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今ある薬を他の病気の治療に 希少疾患の創薬に高まる期待

ジュネーブ大学のウラディミール・カタナエフ氏の研究室では、既存薬の中から希少疾患の治療に有効なものを探している
ジュネーブ大学のウラディミール・カタナエフ氏の研究室では、既存薬の中から希少疾患の治療に有効なものを探している Swissinfo

既存薬を他の疾患の治療薬に転用する既存薬再配置(ドラッグ・リポジショニング)による希少疾患の治療薬開発がスイス、日本など世界中で進んでいる。

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スイス・ジュネーブ大学のウラディミール・カタナエフ教授(細胞生理学・代謝学)のグループは5年前、亜鉛イオン(Zn2+)を含む既存薬がGNAO1遺伝子の変異による希少疾患に有効なことを発見外部リンクし、昨年、同疾患に対する亜鉛塩(酢酸亜鉛)の有効性を示す臨床研究の結果を発表外部リンクした。酢酸亜鉛はウィルソン病(肝臓や脳など全身の臓器に銅が蓄積する遺伝性の難病)の代謝障害を治療する薬として承認された広く入手可能な薬だ。

既存薬再配置は昔から存在する医薬品開発方法の1つだが、近年のビッグデータ・人工知能(AI)技術の進歩によって、低コスト・短期間の創薬方法として重要性を増しつつある。特に希少疾患については製薬企業における優先度が下がる中、既存薬再配置による創薬への期待が高まっている。

GNAO1遺伝子は、Gαoと呼ばれるタンパク質を作るためのいわば設計図だ。Gαoタンパク質は主に脳の神経細胞の中で働いている。「スイッチ」のように状況に応じてオン・オフすることで神経細胞が興奮しすぎたり、逆に働かなくなりすぎたりしないよう、バランスを保つ役目を担う。GNAO1遺伝子が変異すると、てんかん発作、発達遅延、運動障害などを伴う難治性の重篤な神経疾患を引き起こす(患者数は世界で約400人)。2013年、GNAO1が同神経疾患の原因遺伝子であることを横浜市立大学の研究グループが初めて突き止めた外部リンク

病気のメカニズムを解明

oタンパク質をコードするGNAO1が神経疾患の原因遺伝子であることが判明したのは2013年のことだ。この時点で既にGαoタンパク質について約20年間の研究実績があったカタナエフ氏は、財団や患者団体から約17万5000フラン(約3500万円)の資金提供を受け、同遺伝子の変異が疾患を引き起こす具体的な仕組みの解明に乗り出した。

その結果、GNAO1遺伝子の変異によりGαoタンパク質内のアミノ酸の1つが別のアミノ酸に置き換わり、これによりGαoタンパク質の立体構造が変化し、シグナルのオン・オフに重要なグルタミン205と呼ばれるアミノ酸の空間的位置がずれてしまうことで分子スイッチが正常に機能しなくなるというメカニズムを突き止めた。

治療薬開発の壁

カタナエフ氏らは次に、機能不全に陥ったGαoタンパク質を正常化する治療方法はないかと考えた。新薬の開発から上市までには通常約10億〜20億ドル(約1600億〜3200億円)のコストと10年以上の期間がかかるとされ、学術的な研究課題としては無理がある。資金もなかった。

そこで研究チームは既存薬再配置の方法を試すことにした。「既存薬の転用は、比較的少ない投資と時間で医薬品を開発できる近道だ」とカタナエフ氏は話す。

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見つかった「亜鉛」

カタナエフ氏のチームは約3000種類の米国承認薬の中でGαoタンパク質に作用するものはないかを調べた。その結果、亜鉛イオン(Zn2+)を含む薬が、変異したGαoタンパク質の機能を部分的に回復させることを発見した。そこでこの仮説に基づきショウジョウバエとマウスを使ったモデルで実験を行い、その有効性と安全性を確かめた外部リンク

カタナエフ氏らは次に、ドイツ・ケルン大学病院の医師らと共同でヒトを対象とした臨床研究を実施した。

ジュネーブ大学のウラディミール・カタナエフ教授(細胞生理学・代謝学)
ジュネーブ大学のウラディミール・カタナエフ教授(細胞生理学・代謝学) Felix Imhof 2015

GNAO1遺伝子変異を持つ患者(3歳の男児)にウィルソン病の治療薬として承認されている酢酸亜鉛の投与を開始したところ、まもなくして発作の回数は減り、突発的な不随意運動はほぼ完全になくなった。副作用はなく、治療開始から1年経過した現在、患者の状態は安定している。

根治的な治療ではないが、これにより患者と家族の生活の質は劇的に向上した。ケルン大学病院のチームは現在、ドイツのGNAO1患者家族団体がクラウド・ファンディングで調達した資金をもとに、同病の患者13人を対象に臨床試験を実施中だ。

カタナエフ氏の研究室には、同様の既存薬再配置アプローチを他の希少遺伝性疾患に適用できないかとの問い合わせが世界中の患者家族から寄せられている。同研究室では現在6種類の希少遺伝性疾患について研究を進めている。アスパラギン合成酵素欠損症(ASNSD)もその1つだ。この課題に取り組む同研究室のイェレナ・ガイッチ博士研究員はASNSD研究協会(患者家族団体)と協力し、既存薬の中に有効なものがないか調べている。

既存薬再配置と希少疾患

既存薬再配置による医薬品開発には既に多くの成功例がある。例えば肥満症治療薬のGLP-1受容体作動薬や勃起不全治療薬のバイアグラなども、他の目的で試験・承認されていた薬を転用したものだ。日本の三菱総合研究所が2020年に公開したナレッジ・コラムの記事外部リンクは、既存薬再配置に関する関連論文の件数は2010年以降急増し、市場規模は拡大傾向にあると指摘する。

特に希少疾患の場合は患者数が少なく十分な予算を確保できないため、既存薬再配置による治療薬開発への関心が高まっている。世界で確認されている希少疾患は約7000種類に上るが、そのうち承認された治療薬が存在するものはわずか6%だ。世界では約3億人が希少疾患に苦しむ。だが疾患ごとの患者数は極めて少ない。

「通常の創薬方法は時間も予算もかかりすぎるため、希少疾患の治療法開発には適用できない。この方法は十分な市場規模がある場合にしか使えない」とカタナエフ氏は言う。

大手製薬企業の希少疾患の治療薬開発への投資は、ファストトラック(重要な新薬の承認審査を優先的に行う米国食品医薬局の制度)や特許・独占販売期間の延長などの優遇措置により促進されてきた。

だが近年、投資額は減少傾向にある。

ヘルスケアデータの分析を専門とする企業エヴァリュエイトが今年3月に発表した希少病治療薬の展望に関する報告書外部リンクによると、希少疾患の治療薬が創薬候補全体に占める割合は2027年の30%から2032年には22%に落ち込む見込みだ。大手製薬企業の関心が肥満症などの罹患率の高い病気(ビッグ・ディジーズ)に大きく向いていることが背景にあるという。

学術研究の躍進

一方、生命科学や関連技術の飛躍的な進歩により、最近ではカタナエフ氏の研究室のような学術的な研究機関でも遺伝子の変異や病気との関連について調べることが可能になった。大学・研究機関でも、大手製薬企業が新規分子の同定・設計などに使う設備やシステムを持つところが増えてきた。

実験・計算により大量の創薬候補を高速に評価・選定する技術も進歩している。ビッグデータ・AI技術の進歩により、従来の偶発的な発見からより戦略的な既存薬再配置への移行が進んでいる。

名古屋大学の山西芳裕教授(生命・化学情報学)らのグループは、精密AI創薬を活用した既存薬再配置により、希少遺伝性疾患の治療薬を開発した(2023年報告外部リンク)。遺伝子、タンパク質、分子間相互作用、疾患の大規模データと機械学習により、既存薬の中から遺伝性脊髄小脳失調症の治療薬候補を見出し、医師主導の臨床研究で良好な結果を得ている。

既存薬再配置に関する旗艦プログラムREMEDi4ALLは2022〜2027年、欧州連合(EU)の次世代研究支援プログラム、ホライズン・ヨーロッパ(2021〜27年。総予算額935億ユーロ=約17兆3000万円)から2500万ユーロの助成金を受けて研究を推進中だ。既存薬再配置の専門的知識を集めた包括的なプラットフォームを構築することがプログラムの狙いで、患者、研究者、臨床医、規制当局を初めとする主要な利害関係者の間の連携を強化し、既存薬再配置の開発と利用の促進を目指している。

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高まる期待と課題

医療制度がひっ迫する中、既存薬再配置による創薬への期待は高まっている。既存薬の75%は他の疾患への転用が可能だとする専門家もいる外部リンク

患者家族団体の存在も推進活動の重要な要素だ。1回の投与に200万〜300万ドルもかかる高額な遺伝子治療などの新薬と違い、転用される既存薬の多くは既に特許切れや後発(ジェネリック)医薬品であるため、患者は薬をより安く入手できる。

だが実際の運用には依然として多くの課題がある。既存薬であっても規制当局による承認や保険適用のプロセスは簡単ではない。たとえ長く使われている薬でも同様だ。既存薬を転用する場合は安全性に関しては既存データを利用でき、第I相臨床試験(少人数の健康な成人を対象にした試験)は免除されることもある。だが新適用の疾患に対する有効性を評価し、適切な投与量を決めるための臨床試験は必要だ。例えば薬局などで売られているサプリメントに含まれる亜鉛の量は、ウィルソン病やGNAO1遺伝子変異疾患の治療に必要な量よりもずっと少ない。

欧州希少疾患協議会(EURODIS)で既存薬再配置プロジェクトのシニア・マネージャーを務めるクラウディア・フックス氏は「一連のプロセスを効率化・迅速化する、医薬品転用に特化した規制や手続きはいまだに存在しない」と話す。

新薬の開発には通常10〜15年かかるが、既存薬の転用であっても患者に届くまで約3億ドルのコストと6〜8年の期間が必要だとする報告外部リンクもある。だがカタナエフ氏は、自身の方法を使えばコストは約100万ドル、期間は2〜3年に抑えられると話す。

一般に大学などの学術研究機関だけで既存薬再配置による開発から臨床試験・申請に至る一連のプロセスを行うことは難しい。既存薬の試験・販売に関心を示す製薬企業を見つけるのも簡単ではないという。

「新薬開発には多額の資金が投じられている。だが後発医薬品の転用は企業にとって費用対効果が低い」とフックス氏は言う。

製薬企業の協力が得られない場合は患者家族団体が費用を負担することになる。限られた資金の配分先をどうするか、難しい舵取りも必要になる。

既存薬再配置で全ての問題が解決するわけではない。既存薬の中に他の疾患に合うものが存在するという保証はない。もし有効なものが見つかったとしても、各患者にどの程度の恩恵があるかはわからない。

「運が良ければ、亜鉛の例のように、この先も治療不可能な状態が続くと考えられる疾患に対して有効な既存薬が見つかることがある」とカタナエフ氏は言う。「現時点で、従来の医薬品開発の方法でこうした薬を開発することは経済的に不可能だ」

編集:Virginie Mangin/ts、英語からの翻訳・編集:佐藤寛子、校正:宇田薫

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