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記録的な労働力不足 スイスの対応は?

外国人採用は看護師不足を解決するか?スイスから学べること

病院の看護師
スイスでは、看護師に占める外国人の割合が全体の3〜4割という状態が長く続いている Keystone / Gaetan Bally

新型コロナウイルスの流行後、世界各国の病院が人手不足に陥っている。比較的労働条件の良いスイスでは、国外での看護師採用に力を入れ始めた。だが一足飛びに状況が好転する気配はない。

国際比較では、スイスは看護師数が多い国に数えられる。パンデミック前の2019年、人口1千人あたりの看護師数は平均18人外部リンクだった。経済開発協力機構(OECD)平均の約2倍に当たり、日本の11.8人に比べても充実しているといえる。

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スイスでは外国人看護師の割合も高く、長年の間30〜40%の間で推移している。特にバーゼルやジュネーブなど国境近くの病院では、国境を越えて通勤する外国人スタッフが多い。2020年には医療分野全体で6万3千人がEU/EFTA、1万3千人が第三国からの採用で、合わせて全体のほぼ4分の1を占めた。

パンデミックを機に、スイスは医療分野で外国人スタッフに依存している実態が広く認識されるようになった。一方で担い手はさらに減り、人材争奪戦に拍車をかけている。

そんな中、国内で注目を集めたのが、北部アールガウ州のアーラウ州立病院(KSA)が、イタリアで採用活動に乗り出したという報道だ。同病院のボリス・ラウシャー広報担当は、これは試験的取り組みであり、看護職確保に向けたさまざまな対策の1つだとした。「イタリアの修了資格はレベルが高く、スイスでも認定されているため、適している」

アーラウ病院の求人に応募する人は主に個人だが、看護職専門の人材サービス業者も多く存在する。ポーランド人スタッフをあっせんする「カレネア」もその1つだ。

カレネアは現地で採用活動を行うだけでなく、スイスでの就職希望者が専門技術と文化について学べるよう8〜12カ月にわたる研修を用意している。スイスでの就職には、語学知識とスイス赤十字社による修了証書の認定が必須条件だ。

倫理的な問題

しかし、スイス看護師専門職協会(SBK)のイボンヌ・リビ氏は、国外で人材を採用することは問題の解決にならないばかりか、有害で非倫理的ですらあると考える。「スイスが他国から人材を奪い、その国の人手不足に拍車をかける」ためだ。

リビ氏は例としてドイツを挙げる。ドイツの医療従事者がスイスに移ればドイツの病院はポーランドでスタッフを探さなければならなくなり、ポーランドで開いた穴はルーマニアからの労働者で埋めねばならない。「こうして不健全なドミノ倒しが引き起こされる」。このような頭脳流出は、教育に投資した国から人材が去るという点で、経済的損失にほかならない。

この点について、アーラウ病院は「イタリアでは看護師の失業率が高い。私たちは事前に労働市場について調査し、きめ細かな分析を行った」(ラウシャー氏)ため、病院の国外採用に倫理上の問題はないとみる。2011年、スイスは、世界保健機関(WHO)の保健医療人材の国際採用に関するWHO世界実施規範外部リンクに署名した。国外での人材採用に際し推奨される倫理的原則を定めたものだ。ただし根本的には、各国がそれぞれ十分な数の人材を育成し、適切な措置を講じて人材を定着させることが前提とされる。国際採用が必要になること自体、多くの国でこうした目標を達成できていない証拠でもある。

あの手この手で

アーラウ病院でも国際採用は部分的解決策でしかないという考えから、求人活動の他に「看護師の再就職支援プログラム、研修や進学の機会、夜勤や週末勤務の手当の適応」などを行っているという。

リビ氏は「どうすればより多くの人に看護職を選んでもらえるか。それと同時に、その人たちをいかにして繋ぎ止めておけるかを考えねばならない」と訴える。2021年の国民投票で、看護師の待遇改善を求めた看護師イニシアチブが賛成61%で可決された理由の1つもそこにある。

同イニシアチブの実施第1段階の看護師育成強化については、先ごろ議会が法的基盤の整備を済ませ、5億フラン(約712億円)の追加予算を承認した。第2段階では労働条件、専門的能力の開発、介護サービスの報酬に焦点を当てる。

だがこれらの施策が実を結ぶには時間が必要だ。スイスのアラン・ベルセ内相は先月、「今後数年間の見通しは非常に厳しい」と発言した。

スイスの中では低待遇

外国人看護師は、モチベーションの高さも評価されている。「カレネア」のグラツィナ・シャイヴィラー氏によると給与は二の次という人も多く、「応募者はスイスの良好な職場環境に期待を寄せ、スイスで働く大きな理由としてスキルの向上を挙げる人も多い」。スイスでの就職は、より良い労働条件やキャリアチャンスにつながりやすいとされる。

このため、スイスは国際採用において有利な立場に立ってきた。だが人材不足の根本的解決とは言い難い。シャイヴィラー氏によると、求職者側もスイスに抱く幻想に疑問を持ち始めているという。「ポーランドでさえ、スイスへの移住に乗り気な人材を探すのは難しい」

背景にはスイスの物価の高さがある。スイスの賃金は高いが、物価も高いために事実上相殺されてしまう。

またスイスの医療セクターではパートタイム労働(スイスでは正社員でもパートタイム勤務が可能で、日本のアルバイトとは性質が異なる)が一般的だ。シフト勤務があり残業も多いため、十分な休みを確保するにはパート勤務せざるを得ないが、その分給料は下がってしまう。

スイスの看護師収入は国内の平均給与の85%。国内平均に対する比率はOECDで最下位外部リンクだ。日本の看護師は107%と、国内平均よりは収入が多い。

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EU/EFTA市場内では人の自由な移動への支持が増している。例えば2022年のアンケート調査外部リンクでは、EU市民の58%が労働者の自由な移動は労働市場にとってプラスと考えていることが分かった。09年の調査では45%だった。実際に移動する人も増えており、回答者の17%が既に他のEU加盟国で働いたことがあると答え、将来的に働きたいとした人は18%に上った。

独語からの翻訳:フュレマン直美、追記:ムートゥ朋子

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