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パレスチナへの人道支援削減は「自殺行為」 スイスの中東専門家

リッカルド・ボッコ氏
リッカルド・ボッコ氏は、スイスがハマスをテロ組織に指定すれば和平プロセスにおいて仲介役を果たせなくなると指摘する Salvatore Di Nolfi/Keystone

パレスチナのガザ地区を実効支配する武装組織ハマスがイスラエルを急襲したのを受け、中立国スイスはハマスを「テロ組織」に指定する検討に入った。だがジュネーブ大学院の中東専門家リッカルド・ボッコ氏は、それによりスイスは中立国や仲介国としての役割を果たせなくなると警告する。

今月7日のイスラエル襲撃を受け、スイスは欧州連合(EU)、カナダ、米国、日本などのようにハマスをテロ組織に指定することを検討している。それがスイスにとって何を意味するのか、和平プロセスにおいてスイスがどのような役割を果たすことができるのか。中東を専門とするジュネーブ大学院のリッカルド・ボッコ教授に話を聞いた。  

swissinfo.ch : スイスにはハマスとイスラエルの間の仲介者としての役割を果たしてきた歴史があります。連邦内閣(政府)は11日、ハマスをテロ組織に指定することを検討していると表明しました。その場合、イスラエル人捕虜の解放に向け仲介役を果たすことができるのでしょうか?  

リッカルド・ボッコ:スイスは中立国という立場のおかげで、世界的な認識に関係なくハマスと関係を築き、過去の紛争や交渉を効果的に仲介してきました。ハマスをテロ組織に認定するという方針転換は、スイスの歴史的な中立国、仲介国としての役割に矛盾します。今後の地域紛争や交渉において、人質の解放や紛争当事国間の対話を先導・調停する能力を貶める可能性があります。 

壁に身を潜める人々
2023年10月11日、イスラエル南部アシュケロンでガザ地区からのロケット弾攻撃から身を守るイスラエル人 The Associated Press/Keystone

swissinfo.ch:国連や人権NGOは、イスラエルとハマスの双方が戦争犯罪を行っていると非難しています。スイスは外交的にどのような立ち位置を取るべきでしょうか? 

ボッコ:スイスは伝統的な中立性を活用し、イスラエルにもパレスチナにも味方することなく仲介の役割に徹するべきです。ハマスの行動とイスラエルの対応の双方に戦争犯罪の可能性があると指摘するのはもっともらしくはあります。スイスは戦争犯罪がさらにエスカレートするリスクを強調し、イスラエルによるガザへの地上侵攻など戦闘激化に警鐘を鳴らすことで、価値ある働きができるでしょう。だがその実行には、スイス外務省に十分な強さと決意が必要です。それこそが外務省の弱みと認識されています。 

swissinfo.ch:弱みとは何を意味するのか、もう少し詳しく教えていただけますか?

ボッコ:スイスは(イスラエルとパレスチナ解放機構=PLOの間で署名した)1993年のオスロ合意を受けて、事実上パレスチナを専門とする外交官幹部を育成しました。今やそのような政治的意志はもはや存在しません。スイスの外交官は少なく、準備も整っていない。これは中東地域におけるスイスの外交努力に重大な問題を引き起こしています。 

swissinfo.ch:イスラエルがガザを完全包囲した今、スイスは最も困っている人々に援助を確実に届けるためにどんな支援ができるでしょうか?

ボッコ:ガザの人口は200万人を超え、その大多数は国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の支援を受け、スイスも一部の資金を拠出しています。スイスは、法的保護を義務付ける国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)ではなく、パレスチナ難民の人道支援に専念する唯一の国連機関であるUNRWAを徹底的に支援すべきです。この地域の600万人を超えるパレスチナ難民はどんな機関からも法的保護を受けられず、世界的に見ても特異な立場に置かれていることに留意することが重要です。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)も国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)も難民に関連する国連機関だが、特にパレスチナ難民については具体的な使命と活動分野は異なる。


UNHCRUNRWA
使命1950年設立。当初目的は世界の難民の保護・支援。難民や無国籍者の他、場合によっては国籍・出身国に拘わらず国内避難民(IDP)も支援1949年設立。1948年の第1次中東戦争によって住居や職を失ったパレスチナ難民に特化した支援、保護、アドボカシー活動を行うことを唯一の任務としている
活動地域世界中の様々な国ヨルダン川西岸地区、ガザ地区、ヨルダン、レバノン、シリアに特化
難民の定義迫害、戦争、暴力のために自国から逃れることを余儀なくされた人。1951年の難民条約で定義パレスチナ難民とは「1946年6月1日~1948年5月15日の通常の居住地がパレスチナであり、1948年の紛争で住居と生計手段の両方を失った人」を指す
事業内容法的保護、難民申請手続き、難民キャンプ、緊急対応、再定住サービス教育、医療、社会サービス、インフラ整備、キャンプの環境改善、マイクロファイナンス、緊急対応など
担架を運ぶ人々
2023年10月15日、ガザ地区南部ラファにある建物がイスラエル軍に爆撃され、負傷者を担架で運ぶパレスチナ人たち。国連によると、ガザ地区でのイスラエルによる大規模な空爆を受けて、これまでに40万人以上のパレスチナ人がガザ北部から避難した。同空爆では2千人以上のパレスチナ人が死亡し、その半数は子供や女性だった Ismael Mohamad/Keystone

swissinfo.ch:スイスの一部の政党は政府に対し、UNRWAやパレスチナ組織との支援や関係を再考するよう求めています。これはスイスがガザやヨルダン川西岸地区への人道支援を見直し、あるいは削減することにつながるのでしょうか?

ボッコ:外交的に言えば、スイスが人道援助を削減するなら、それは「自殺」に等しいでしょう。スイスは何を根拠に人道支援を中止するのでしょうか?ハマスが援助目的の資金を流用しているという主張は、立証不可能です。ガザへの国際援助の配給は洗練されており、資金の受取人と支出を徹底的にチェックしています。多額の資金を援助するEUはPEGASEと呼ばれるメカニズムを利用し、目的の団体・機関に資金が確実に届くようにしています。財務管理上の不正が起こる可能性はありますが、未確認の言説を喧伝するのではなく、あらゆる疑惑は明確に裏づけを取るべきです。

swissinfo.ch:中東地域の平和を実現するために、どのような政治的解決策が考えられますか?   

ボッコ:今のところ、(イスラエルとパレスチナの共存を目指す)「2国家解決」は実現しそうにありません。現在イスラエルは単一国家に固執しています。法的に見ると、イスラエルは占領地の管理においてパレスチナ人を差別し、分離し、強制退去させる法律を制定している。国連は2017年、イスラエルによるパレスチナ住民に対するアパルトヘイト(人種隔離)を非難する報告書を発表しましたが、その後イスラエルによる人種差別問題はさらに深刻になっています。   

「ジュネーブ合意」(2003年に署名された民間レベルの中東和平イニシアチブ)」のような2国家解決案の失敗は、連邦制モデルのような別の解決策が検討に値することを示唆します。連邦制のような新しい平和構築モデルを模索できるかどうかは、確立した政治体制や領土を乗り越えようとする関係当事者の意欲の強さに依拠しています。この複雑で多面的な問題には、国際的および地域的な関与が必要です。 

swissinfo.ch:実行可能な代替案は何でしょうか?どんな枠組みで可能でしょうか?

ボッコ:パレスチナとイスラエルのさまざまな組織が代替モデルを模索しています。例えば「単一民主主義国家」、「2民族1国家」、「連邦制」などです。しかし今は進行中の戦争のため、こうした選択肢を詳細に議論し、いずれかに決めることは困難です。検討を深めるには、目下の戦争の結果を待たなければなりません。

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swissinfo.ch:「単一民主主義国家」と「2民族1国家」の違いを説明してください。

ボッコ:国家の法律と憲法の構造が異なります。イスラエルは自らを完全な憲法を持たないユダヤ民主国家と定義しており、微妙な宗教的・政治的バランスをうまくとっています。「単一民主主義国家」案は、ユダヤ人もパレスチナ人もすべての国民を平等に位置づけ、平等な権利を明文で保障する憲法が必要とします。一方、「2民族1国家」案は両方の国家集団に異なる政治構造を提供する可能性があり、国内紛争を回避し、すべての人の平等な代表と権利を確保するために慎重な設計が必要になります。これらのモデルを検討するにあたっては、この地域に存在する多様な宗教的・政治的視点に注意深く配慮しなければなりません。

「2民族1国家」案はイスラエル系ユダヤ人とパレスチナ人の両方に自決権を認めることになりますが、驚くべきことにこの点は公言されていません。イスラエルは2018年に制定した「ユダヤ人国家法」で、ユダヤ系イスラエル人のみが民族自決権を有すると宣言しました。アフリカやインドなど他の地域の脱植民地化には、自己決定権は不可欠な存在でした。

swissinfo.ch:政治的解決策の可能性とスイスの役割についてのあらゆる議論を踏まえ、過去から得た教訓を今活かすことができるでしょうか?

ボッコ:オスロ合意後の取り組みなど過去を振り返ると、平和構築プロセスにおける国際法の厳格な順守と執行の重要性について重要な教訓を得られます。オスロ合があったにもかかわらず、1994年以降もイスラエルは大規模な土地没収を進めてきましたが、それに対して国際的な干渉は行われませんでした。欧州も米国も、当事者らに国際法や国際規範を厳格に遵守させることができなかったのです。重要な点は、当事者に責任を負わせることです。地域紛争解決における合法・公正な慣行が地政学的・外交関係により歪められることを許さず、法的・倫理的基準を順守させることが必要です。

編集:Virginie Mangin-ds/ML、英語からの翻訳:ムートゥ朋子

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