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スイスの商社とロシア産石油を巡る不透明な世界とのつながり

対ロシア制裁
Illustration: Helen James / swissinfo.ch

2022年2月のウクライナ侵攻後、ロシアに対する欧米の制裁措置が世界の石油取引に激震を与えている。

石油取引の重要な拠点であるスイスでは、旧来の取引企業が数多く市場から撤退した。代わりに参入したのが不透明な「ポップアップ」商社だ。これらの商社の売買の動きは、スイスに拠点を置く一部企業と驚くほど似ている。このような新興取引業者の背後に誰がいるのか、そしてスイス人や企業が関与しているのかを突き止めるのはほぼ不可能だ。

ロシアのウクライナ侵攻を受け、欧州連合(EU)や米国、主要7カ国(G7)はロシアの個人や企業、貿易に対して一連の制裁措置を発動した。スイスはEUと歩調を合わせ、2023年の3月に10回目の制裁を加えた。

だがNGOやG7など国際社会からは、スイスは十分な措置を講じていないと非難する声が絶えない。スイスが凍結したロシア資産の金額が小さいとの批判はとりわけ強く、スイスはもっと制裁を強化できるはずだとの声が上がる。

このシリーズでは、スイスが国際基準に適合するためにどのような手段を講じたのか、また、どのような点で遅れをとっているのかを検証する。スイスに拠点を置く商品取引業者に対する制裁や、オリガルヒの資産が制裁をどのようにすり抜けているのかを調査する。

ジュネーブとアムステルダムに本社を置く世界最大の独立系石油商社、ビトルのラッセル・ハーディ最高経営責任者(CEO)は「欧米企業から新興商社やロシアの専門商社へとビジネスが大きくシフトしている」と指摘する。

一連のロシア制裁措置に含まれるのが、石油取引と船舶輸送の制限だ。2022年6月、スイスは欧州連合(EU)が採択したロシアからの原油の海上輸送を段階的に禁止する制裁措置に署名した。今年2月には、EUと主要7カ国(G7)が設定した燃料・石油精製品の価格上限に足並みを揃えた。2022年12月以降、ロシアから直接購入する原油の価格上限は、1バレル60ドル(約8300円)に設定されている。

ウクライナ戦争以前、ロシアの歳入の30~35%を占めていた石油の売上が、明らかに制裁の標的となった。スイスの反汚職NGOパブリック・アイによると、欧州はロシア産原油の最大の買い手であり、その50〜60%がトラフィグラ、ビトル、グレンコア、グンバーなどの大手資源商社によって取引されていた。

今年3月、トラフィグラとビトルは国際的な制裁ルールの範囲内で、ロシアの精製品を限定的に輸出すると述べた。社内のコンプライアンスチームが24時間体制でこの複雑な業務の遂行にあたっているという。

大手商社の撤退

ロシアの石油取引に携わることは、倫理的・法的問題に抵触する危険をはらむようになり、石油商社に融資する銀行にとっては評判にかかわる地雷原になった。だが、影で活動する気鋭の新興商社にとっては、制裁違反に巻き込まれる恐れが少ない上、利益を上げるチャンスにもなっている。

エネルギー大手のBP、シェル、エクイノールは2022年3月、ロシアとのビジネスから撤退。スイスの商社も続いた。ウクライナ戦争前、ビトル、トラフィグラ、グレンコア、グンバーの4社のロシア石油取引量は1日当たり100万バレル以上に上った。一部試算外部リンクによれば、ロシアの1日の原油売り上げ量の8分の1に相当する量だ。だが同年夏以降、これら大手商社はロシア市場との関係を正式に断ち切った。

トラフィグラは2022年7月、ロシアの国営石油会社ロスネフチが主導する北極圏の石油・ガス鉱床開発プロジェクト「ヴォストークオイル」に係る株式10%を売却し、物議を醸した。ビトルも同年12月、保有株式を売却した。英経済紙フィナンシャル・タイムズ外部リンクは、ウクライナ侵攻の1週間前に香港で登記されたノルド・アクシス・リミテッドという小さな会社が両株式を買い取ったと報じた。

これらの大手商社が残した穴は、主にロシア・中国の国有企業や、欧米の対ロシア制裁対象外にあり透明性の低い国・地域で登録された小企業が埋めた。NGOや石油業界トップは、結果的に石油市場はさらに細分化され、不透明化が進んだという。

ビトルのハーディCEOは「一般的に考えれば、欧米企業であれば持ち合わせていた理解度と透明度の高さがこれらの小企業に欠けていることは、全体としては芳しくない」と話す。

FT、パブリック・アイ、グローバル・ウィットネスは、いわゆる「ポップアップ」の台頭とスイスの商社との関係を調査した。その中でも、スイスと国外に瓜二つの会社がある2企業、つまりパラマウントとサンライズが特に注目された。これらの企業はベールに包まれ、所有権の所在や、制裁・価格上限の違反の有無を確認することはほぼ不可能だ。

グローバル・ウィットネスのシニアキャンペーン担当者であるマイ・ロスナー氏は「問題は、これらの企業の背後に誰がいるのか分からないことだ。ウェブサイトすらないことがままあり、連絡手段もない」と話す。「これらの企業は非常に不透明だ。誰がコントロールしているかも分からない」

これらの新興商社が拠点を置く国や地域では、ほとんど情報開示が要求されない。例えばドバイでは、非上場会社に取締役や株主の名前を開示する義務はない。アラブ首長国連邦に拠点を置くパラマウントエネルギー・コモディティーズDMCC(パラマウントDMCC)は、スイス拠点のパラマウントエネルギー・コモディティーズSA(パラマウントSA)の石油取引フローを模倣した商社であることから注目を浴びた。企業名と取引形態が似ているため関心が集まり、国際的な制裁を課すことが課題として浮上した。

ロスナー氏は、商社が原油価格上限外部リンクの1バレル60ドルを遵守しているか調査する中、パラマウントエネルギーの存在を知った。同氏は「原油は、クレムリン(ロシア政府)の軍資金に不可欠な資源だ」と断言した。

不透明なつながり

ロスナー氏は、ロシアのコズミノ港で取引される「エスポ原油」に焦点を当て調査した。この原油が、昨年12月にG7が発動した60ドルの価格上限を上回り取引されていたからだ。商品データベースを扱う企業のケプラーによると、今年1月と2月、エスポ原油の取引商社の最大手の1つで、明らかに価格上限に違反していたのがパラマウントSAだった。

パブリック・アイは2022年4月、この不可解な商社外部リンクの素性を公表した。今年3月に公表されたグローバル・ウィットネスとFTによる個々の調査では、2022年6月、ロシアの石油事業がパラマウントSAからドバイのパラマウントDMCCに移行したようだと報告されている。

ロスナー氏は「双方の企業間に全く関係性がないという主張は信じがたい」と話す。「両社の言い分は、双方が独立して運営しており、パラマウントSAの創業者はパラマウントDMCCの直接的な経営権を保有していないというものだ。だが彼が現在ドバイに住んでいるとされる報道や、以前パラマウントSAが扱っていたコズミノと中国間の全取引を、パラマウントDMCCが引き継いでいるという事実がある」

ロスナー氏は、この2企業が国際的な制裁や価格上限に違反したとは考えていない。グローバル・ウィットネスの報告書は、このドバイ拠点の事業体が欧州の従業員を持たず、欧州で事業を行わず、また欧州の事業体の支配下にないといった場合、パラマウントSAが価格上限の法域外で活動することは可能だと指摘している。こうした現状によって、この2企業の所有権と支配権を明確にすることがさらに重要になっている。

法律の抜け穴

スイスのメディア法は非常に厳しく、swissinfo.chが疑わしい活動に関与しているとみられる人物の名前を公表できるのは、個人の利益を公共の利益が上回る場合、あるいは法律違反が確認された場合に限られる。ジュネーブの公文書によればパラマウントSAを管理しているのはスイス人で、フィナンシャルタイムズは別のスイス人がパラマウントDMCCのディレクターとしてドバイの企業記録に記載されていると報じているが、swissinfo.chはその名前を出すことができない。

欧州や米国の法律とは異なり、スイスの制裁法は国外に住む国民には適用されない。この抜け穴について、パブリック・アイは「グローバルに活動する商社は組織構造を少し変えるだけで、制裁を回避できてしまう」と指摘する。パブリック・アイは3月に発表した「Russian Oil in Switzerland: A Fake Farewell?外部リンク(仮訳:スイスのロシア産原油 偽りの別れ)」と題した報告書で、パラマウントSAとパラマウントDMCCに言及している。

パラマウントSAは、違法なことは何らしていないと主張する。swissinfo.chの取材に対する声明で、パラマウントDMCCは自社の傘下にはあるが独立した法人であり、アラブ首長国連邦とスイスの法律に従う義務があると語った。

パラマウントSAは「我々は、ロシア産原油の価格上限規則やその他の制裁に違反したとのいかなる主張も力強く否定する」とメールで回答。「価格上限が導入されるかなり前の2022年9月、ロシア原産の原油・石油製品に関わる全取引を停止した。弊社の事業活動は常に、制裁措置や全ての一般法に厳格に則って行われた」とした。

パブリック・アイの報告書は、サンライズの活動にも焦点を当てている。サンライズは2022年9月、コズミノから4隻分に相当する40万トン近い原油を積載した。2020年にはジュネーブで、サンライズ・トレードSAという企業がスイスの商業登記簿に登録された。同社の簡素なウェブサイトによれば、この会社は原油、精製石油製品、石油化学製品を世界的およびロシア全域で取引している。2022年には香港で、サンライズX・トレーディングという名前の企業が登記された。当局による正式な調査が行われていないため、両者の明確な関連性を立証することは難しい。swissinfo.chがこのスイス企業に取材を試みたが、実現しなかった。

パブリック・アイのアガテ・デュパルク研究員は「スイスではいまだに、企業の実質的経営者を記載した公開登記簿が存在しない。捜査が始まって初めて当局がこのデータにアクセスできる。それが真の問題だ」と話す。

未だ出回るロシア産石油

ロシア産原油は今もなお、しかも意図的に世界市場に出回っている。欧米による制裁の抜け穴によって、一度精製された原油は世界のどこにでも出荷できる。しかも、一度精製されてしまえば、罰則なしで欧州に再輸入できる。これは制裁に署名していない国の製油所にとって大きなビジネスチャンスをもたらす。グローバル・ウィットネスによると、インドは今年1月、前年比の約20倍に上る5700万バレル以上のロシア産原油を輸入した。ケプラーがデータを分析したところ、2022年にトルコがロシアから輸入した原油は1億4300万バレルだった。これは、2021年から50%増加したことになる。

ロスナー氏は「この抜け穴によって、ロシア産原油が第三国の製油所に運ばれ、ディーゼルやガソリンといった他の製品に形を変えて欧州に入ってくる」と説明する。グローバル・ウィットネスは、ほぼロシア産原油だけを受け入れるトルコのある製油所を例に挙げ、ここで作られたディーゼル燃料がビトルを含む石油商社大手によってEUに輸出されていると指摘した。

原油の輸入禁止と価格上限を規定する規則は、順守することも、それを守らせることも困難だ。スイスの場合は独自の制裁機関がない。そのため、価格上限と制裁パッケージの両方に違反した場合の報告は、州、銀行、または連邦機関に委ねられている。

スイス連邦経済省経済管轄庁(SECO)は、コンプライアンスの監視はしていないと公言している。スイス連邦検察庁(BA/MPC)は、制裁違反の捜査はSECOから要請があった場合に限り可能だとするが、要請が実際あったかどうかについてはコメントを避けた。また、スイスの制裁実施に関し、関連性がありながら異なる司法管轄地域で事業を行う企業の間に、どのような線引きがされているのかについても言及しなかった。

SEC0のヘレネ・ブドリガー局長は、3月に行われたスイスのテレビ局とのインタビューで「我々は、スイスで活動する企業がスイスの法律を尊重するという事実に頼らざるを得ない」と発言した。「私たちは警察でも検察官でもない」

スイスは何十年にわたり、国内で事業を行う個人の機密を保持することに誇りを持ってきた。だがロシアのウクライナ侵攻以降、その慣習に陰りが見え始めている。ウクライナ政府関係者や米国の議員を始め、多くのNGOは、スイス当局がより積極的に制裁を実施すべきだと訴える。

パブリック・アイのデュパルク氏は「ウクライナ戦争は、汚職、マネーロンダリング(資金洗浄)との闘いや制裁の実施など、スイスが持つあらゆる欠点を浮き彫りにした」と話した。

編集・Nerys Avery、英語からの翻訳・井部多槙

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