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スイスの民主主義

存続揺らぐスイス創業BALLY、歴史的遺産を守る動きが本格化

陳列棚に、赤い女性用靴が数足並んでいる
バリーの手作り靴は、その品質の高さで世界的に定評があります Martin Ruetschi / Keystone

スイス創業のアイコニックな靴ブランドとして知られるバリー(BALLY)が存続の危機にある。倒産すれば、その貴重な歴史的コレクションである収蔵品の行方も脅かされる。収蔵品に含まれる、バリーの4万足の靴は救えるのか。

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スイス創業のアイコニックな靴ブランドとして知られるバリー(BALLY)が存続の危機にある。倒産すれば、その貴重な歴史的コレクションである収蔵品の行方も脅かされる。収蔵品に含まれる、バリーの4万足の靴は救えるのか。

スイス北西部ソロトゥルン州のシェーネンヴェルト駅前に巨大なアウトレットセンターが立つ。周辺には労働者向けの小規模住宅、近代的なマンション、大手スーパーのコープがあるが、他に目立ったものはない。約5000人が暮らす郊外の典型的な通勤都市だ。

普段は静かな町だが、バリーの破産が迫る今、ここへ来ればきっと何かが見えてくるはずだ。

かつてバリーの工場があった7号棟には、同社の財団「バリヤーナ(Ballyana)」の展示スペースがある。そこに飾られているのは、1870年製の靴底を縫う機械、色鮮やかなバリーの広告ポスター、そして膨大な歴史的コレクションから選ばれたごく一部の品々だ。

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財団の会長であり、バリー家の子孫でもあるフィリップ・アベッグ氏は、オーナーやスタッフが貴重なものをたくさん収集してきたと話す。手紙、社内誌、写真、映像、そしてもちろん、バリーの靴も――しかし、その靴は展示されていない。

4万足におよぶバリーの貴重な靴コレクションは、すぐ隣の部屋に保管されている。1875年製の当時大流行したレディースのサイドゴア・アンクルブーツや1928年のヘビ革パンプスなどが、外界から完全に隔離されたガラスケースの中に丁寧に並べられている。

バリーの今後は不透明

専任の収蔵品管理者は、これ以上の情報をメディアに提供することを許されていない。

貴重なコレクションと膨大な収蔵品は、すべて会社が所有している。しかし、深刻な負債を抱えるバリーの今後は不確かだ。

1970年代、バリーは何度もアイデンティティの危機に直面した。最高経営責任者(CEO)が次々と交代し、ラグジュアリーとストリートウェアの間で方向性が定まらず、ブランドとしての立ち位置が揺れ動いた。唯一変わらなかったのは、毎年発表される新作のシューズコレクションだった。

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アベッグ氏は、バリーの収蔵品は「中央ヨーロッパで最大かつ最も美しい産業史コレクションの一つ」だと言う。バリヤーナ財団はこの収蔵品を守るため、財政的な「戦時基金」を設け、必要な時のための資金を確保している。

ソロトゥルン州も救済措置に乗り出し、収蔵品を1年間、保護下に置いた。この間、バリーの靴コレクションは動かすことも売却することもできない。こうした措置を可能としたのは、収蔵品のような動産文化財を保護する州独自の法律だ。

弁護士でもあるアベッグ氏は、州とバリーが共同で運営する新たな財団の設立を支持している。商標と意匠権はバリーが保持し、収蔵品と靴のコレクションは新たな財団に移管しようというのだ。

歴史的遺産をどう守り、受け継ぐか

その意図は、バリーの遺産とスイス産業史の物語を守り、受け継いでいく責任を分かち合うところにある。

「産業博物館として、私たちは確固たる『文化財』の地位を築くに至っていません。連邦当局や一般の人々の支持を、まだ得られていないのです」とアベッグ氏は語る。

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バリーの靴コレクションは、単なるデザインの遺産ではない。そこには、工場での、とりわけ組立ラインで働いていた女性たちの過酷な労働や、1938年のウィーンでのユダヤ系子会社買収をめぐる疑惑、そして批判にさらされた労働組合の物語も刻まれている。

こうした歴史的な遺産をどのように守り、次世代へ残せるのか。バリーの終焉への危機感は、スイス産業史の一片をより強く人々の意識に刻む好機なのかもしれない。

かつての企業スローガンが示すように――「バリーはみんなのために、みんなはバリーのために」。

高級靴ブランド「バリー(BALLY)」は1851年、ソロトゥルン州シェーネンヴェルトで、カール・フランツ・バリーとフリッツ・バリー兄弟によって創業された。カール・フランツはパリを訪れたことをきっかけに、家業であったリボン製造を靴製造へと転換した。会社は1977年まで創業家一族の手にあったが、国際競争の激化が重くのしかかり、一族の手を離れた。

1851年から2000年までの間、バリーの工場で約1億5000万足の靴が生産された。

しかし、事業は次第に苦境に陥り、米投資会社テキサス・パシフィック、ドイツ発祥の投資会社JABホールディング(本社・ルクセンブルク)、さらに米投資会社リージェントへと所有者を変えた。その後、店舗閉鎖と人員削減が相次ぎ、新たな買収案がスイスの裁判所によって差し止められたことを受け、2026年7月、同社はルガーノ破産局の管理下に置かれることとなった。


編集:Matthew Allen/gw、英語からの翻訳:竹原ベナルディス真紀子、校正:宇田薫

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