傾向が顕著になっている今日のような状況では、新しい世代が自分たちを取り巻く政治的出来事を批判的に分析できるようになることが極めて重要だ。
しかし、そのためには適切なツールが必要だ。スイスの各言語圏の教育課程でも、それを提供するよう定めている。例えば、ドイツ語圏とバイリンガル(独語・仏語)の21州に適用される学習指導要領「Lehrplan 21」では、民主主義制度の仕組みを学び、情報を批判的に分析し、政治問題について意見を述べることができるようになることが求められている。
しかし、スイス国立科学財団(SNSF) の助成による調査では、市民教育に割かれる時間や資源が少なすぎることや、批判的スキルの育成よりも知識の伝達が優先されていることなど、危機的な側面が浮き彫りになった。そのため、ニデレン生徒会やランベール町のようなプロジェクトは、スイスの教育界において、民主主義と積極的な市民性を育むための道しるべの1つとなりそうだ。
編集:Daniele Mariani、独語からの翻訳:宇田薫、校正:大野瑠衣子
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