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増える家畜被害とオオカミの誤射

wolf and pup emerging from den
スイスの野生動物公園で撮影されたこの写真では、オオカミが成獣だと一目で分かる。だが若いオオカミは秋から冬にかけて急速に成長し、成獣と見分けがつきにくくなるという。特に狩りは夜間に行われることが多く、見誤りやすい Keystone / Olivier Born

スイスに生息するオオカミは、2025年までに350頭に達するという。当局が保護規制の緩和に動く一方で、駆除の対象外であるオオカミが誤って撃たれる事故が起きている。関連団体は法的措置を検討中だ。

昨年の11月27日夜、スイス西部のヴォー州で、「問題行動を起こすオオカミ」を駆除しようとした猟師が誤って別の個体を射殺してしまった。今年初頭に行われたDNA鑑定の結果、射殺されたのは繁殖期のオス「M95」だったと判明。駆除リストに載っていたのは、別の若いオオカミだった。

グラウビュンデン州とヴァレー州でも昨年、同じように誤認で別のオオカミが射殺される事故があった。関連団体スイスオオカミグループは、こうしたミスは容認できないと憤る。リーダーを殺すと、群れの崩壊を引き起こす恐れがあるためだ。

同団体のダヴィッド・ゲルケ代表は、「群れのリーダーを殺すことは、些細なことではない」とし、「これはオオカミの個体数に影響を与える重大な介入だ」と訴える。「スイスの大型肉食獣の代弁者」と自称する同団体は、今回の事故を受け告訴する可能性がある。

「射殺の指令自体は合法だったが、射殺されたオオカミが指令と一致していなかった。これは狩猟法違反であり、罰金や科料に当たる」とゲルケ氏は説明する。誰を起訴するかはまだ決まっていない。確かに発砲した猟師にも落ち度はあるが、決して猟師の処罰が団体の目的なのではない。「彼らは命令に従っているだけだ」(ゲルケ氏)

KORAはスイスに生息するオオカミの増減外部リンクをモニタリングする肉食・野生動物の保護管理財団だ。1998年の記録開始以来、M95は105番目に死亡が記録されたオオカミとなった。死因は「合法的な射殺」とされた。

狩りで絶滅したスイスのオオカミ

スイスでは行き過ぎた狩猟の結果、19世紀後半にオオカミが絶滅した。その後、1995年にイタリアから1頭のオオカミが国境を越えスイスに迷い込んできたのをきっかけに、再び個体数が増加。現在、スイス国内とイタリア、フランスとの国境周辺には約20の群れが存在し、合計約180頭のオオカミが生息する。KORAは、スイスでは2025年までに群れの数は50、個体数は合計で350頭に増えると推定している。

スイスにオオカミが戻ってきたことには賛否両論がある。生態学者らはオオカミの復活を歓迎し、肉食動物が生物多様性の維持においていかに重要な役割を担っているかを強調するが、農家にとっては厄介者だ。オオカミは通常、シカやシャモア、イノシシを捕食するが、ヒツジやヤギもこれらを補う獲物として狙われやすい。

スイスでは家畜の被害がここ数十年で飛躍的に増加した。1998~2008年に被害を受けた家畜は合計で1千頭だが、2020年以降は1年間の被害件数がそれに追いつく勢いだ。

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オオカミに襲われ家畜を失った農家には、公費で補償が行われる。農家はまた、害獣の侵入防止フェンスや番犬を購入する資金援助も受けられる。

緩和へ向かうオオカミの保護規制

「欧州の野生生物と自然生息地の保全に関する条約(通称、ベルン条約外部リンク)」では、オオカミを「厳格に保護された動物種」に分類している。これを「保護」に格下げするよう、スイスはこれまでに2度、提案した。最後に提案をしたのは昨年11月に開かれた同条約の常任委員会で、「個体数が許せば(…)一定の駆除が可能」に分類する修正案を提示。この修正案に対し、アンドラ、アイスランド、英国、EU27カ国は反対、アゼルバイジャン、ベラルーシ、グルジア、リヒテンシュタイン、トルコは賛成。モナコ、ノルウェー、セルビアは棄権した。

連邦議会は昨年12月、オオカミ駆除を容易にする改正狩猟法を承認した。各州は今後、連邦政府の同意のもと、9月1日~1月31日までの間はオオカミの個体数を規制できるようになる。駆除は、家畜の損失を防ぎつつ、オオカミの個体数を危険にさらさないよう行わなくてはならない。またそれ以外の適切な方法で家畜を保護できないことが射殺の前提条件だ。

これより前に議会が承認した改正法は、各州は連邦政府の許可なしで野生動物を駆除できるという内容だったが、スイスの有権者は2020年のレファレンダムでこれを否決した。今回の改正法は、再びレファレンダムが立ち上がらない限り、来年から施行される。

スウェーデンの大量駆除

他国ではオオカミの扱いが異なり、より厳しい対策を取る国もある。例えばスウェーデン政府は、オオカミ個体数460頭のうち75頭について駆除の許可を出した。この大規模な駆除を巡り、スウェーデン国内ではここ数週間、新たな議論が巻き起こっている。既に昨年、国際的な専門家グループは米科学誌サイエンス外部リンクの書簡で、このような駆除は同国に生息するオオカミの個体数を危険にさらすと警告していた。

研究者らは「合法・非合法にかかわらず、狩猟は群れの拡大や新しい遺伝子の流入を妨げている」と指摘。そのため、遺伝子の多様性が極めて狭まっているという。「個体の行き来が限定されると近親交配を招き、絶滅につながる可能性がある」と警鐘を鳴らす。このオオカミの群れはスウェーデンと隣国ノルウェーの間を行き来し、かなり孤立した状況で生息している。個体の約9割はスウェーデンが拠点だ。

ノルウェー自然研究所(NINA)の上級科学者ジョン・リンネル氏は、「オオカミの殺処分や大型肉食獣の個体数管理は、現在欧州で最も意見が分かれている問題の1つだ」と言う。「これは種の保護というより、むしろ動物の権利に関する問題だ。残念ながら、この2つを切り離して考えられない人が多い」と嘆く。同氏は他の研究者と共同執筆した2017年の研究外部リンクで、オオカミの殺処分を正当化するためにノルウェーでよく使われる理論を、ベルン条約にある例外の判断基準と照らし合わせて検証した。

同氏は、捕食者の頂点に立つオオカミの管理がスイスではうまくいっている印象を受けたと言う。「オオカミがスイスから姿を消していた頃は、この問題が再び浮上するとは夢にも思っていなかった。だが今では、個体数が増え、家畜の保護にも積極的に取り組んでいる。問題行動を起こすオオカミは選択的に駆除して対処している」

絶対確実ということはない

では、オオカミを識別し、確実に駆除の対象となっている個体を射殺するのは難しいのだろうか。前出のゲルケ氏は「それは駆除のタイミングにもよる」と言う。

まだ幼いオオカミなら、当局も容易に成獣のオオカミと区別がつくと思われがちだが、「秋になると、子オオカミは体格が変わって足の比率が小さくなり、頭や耳も大きくなる」と同氏は指摘する。

成長するにつれ、ますます成獣と見分けにくくなる。駆除は夜間に行われることが多く、「当然、夜間の方が日中より区別しにくい」。

ベルン州の狩猟当局は今年1月、昨年10月~12月にかけて22頭の羊を襲った疑いのあるオオカミを射殺した。襲われた羊のうち10頭は、当局が「家畜の保護対策が十分に取られている」とする農場で飼われていた。そのためこのオオカミは、スイスの判断基準で「問題行動を起こすオオカミ」とみなされる。しかしこの言葉には語弊があるとベルン州の狩猟監査官ニクラウス・ブラッター氏は指摘する。「自然の営みが、人間の視点では問題になることが多い」ためだ。

ブラッター氏ら関係者は、いずれにせよこのオオカミの駆除は正しかったと確信する。該当するオオカミは、すでに被害を受けた群れに再び襲い掛かろうとしていたところを射殺された。つまり常習犯だったのだ。

「駆除の対象となっているオオカミを狙うよう、細心の注意を払っているが、オオカミを管理するうえで絶対確実ということはまずない」(ブラッター氏)

オオカミの死体は現在、ベルン大学の魚類・野生動物衛生研究所で検査中だ。

編集:Sabrina Weiss、Balz Rigendinger 英語からの翻訳:シュミット一恵

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