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スイスのコロナ対策で現れた文化圏の壁

チューリヒ湖
国内では新型コロナウイルスに伴うロックダウンで警察の巡回が強化された Keystone / Alexandra Wey

スイス中に広がった新型コロナウイルスの感染予防策をめぐり、ドイツ語、フランス語、イタリア語圏の文化の違い、いわゆる「レシュティの溝」が如実に現れた。

編集部注:この記事はロックダウン(都市封鎖)中の3月29日に英語で配信された記事です。スイスでは27日から、ロックダウンの段階的緩和が始まりました。

仏語圏の日刊紙ル・タンは3月17日、「病気の蔓延を遅らせるためにすべてを封鎖すると決めたフランス語圏・イタリア語圏の政府と、それをしり込みするドイツ語圏政府の間に『レシュティの溝』が現れた」と報じた。

国に先んじて休校、店舗の営業停止命令を出したイタリア語圏・ティチーノ州政府のトップ、クリスティアン・ヴィッタ州参事も、この温度差に言及した。

「新型コロナウイルスの流行は、州によって異なる。ティチーノなどは感染がより深刻で、国内の対策を一律にするのは困難だ。これらの措置は(各州の状況に応じて)調整されなければならない」。ヴィッタ氏は3月24日、仏語圏のスイス公共ラジオ(RTS)にそう語った。

ティチーノ州は国内の他地域と同様、生活必需サービスを除く店舗、サービスの営業を停止している。州が独自の措置を発表後、連邦政府が国全体に同様の措置を講じた。ティチーノ州は3月22日、州内産業に対し、必需品以外の生産を一律に閉鎖した。

国はその一方で、近隣諸国の状況を見ながら非常に慎重に、段階的にロックダウン(都市封鎖)を進めてきた。

信頼とより厳しい対策

この地域性の違いは、最近の世論調査にも表れている。調査に回答した3万人のうち、ほぼ半数(49%)が、感染拡大に対する連邦政府の対応が遅すぎると回答した。そう答えたドイツ語圏の人は全体の42%だったのに対し、ティチーノ州では68%、フランス語圏では64%に跳ね上がる。

政府の対応が十分でないと答えたのは、ドイツ語圏は38%、イタリア語圏は30%だったのに対し、フランス語圏は59%と高かった。

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政府への信頼にも地域差が出た。ドイツ語圏では7割が「政府を信頼している」と答えたが、イタリア語・フランス語圏では45%にとどまった。

世論調査は、調査会社ソトモ外部リンクが実施。同社社長で政治アナリストのミヒャエル・ヘルマン氏は、感染の深刻度が地域で異なるのが理由の1つだと分析する。

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さらに「フランス語圏では大多数が隣国フランスのような、より厳しい外出制限が必要だと考えている。また、国家の役割や個人の責任に対する信頼といった文化的側面も影響しているといえる。これはフランス語圏よりもドイツ語圏の方が顕著だ」と話す。

ヘルマン氏はウイルスの地理的な広がりについても言及。地中海諸国は体が触れ合うコミュニケーションがより浸透していて、ドイツ語圏の国に比べ、ソーシャルディスタンシング(社会的距離)には不慣れだという。

個人の責任

スイスの歴史に詳しい歴史家オリヴィエ・ムーリィ氏は、スイスは北ヨーロッパと南ヨーロッパの文化のるつぼだと指摘する。ムーリィ氏はル・タンとのインタビューで、ドイツの文化では個人の責任が集団の責任につながっていく、と考えられているという。一方、南ヨーロッパの文化が浸透する他の言語圏では「命令は上から下されるべき」という考え方で、ドイツ語圏の考え方に違和感があるという。

ローザンヌ大学で社会学を研究しているオリビエ・モエシュラー氏は、世論調査で各言語圏の温度差が露呈したのは驚くことではない、と語った。

同氏は、国に対する考え方は言語圏で明確に異なると指摘する。「スイスのフランス語はフランスとその中央集権主義、国家主導のモデルに寄っている。ドイツ語圏は、ドイツ連邦により近い。フランスは主にトップダウン式―強力な権威は必然と見なされ、権力の構成は恐れられるが同時に国民が期待を寄せるーだが、ドイツはむしろボトムアップ式だ」

「個人の責任」の概念も地域差があるようだ。スイスのフランス語圏、イタリア語圏では、研究者たちがより厳しいロックダウンを政府に求める請願書外部リンクを出した。ドイツ語圏では、政府が国民にロックダウンの措置を守るよう要請している。

ドイツ語圏の人たちは、フランス語・イタリア語圏よりも自制心が強く、外出自粛やソーシャルディスタンシングといった政府の措置を忠実に守るということなのだろうか?その答えは簡単には出ない。感染予防策として政府が出した措置は実際、国内全域で守られているようだ。無料の夕刊紙ブリックがスイス全土の州警察を対象に行った調査外部リンクでは、警察官の巡回は強化されたものの、罰金が科されたケースはまれで、用もなく外に出ている人は少ないことが分かった。どこの地域でも、外の通りは閑散としている。

新型コロナウイルス対応をめぐる「レシュティの溝」は、新聞報道にも表れた。フランス語圏のメディアは現在、連邦政府の対策を大方サポートしているが、初期の頃は連邦政府と各州の「不協和音」、また連邦主義がもたらす対策の遅さと限界を批判する論調がみられた。

より厳格なロックダウンを求める声に、ドイツ語圏の一部メディアはいら立ちを隠さなかった。日刊紙ターゲス・アンツァイガーは「スイス・フランス語圏の政治家たちは、マクロン仏大統領の『力』に魅了されている」と皮肉った。日刊紙NZZも、そうした要求は不適切で有害だと批判した。

3月26日付のターゲス・アンツァイガーの社説は、フランス語圏の人たちが、自分たちの置かれた状況を「無知で知ったかぶりのドイツ語圏の人達…言語的マイノリティの抑圧者」のせいにしているようだと述べた。スイスは人口の大多数がドイツ語話者だ。

同紙は「スイスドイツ語の方言はのどに絡む発音が多いため、ある医師が3月初め、ドイツ語圏の人は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)にかかるリスクが上昇するーという見解を出した時、フランス語圏の人達はそれを笑いの種にした」。だが感染が国内全域に広った今は「全員が団結し、連帯を示すときだ。今はののしりあっている場合ではない」と締めくくった。

(英語からの翻訳・宇田薫)

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