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ウォッチズ&ワンダーズ 難攻不落のブランドとアイコニックモデルの進化

時計業界の王者と呼ばれるロレックスの圧倒的な存在感を象徴する展示ブース Wwgf/keystone/cyril Zingaro

世界最大級の時計見本市「ウォッチズ&ワンダーズ・ジュネーブ」は今年、4万人を超える来場者を記録して大成功のうちに閉幕した。スイスの時計産業の好況を背景に、48のブランドが最高級の舞台と演出を競い合った。

バーゼルから世界的な時計産業の中心地の座を奪ったのはジュネーブだった。世界で最も歴史のあった時計見本市「バーゼルワールド」は、新型コロナウイルスのパンデミックで2020年の開催を断念。中止に伴う損失補償を拒否したことで時計メーカーと完全に対立し、大手ブランドがバーゼルワールドからの撤退を発表した。

ウォッチズ&ワンダーズは同年、主にリシュモン・グループの傘下ブランドが出展していた高級時計国際の見本市、ジュネーブサロン(SIHH)が改名して誕生した。カルティエ、IWC、ジャガー・ルクルト、パネライ、ヴァシュロン・コンスタンタンなどに、バーゼルから撤退したロレックスとその兄弟ブランドのチューダー、パテック・フィリップ、ショパール、LVMHグループのタグ・ホイヤー、ウブロ、ゼニスなどの大手ブランドが合流した。ファッション業界大手のエルメスやシャネルも加わった。

会場は空港に隣接する巨大コンベンションセンター「パレクスポ」。ジュネーブサロン時代から完全な招待制で、出展費用も高額な高級サロンだ。そのため、参加できない数十社のブランドは当時から、世界中のバイヤーや時計ジャーナリストが集結するこの時期に合わせてジュネーブの他のエリアで展示会を開催していた。

ビジビリティを求めて

4月1~2日は一般客にも公開され、会場を埋め尽くすプロフェッショナルに交じって多くの時計愛好家が訪れた。世界中の主要都市の目抜き通りに店舗を構えていても、一般客へのビジビリティ(視認性)に欠ける高級時計業界にとっては重要な機会だ。最も高価で最も複雑なモデルはすぐにバイヤーの金庫に納められてしまうため、時計の最高傑作は人々の目に触れることはない。一般客のみならず、競合他社の動向を知ることができない時計メーカーにとっても問題だ。

ウォッチズ&ワンダーズで生産量や利益が話題に上ることはあまりなかった。だが出展ブランドの大半は満面の笑みを浮かべていた。スイス時計の輸出は過去最高を記録した2022年に続き、年明け以降も伸び続けている。コロナ規制の解除を受けて中国市場が再開されるとの見通しもまた、スイス時計業界に熱気を加えている。

ウォッチズ&ワンダーズでは、ブースのデザインや演出を通してブランド各社の将来性や経営状況、そして創造性が見て取れた。ロレックスは難攻不落の要塞さながらのブースを構え、透明な外観を持つパテック・フィリップは凡人を寄せ付けない城のようだ。その一方でIWCは、1970年代の名作「インヂュニア」の新作公開を記念し、メルセデスベンツの70年代のコンセプトカーやブラウン社製のテレビなど、当時のデザインの傑作をブースに配して多くの人を呼び込んだ。

IWC
シャフハウゼン州の高級時計マニュファクチュール、IWCのブースに展示されたメルセデスベンツの1970年代のコンセプトカー Wwgf/keystone/valentin Flauraud

有名な帆船「アイリーン号」のデッキを描いたパネライのブースもまた美しかった。イタリア海軍のダイバー用に1936年に誕生したダイビングウォッチ「ラジオミール」の新モデルを発表する舞台として、同じ年に建造され2006年に買い取り・完全修復した帆船を選んだのだ。ジュエリーブランドのヴァンクリーフ&アーペルは、「時を告げるジュエリー」というそのモットーにふさわしく、ムラノガラス製の色鮮やかな葉で覆われた木々で展示ブースを見事な森に変えた。

アイコニックな時計とその進化

主要時計ブランドには、何十年もの間コレクターや顧客の羨望の的になり、そのブランドのシンボル的存在になっている代表モデルがある。そうしたアイコニックな時計に対する人々の情熱は絶大で、「ああ、君は全く変わっていないね」あるいは「君だと分からなかったよ」と言うためだけに改めて見に来る人がいるほどだ。

ジャガー・ルクルトのアイコニックモデル、レベルソもその典型だろう。長方形の反転式ケースのダブルフェイスを持つ、優美さの象徴ともいえるこの腕時計は、今年さらに洗練され、さらに複雑なものに進化した。一方で、時計業界の絶対王者ロレックスは、数十年前から「便りがないのは良い便り」を実践しているようだ。今年、「オイスター・パーペチュアル・コスモグラフ・デイトナ」に初めて採用されたサファイアクリスタルのトランスパレントケースバックのように、それがどんな些細ものであったとしても変更が加えられる度に一大センセーションを巻き起こす。ジャーナリストの間では、まるで人類が火星に降り立ったかのようにその話題で持ちきりだった。

20世紀初めから存在する代表モデルもあれば、ユリス・ナルダンの「フリーク」のように今世紀に入って誕生したものもある。文字盤も針もなく、ムーブメントが回転して時間を示す「異形の」複雑時計だ。

だがアイコニックな時計が眠りにつくことなど許されない。生き永らえるためには、修正され改良される必要がある。ウブロの時計職人たちが新しい素材の研究開発に力を入れているのもそのためだ。同社のリカルド・グアダルーペ最高経営責任者(CEO)は、「非常にコストがかかるが、研究開発への投資は遅かれ早かれ報われると確信している」と話す。

耐傷性に優れた18Kゴールド合金「マジックゴールド」、鮮やかな色あいのセラミック、色付きの合成サファイアなど、自社開発の革新的な素材を語る同氏の顔は誇らしげだ。そこに今回は、ブレスレットに超軽量カーボンを組み込んだわずか68グラムのトゥールビヨンの新作が加わる。

ショパールのブース
米国の映画スター2人とコラボしたショパールのブース Wwgf/keystone/cyril Zingaro

より環境意識の高い新世代の消費者に押され、時計ブランドもまた環境に配慮するようになった。ショパールが発表した新モデルでは、芸術的、技術的な品質に加え、新しい特徴として素材のルーセントスティールが強くアピールされた。

同時に、リサイクルスティールの含有率を80%に増やし、2025年までに90%以上にする目標も発表した。カール・フリードリッヒ・ショイフレ・ショパール共同会長は、「私たちは常に環境を気にかけている。時計製造は天才たちによって確立され、天才というものは常に世の中に良いものに関心を寄せてきた」と述べた。

成功し過ぎ?

ブランド関係者は、ウォッチズ&ワンダーズへの出展に満足しているようだ。ウブロのグアダルーペCEOは「バーゼルに忠誠を誓ってきた私たちだが、このスイス時計産業の首都にいることを嬉しく思う」と話す。ショパールのショイフレ共同会長も、「私たちのカレンダーで最も重要なイベントだ。来場者数や商談数において、世界のどこにも匹敵するものはない」と断言する。

A.ランゲ&ゾーネのヴィルヘルム・シュミットCEOは、新作クロノグラフ「オデュッセウス」の巨大模型の前で、「私たちが誇りにする作品を披露する素晴らしい機会だ」と続ける。

出展したブランドは皆、今年は昨年に比べ来場者がはるかに多いと口をそろえる。ブースには予約が殺到し、プレゼンテーションの順番待ちリストはさながらロレックスのそれだった。ラ・モントル・エルメスのローラン・ドルデCEOは、喜びと同時に懸念も打ち明ける。「今年は申込数があまりにも多すぎて、来場者の波に飲み込まれそうだった。もしかしたら今回のイベントは成功し過ぎてしまったのかもしれない」

編集:Samuel Jaberg、仏語からの翻訳:由比かおり

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