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国連安保理の停戦決議 スイスが棄権したのはなぜ?

国連安保理
国連安全保障理事会は16日、ニューヨーク本部でパレスチナ自治区ガザ地区での人道的停戦を求める決議案を採決。ロシアが提出した同決議案は賛成5票、反対4票、棄権6票で否決された Keystone

イスラエルとパレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスの軍事衝突をめぐり、国連安全保障理事会で停戦を求めるロシアの決議案の採決をスイスが棄権したことを受け、スイス在住のパレスチナ人の間で動揺が広がっている。

国連安保理は16日開かれた緊急会合で、「人道的停戦」を求めるロシア提出の決議案を否決した。決議案がハマスに一切言及しなかったことが争点となった。決議案は中国、ガボン、モザンビーク、ロシア、アラブ首長国連邦(UAE)の5カ国が賛成。一方でフランス、日本、英国、米国が反対票を投じ、アルバニア、ブラジル、エクアドル、ガーナ、マルタ、スイスが棄権した。

スイスの棄権は、ガザからスイスに逃げてきたパレスチナ難民の1人エマンさん(36、仮名)の胸にさざ波を立てた。ジュネーブでパレスチナの大義を訴える平和デモに参加するなど、エマンさんは、スイスで享受できる自由に感謝している。その一方で、胸に抱く悲しみが癒えることはない。エマンさんはswissinfo.ch の取材に「意思決定におけるスイスの自主性を尊重しています。しかし、棄権は深い悲しみを残しました」と話す。

「物資ではなく平和を」

エマンさんの人生は紛争に翻弄されてきた。ガザ地区の人口密集地の1つであるシュジャイヤ出身。戦闘が市街地にも及んだ2014年のイスラエルによるガザ侵攻を経験した。その年に息子が負傷し、3人の子供を失ってしまったと思い嘆く日々を過ごしたが、ちょうどよく赤十字が介入したため3人とも再会を果たした。

2015年までにエマンさんは家族とともにスイスに移った。当時を振り返ると必ず浮かんでくる場面が1つだけある。「安全なスイスへ向かう道のりで、シュジャイヤ紛争で命を落とした遺体の上を歩かなければなりませんでした」

現在進行中のイスラエル・パレスチナの戦闘で、不安が再び頭をもたげる。「いとこの子供たちが殺されました。叔父叔母の安否は分かりません。最後の情報は、母ときょうだいが国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の学校に避難したということですが、彼らがこの先どうなるかは分かりません」 

今も続く戦闘に、エマンさんは精神的打撃を受けている。「寝て目が覚めた時に壊滅的なニュースを聞くのが怖いのです」とエマンさんは嘆く。「物理的に逃げることはできるでしょう。しかし祖国でこのような暴力が続いているとき、精神的には逃げることなどできません」

こうした思いは、紛争終結を求める多くの人々と共鳴し増幅する。「私たちが求めているのは援助や支援ではありません。平和を切望しているのです」

国際人道法に言及せず

人々の悲しみが広がる中、スイス政府は状況の複雑さを前面に押し出す。安保理のスイス代表は16日に発表した声明で、こう説明した。「スイスは中東情勢に直面して危機感と大きな懸念を共有し、安保理が団結して行動する必要があるとの認識を共有している。(グテーレス)事務総長が思い出させたように、緊張緩和、民間人の保護、すべての人質の解放と人道援助の提供が優先事項となっている」

スイスは棄権の理由として、ロシアの決議案が意図的に国際人道法に触れなかった点を挙げた。スイスは国際人道法の順守を徹底している。声明では「状況が武力紛争に該当する場合、安保理決議で国際人道法への明確な言及を省略することをスイスは到底容認できない」と強調した。

ネコを抱いた少女
10月18日、ガザ地区南部ラファでのイスラエルによる空爆後、破壊された建物の瓦礫の中から飼い猫を救出するパレスチナ人の少女 Copyright 2023 The Associated Press. All Rights Reserved.

人道的停戦には賛成

安保理は18日の会合で、ブラジルが提出した戦闘の「中断」を求める決議案を否決した。採択に必要な賛成9票を得たが、常任理事国の米国が拒否権を発動した。

決議案は「民間人に対するあらゆる暴力と敵対行為、あらゆるテロ行為を非難する」としていた。また国際人道法に従って人質全員の即時無条件解放と医療・人道支援関係者、病院、医療施設の保護も求める内容だった。 

スイスも賛成票を投じた。スイスの国連代表部パスカル・ベリスヴィル常駐代表は、この決議案であれば人質の即時解放と迅速な人道的アクセスというスイスの優先事項と一致していると強調した。また、安保理が決議案に合意できなかったことに遺憾の意を表明した。 

18日の採決が行われたのはガザ地区で起きた大きな爆発の直後だった。ガザ保健省によると、同地区にあるアフリアラブ病院にロケット弾が当たり、数百人が死傷した。スイス外務省は国際人道法に基づいて民間人や病院を保護する必要があると訴えた。パレスチナ当局はイスラエルの空爆による「虐殺」と非難。イスラエル側はパレスチナの武装組織「イスラム聖戦」によるロケット誤射だと主張しているが、同組織は否定している。

イスラエルはガザ地区を完全封鎖し、史上最大規模の空爆を与えている。ロイター通信によると、7日のハマスによるイスラエル急襲以降に1300人が死亡し、約200人の人質が取られている。イスラエルはハマスの駆逐を宣言し、これまでに3千人以上のパレスチナ人が殺害された。

英語からの翻訳:ムートゥ朋子

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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