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豊かなスイスでも払えない?医療費高騰に揺れるスイスの医療保険制度

2024年、スイスの健康保険料は、成人1人当たり月額で平均423フラン(約8万5千円)だった。これは平均可処分所得の約7%に当たり、2004年の4%から大きく上昇した
2024年、スイスの健康保険料は、成人1人当たり月額で平均423フラン(約8万5千円)だった。これは平均可処分所得の約7%に当たり、2004年の4%から大きく上昇した Keystone / Christian Beutler

スイスでは医療費の増加が止まらず、国民の肩にのしかかる保険料は年々重くなっている。政府は医療費抑制に乗り出す一方、高額な新薬をめぐって製薬業界との対立も深まる。医療の質と負担の公平性をどう両立させるのか、スイスは難しいかじ取りを迫られている。

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スイスの連邦健康保険法(LAMal)は1996年に導入された。国民は全員、基礎医療保険への加入が義務付けられている。過去30年にわたり高品質な医療を提供し、世界でも有数の長寿国を支えてきたが、近年、医療費の増加を背景に、制度のベースにある「連帯」の理念が揺らぎ始めている。

医療費の増加は欧州連合(EU)も頭を悩ませる。ただスイスの場合、加入者が直接保険会社に保険料を支払うことや、製薬産業がスイス経済の牽引力である点で立ち位置が異なる。

スイス連邦経済・教育・研究省経済庁のヘレーネ・ブドゥリガー・アルティエーダ長官は今年1月、「スイスはこれまで、最高水準の医療制度を維持する経済的な余裕があると考えてきた。しかし今、3つの問題が浮上している」とし、①国民が負担できる医療費・保険料の維持、②新たな治療へのアクセスを確保、③製薬業界の収益性の維持、という3つの課題の狭間で難しい判断を迫られていると述べた。

スイスの高所得水準でも、苦しい負担

LAMal制度を今後も維持するための最大の課題は、膨らみ続ける医療費だ。

医療制度は、税金や社会保障財源で賄われている国が多く、負担が増えても国民からは見えにくい。一方スイスでは、国民が自ら選んだ保険会社に毎月直接支払う保険料に加え、診察料や医薬品(の一部)を自己負担することで制度が成り立っている。全ての国民は基礎医療保険への加入が義務付けられ、低額所得者には居住している州から補助金が支払われる。

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バーゼル大学のシュテファン・フェルダー教授(医療経済学)は「質の高い医療を受けたければ、そのための負担は避けられない。つまり(何かを得るためには、別の何かを犠牲にしなければならない)トレードオフと言える」と話す。「とはいえ、現状と向き合うことは重要だ。(スイスの医療制度は)あまりにも費用がかかりすぎる。基礎医療保険の対象範囲が広すぎて、現行制度を永遠に維持することは不可能だ」

2024年、スイス政府の医療支出は国内総生産(GDP)の約12%に達した。この水準は経済協力開発機構(OECD)加盟国で4番目に高い。しかも支出は今後も増え続ける見込みだ。連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)に所属するシンクタンク「KOFスイス経済研究所」の推算外部リンクによると、医療費は2024~2027年に毎年平均3.9%ずつ増加する。これは2014~2023年の平均値3.1%を上回る伸びだ。

医療費増加の要因として、慢性疾患の増加、とりわけ高齢層の疾患増加が指摘されている。また、腰の手術や人工膝関節、人工股関節置換術などの「選択的手術」が過剰に行われていることも要因の1つとされる。スイスとドイツではこうした手術が特に多く、例えば人工股関節置換術は人口10万人当たり約350件行われている。これはOECD平均の191件を大きく上回る。一部の専門家は、こうした手術は患者へのメリットが限定的であるため、公的医療保険でカバーすべきではないと主張する。

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また、遺伝子治療やバイオ医薬品など、従来よりもはるかに高額な薬や治療法の登場が医療費を押し上げている。スイスのバイオ医薬品企業デビオファームのティエリー・モーヴルネイCEO(最高経営責任者)は、以前は4万フラン(約800万円)程度だった臨床試験が、今では10倍の40万フランになったと話す。LAMalの医薬品への支出は予算全体の約22%と、過去20年間わずかな上昇にとどまったが、保険が適用される医薬品への総支出は、この10年間で2倍に増えた。

有権者は保険料上限案を否決

医療費の上昇は、国民の保険料に直結する。ベルン応用科学大学外部リンクの研究者が引用したデータによると、成人1人当たりの健康保険料は2024年、月額平均423フランと可処分所得の約7%を占めた。2004年の約4%と比べ、20年間で大きく上昇した。スイス最大手行UBSが毎年公表する調査「心配事バロメーター外部リンク」では、昨年スイス国民が最も心配している事項は健康保険料だった。またスイス西部のフリブール大学の調査外部リンクでは、高齢者の5人に1人が経済的な理由で診察を控えていることが明らかになった。

スイスの比較サイトcomparis.chが昨年実施した調査では、加入が義務付けられている基礎医療保険の保険料の支払いについて、回答者の約6割が問題ないとしたものの、3人に1人は国の補助を受けていた。

保険料の高騰化への不満が高まるなか、制度変更による医療アクセスや質の低下への懸念から、保険料に上限を設ける提案はこれまで退けられてきた。2024年6月、基礎医療保険料を世帯所得の10%以下に抑えるよう求めるイニシアチブ(国民発議)否決された。

政府は医療費の抑制策を推進

制度の財政状況が悪化したことを受け、政府は2022年1月から全国的な医療費の抑制策を開始した。第1段階では、請求書の写しを患者へ送付することに加え、輸入医薬品の包装の簡素化や、後発医薬品(ジェネリック)の利用促進を実施した。例えば一部の先発医薬品について、自己負担額を2割から4割へ引き上げる一方で、ジェネリック医薬品は1割に据え置いた。

第2段階は、昨年3月に連邦議会が承認した16項目の改革措置だ。柱となるのは薬の価格を決める制度の見直しだ。例えば高額な医薬品の販売量が一定水準を超えた場合、製薬会社が売り上げの一部を医療制度へ還元する仕組みを導入する。また、LAMalの保険適用の仕組みも見直される。例えば連邦内務省保健庁(BAG/OFSP)が最終価格を決定するまで、承認済み医薬品は一時的に保険が適用されるようになる。

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さらに政府は州政府、患者団体、医師、保険会社、薬局、専門家と協力し、自主的な医療費削減策にも取り組んでいる。エリザベート・ボーム・シュナイダー内務相は2024年11月、円卓会議を召集し、今年から年間3億フランの医療費を削減することを目標に掲げた。具体的には、ビタミンB12欠乏症の検査や、甲状腺ホルモン検査の削減、肩の手術を受けられる条件の厳格化、ジェネリックやバイオ後続品(バイオシミラー)の利用拡大、入院医療から外来医療へ移行するよう促進するなどの項目が含まれる。ただし、この削減額は保険料収入全体の約1%、そして年間約1000億フランに上る医療支出総額の0.25%にも満たない。そのためフェルダー教授は、取るに足らない額だと批判する。

2024年11月の国民投票では、保険会社と州政府が負担する医療費の割合を統一し、不要な入院を促すインセンティブをなくす制度改革が承認された。また今年6年1月、医師の診察や手術の値段を決める新たな診療報酬制度も導入され、同じ治療のために必要以上に何度も通院させると医師の報酬が増えるといった仕組みが改められた。他にも、請求手続きの簡素化も進められている。

連邦政府は、2028~2031年の医療費増加に上限を設ける案も検討中だ。また、スイスの被保険者は年間最低300フランの医療費を自己負担するが、政府はこの免責額を最低300フランから400フランへ引き上げる計画も進めている。実現すれば約20年ぶりの引き上げとなる。現状では、免責額は最低300フランで2500フランを上限とする。この金額に達するまで治療代や薬代は自己負担で、それを超えると健康保険会社が負担する。免責額(=自己負担)が高いほど、月々の保険料は安くなる。

スイスは医療費の抑制を進める一方で、制度のベースにある連帯原則を維持しつつ、個人が不必要に保険制度を利用しないよう促すという、難しいかじ取りを迫られている。

ジュネーブ大学の医師サミア・ユルスト・マイノ氏は、「スイスの医療制度は、2つの異なる医療モデルの両立を目指しているところが、いかにも(調和を重んずる)スイス的だ」と話す。「1つは、万人が医療を受けられる連帯モデル。もう1つは、個人が医療費を負担するという市場原理に基づくモデルだ」

トランプ関税も要因

スイス政府が戦略を考える上でもう1つ重要なのは、製薬企業だ。製薬産業はスイスの輸出の約4割を占める。政府のデータによると、2022年には国内総付加価値の1割を生み出した。だが製薬業界は薬価を下げようとする政府の取り組みに反発しており、両者の対立が強まっている。

保健庁は昨年、スイス最大の製薬会社ロシュとの薬価交渉が決裂したことを受け、同社のガン治療薬「ルンスミオ」を保険の対象リストから外した。ルンスミオは基礎医療保険が適用されなくなったが、ロシュは現在、「スイス・ペイシェント・アクセス・プログラム」と呼ばれる患者支援制度の条件を満たす患者に対して、自社負担で同薬を提供している。

人口約900万人という小さな市場規模もスイスにとって不利に働く。「スイス政府が『その価格では受け入れられない』と製薬会社に引き下げを求めても、企業側から見ればスイス市場は小さいため、価格を下げてまで参入するメリットはあまりない」とユルスト・マイノ氏は指摘する。

さらに、ドナルド・トランプ米大統領が昨年、医薬品への輸入関税を引き上げたことや、製薬会社に米国内への投資を拡大するよう求めたことを受け、保健庁は薬価を引き上げざるを得ない状況に追い込まれている。

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スイス政府は今年1月、ライフサイエンス産業に関するハイレベル作業部会外部リンクを設置。参加者にはロシュやノバルティスの経営幹部も名を連ねた。作業部会の内容は未公表だ。保健庁はスイスインフォの問い合わせに対し、詳細を伏せた。各種の報道は、米国の関税政策や投資計画、産業の長期的な競争力など、トランプ政権の新政策にどう対処すべきか、業界トップと今後の調整を図るのが目的だと示唆している。

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ボーム・シュナイダー氏は昨年10月、仏語圏のスイス公共放送(RTS)のインタビューで「医療制度そのものは機能している。国民は医療の質と安全性を信頼し、高く評価している」とし、「真の問題は、誰が、何を負担するかだ。それは経済政策と同じように、議会や州政府と議論すべき課題だ」と語った。また制度の抜本的改革は現時点で必要ない、とも述べた。

編集: Nerys Avery/vm/ds、英語からの翻訳:シュミット一恵、校正:宇田薫

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