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ベルン州とジュラ州、分離問題で一歩前進

ベルンで2月20日、連邦政府の仲介でベルン州とジュラ州が分離問題解決に一歩前進。左からジュラ州知事のエリザベス・バウメ・シュナイダー氏、シモネッタ・ソマルガ司法警察相(後列)、ベルン州知事のベルンハルト・プルファー氏 Keystone

ドイツ語圏の自治体が圧倒的多数のベルン州では、フランス語圏の自治体がベルン州からの分離を目指し、過去に過激な分離闘争を繰り返してきた。約30年前にこうしたフランス語圏の自治体が統合しジュラ州が誕生したものの、今だに一つの自治体がベルン州からの分離を求め奮闘している。

このコンテンツは 2012/02/22 15:00
swissinfo.ch、外電

そこでベルン州とジュラ州の代表は2月20日、州民・住民投票を行う方向で合意。問題解決に一歩前進した。

両州はシモネッタ・ソマルガ司法警察相を含めた3者会談で合意。これは「上から」の指示ではなく、両州が自ら働きかけたおかげで「歴史的な合意となった」と、ソマルガ氏は評価している。

ベルン州から分離し、ジュラ州への統合が問われているのは、ベルン州北部のフランス語圏の自治体「ベルン・ジュラ(Berner Jura/ Jura bernois)」。今後この自治体とジュラ州で投票を行い、「ベルン州とジュラ州は、現在のジュラ州にベルン・ジュラを統合させた新しいジュラ州を作る手続きを始めるべきか」の賛否を問う予定だ。

ジュラ州の州民投票またはベルン・ジュラの住民投票のどちらかで否決された場合、新しいジュラ州は設立されないと、両州の代表は記者会見で断言した。だが、もし両方の投票で可決された場合は、両州の政府が合意協定を作成する。ジュラ州およびベルン・ジュラの投票は2013年末までに行われる方向だ。

くすぶるジュラ問題

ベルン州からの分離を求めるフランス語圏自治体の問題は「ジュラ問題」と呼ばれ、スイスでは何十年にもわたり重要な政治的課題となってきた。国民投票で新しい州の設立が可決され、1978年にジュラ州が誕生したが、ベルン・ジュラ南部とラウフェンタール(Laufental)の二つの自治体はベルン州にとどまった。さらに1994年にラウフェンタールはベルン州からバーゼル・ラント準州に移行している。

問題は解決したように見えたが、ベルン州内にとどまったベルン・ジュラの行方をめぐり、1980年代に分離派「ベリエー(Béliers)」とベルン州派「サングリエー(Sangliers)」の争いがたびたび起きた。そこで国、ベルン州、ジュラ州の3者は1990年代半ば、話し合いで解決する方向で合意し、「ジュラ地域間協議会(interjurassische Versammlung/ Assemblée interjurassienne)」を立ち上げた。

その後ベルン・ジュラは2006年初め、ベルン州内の特例地域に制定されたが、教育や文化問題などで自治権が十分に行使できていないことが問題として浮上した。

ジュラ地域間協議会は2009年、ベルン・ジュラの今後の在り方をまとめた報告書を公開。ベルン州にとどまる場合と、新しいジュラ州になった場合の二つのパターンを想定したが、どちらを選ぶかは住民に委ねられている。

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