COP30展望:スイスは気候外交での信頼を保てるか
ブラジル北部ベレンで10日〜21日、第30回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP30)が開かれる。スイス政府はプラスチック規制などをめぐる最近の国際交渉で積極姿勢を示す一方、気候外交への消極性もうかがわせている。ブラジルで指導力を発揮し、信頼を維持できるのだろうか。
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スイス南部ヴァレー(ヴァリス)州で氷河が崩壊し、麓のブラッテン村が壊滅状態に陥ってから半年近くが経った。連邦政府の交渉官らは気候変動が自国に及ぼす影響を国際社会に理解させるべく、ベレンでのCOP30に臨もうとしている。国内での優先順位と地政学的情勢が変化する現在、スイスが指導的役割を果たすのかが注目される。
氷河崩壊を発端とする地滑りにブラッテン村が飲み込まれたことは、最近の気候災害の一例にすぎない。米カリフォルニア州は森林火災で甚大な被害を受け、ジャマイカは最強クラスのハリケーンに蹂躙された。また、パキスタン、ネパール、インドではモンスーン(季節風)による大雨で多くの死者と国内避難民(IDP)外部リンクが出た。スイス再保険(Swiss Re)の8月の推計外部リンクによると、2025年前半の自然災害に伴う損害保証額は800億ドル(約12兆円)に上り、東日本大震災があった2011年を除けば記録上最大の規模だった。国連のパリ協定は産業革命前と比べた世界平均気温の上昇を1.5度に抑える目標を定めたが、世界気象機関(WMO)外部リンクによれば、2025〜29年のうち少なくとも1年はこの水準を超える可能性が高い。その場合、さらなる気候災害の発生が予想される。
しかし、COP30を前にした今、先進国の大半は気温上昇を遅らせるのに必要な温室効果ガス排出削減を実行していない。また、パリ協定で義務付けられている国別削減目標(NDC)の提出・更新を期限までに実施せず、開発途上国の気候災害対応を支援する資金拠出の拡大も怠っている。
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外交
スイスは削減目標提出で先行
目下の関心事は、誰が気候行動の推進に必要な指導力を発揮し、外交交渉を進めるのかだ。気候政策を後退させる米国はCOP30への高官の派遣を見送る方針で、欧州諸国もウクライナ戦争とポピュリスト(大衆迎合)政治の台頭に視線を向けている。
国別削減目標の提出・更新ではパリ協定署名国のほとんどが2月10日の期限を守らず、それを9月末まで延ばしてもなお、提出国は全体の3分の1外部リンクにとどまった。
化石燃料由来の排出量が最も多い中国は9月24日、国連総会に合わせて開かれた気候サミットで自国の目標を提示外部リンクした。COP30前最後の気候外交の舞台まで、発表を遅らせたということだ。しかも、その目標は2035年時点の排出量を今後迎えるピークから7〜10%削減するというもので、期待をはるかに下回っていた。なお、中国はこの段階で条約事務局外部リンクに目標を正式に提出しておらず、実際の更新は11月3日までずれ込んでいる。
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また、欧州連合(EU)も加盟国間でなかなか話がまとまらず、1990年比の削減率を2035年までに66.25〜72.5%、2040年までに90%とする目標を11月5日に登録した。
一方、スイスは2035年の排出量を1990年比65%削減するとの目標を1月に提出。他国に先駆け、更新を済ませている。
スイスの非政府組織(NGO)の連合体、南同盟(Alliance Sud)は国連総会に先立ち、カリン・ケラー・ズッター連邦大統領に宛てて書簡を出した。各国が目標提出を先延ばししている状況を捉え、世界の舞台で指導力を発揮するよう訴える内容だ。スイスの目標も十分ではないが、早くに提出したことで「各国に提出を求めるのに必要な信頼を得た」と主張していた。
国際環境法センター(CIEL)のセバスチャン・デュイック上席弁護士は、私たちは決意を試されていると指摘する。「米国が再び距離を置いた今、他国が歩み出て、責任ある政府が科学と気候行動を真剣に受け止める姿を示さなければならない。国際環境政策を導き、科学に基づく意思決定を守ることに関し、スイスには力強い実績がある」
CIELはジュネーブと米ワシントンに拠点を置き、南同盟には参加していない。デュイック氏がCOP30に関してスイス政府に呼びかけているのは、他の環境交渉と同様に多数決方式の導入を支持することだ。気候変動枠組み条約の締約国会議では全会一致方式が採用されており、交渉が行き詰まる要因とみられている。
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グラスゴーからベレンへ
スイスは最近の環境交渉で積極姿勢を見せてきた。ジュネーブでのプラスチック汚染対策の条約交渉では使い捨てプラスチック製品の禁止を目指し、国際海事機関(IMO)では国際海運からの排出削減を支持している。
また、2021年に英グラスゴーで開かれたCOP26では、シモネッタ・ソマルーガ環境相が異例の行動に出た。インドが石炭火力発電の段階的廃止を求める文言を合意から削除しようとしたことを受け、公然と対抗姿勢を取ったのだ。ソマルーガ氏は、多くの閣僚が帰国するのを尻目にぎりぎりまでグラスゴーにとどまった。そして、第三国でのカーボンオフセット(炭素排出枠の購入等による排出相殺)を巡る二重計上防止規定などに関し、より強力な合意の達成に尽力した。
一方、ケラー・ズッター氏は9月の国連総会に出席した際、気候サミットを待たずニューヨークを去ることを選んだ。また、総会演説でも気候問題は通り一遍の扱いで、資金拠出削減の脅威にさらされる多国間主義外部リンクが「移民、気候変動、デジタル移行(中略)金融の安定といった世界的課題に不可欠だ」と言及するのみだった。
さらに、連邦環境局(BAFU/OFEV)の報道官によれば、気候サミットでは同局のフェリックス・ヴェルトリ特使が政府代表として演説する予定だったが「スケジュールの問題」で取りやめになっている。
南同盟の参加団体、ファステンアクツィオン(Fastenaktion)の気候専門家ダービッド・クネヒト氏によれば、気候変動は今のスイス当局にとって「熱い話題」ではない。まず、ケラー・ズッター氏はベレン入りしない見通しだ。また、プラスチックやIMOを巡る協議では交渉官らが積極的に動いたが、閣僚級の関与は弱まっている。クネヒト氏は「力を尽くそうとしていない。(大統領)個人の政策課題や優先事項の問題だ。これでは、スイスは環境外交の有力国として信頼を失う」と指摘する。
アルベルト・レシュティ環境相は現地入りし会議に出席する。ただし、レシュティ氏には世界シェア30%超を占めるスイスの石油取引業界でロビイストだった経歴があり、2022年に現職に任命されて以降、批判を浴びている。
各国との連携と働きかけ
ヴェルトリ氏は最近、スイスがCOP30で担う役割に関し記者会見した。同氏はスイスインフォに対し、交渉団はともに「環境十全性グループ」として交渉に臨むメキシコ、韓国、ジョージア、リヒテンシュタイン、モナコなど、各国と綿密に連絡を取ってきたと説明した。また、今回の会議を「決定的瞬間」と呼び、閣僚が立ち会う重要性を指摘。「スイスは比較的小さな国だが、自らの主張を届け、(パリ協定)体制を強める決定を実現できる」と言明した。
同氏によると、スイス代表団はEU加盟国などへの個別の働きかけも行い、1.5度目標に沿った国別削減目標の早期提出を絶えず促してきた。
スイスは開発途上国との二国間合意によるカーボンオフセットの活用で先行しており、ベレンで新たな事例を発表する計画だ。オフセットを含む国際的な排出枠取引を通じ、自国排出量の40%を相殺することも見込んでいる。
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改善の余地
スイスに対しては、自国での排出削減よりもオフセットを優先しているとの批判がある。
国際環境法センターのデュイック氏は「気候変動の影響は国内各地で増大している。政府は科学的ガイダンスに沿った実効的な排出削減策を採用し、実施しなければならない」と語る。また、南同盟が実施した2024年の調査外部リンクによると、スイスとガーナの二国間合意では排出量の相殺規模が過大評価されていた。
市民団体からは、気候政策と財界の利益の相反を指摘する声が上がっている。環境政策の監視に取り組むNGOは、スイスの企業・金融機関による商取引や投融資と国際的な気候公約の整合性を高める政策が必要だと主張する。そうした団体の1つ、パブリック・アイの推計によると、スイスのエネルギー取引企業が販売する石炭、石油、ガスからの排出量は、国内排出量の100倍外部リンクに上る。一方、交渉官らは、こうした指摘に応じる政策を実行するには、議会での立法措置が必要だと主張する。
デュイック氏は「気候変動対策の牽引役としてのスイスに対する信頼は、国内での行動と国際公約の整合性で決まる。一部の業種の気候政策に見られる最近の足踏みは、指導力の低下を招く」と警告する。
COPは「合図」
ブラジル政府は10月、国営企業によるアマゾン川河口近くでの石油採掘を認めた。ヴェルトリ氏は、COP30直前という時期の発表となったことに疑問を呈す一方、多くの国が厳しい現実に直面していると説明する。
同氏は「あらゆる国が行動の必要性を認識し、気候変動に備えている。模範生はいない。誰もが従来の経済的・社会的な立場から移行する過程にあるからだ」と指摘。その上で、各国が気候行動を強化し、脱炭素計画の履行を加速できるよう「合図と方法」を提供することがCOPの役割だと語っている。
国連気候週間で討論会開催
スイス政府はCOP以外でも、気候行動に関する発信を広げている。国連総会に合わせニューヨークで設けられた気候週間では「地球大使館」と銘打ったイベントを開催。気候危機にどう対処すべきかを討議した。その際、ある登壇者から「地球の全生態系がそれぞれに代表団を派遣し、自らのため交渉に臨むとしたら、一体どうなるだろうか」との問いかけがあった。
この問いは、スイスで2025年2月に行われた国民投票を思い起こさせる。「スイスの経済活動を自然が持つ回復力の範囲に抑える」とする憲法改正への賛否を問うた、いわゆる環境責任イニシアチブ(国民発議)だ。発議者の左派・緑の党(GPS/Les Verts)青年部はスイスが資源を過剰に消費していると強調したが、改憲案は大差で否決された。
一方、スイスのニクリン・イェーガー駐ニューヨーク大使はイベントで、気候危機を単なる政治的論点とする単純な見方はもう時代遅れだと指摘。「世界が変化し、新たな課題が持ち上がれば、外交も進化、適応するものだ。私たちには視点を変えることが求められている。人類の存続は人と人、国と国だけでなく、まさに人と生態系の協調にかかっていることを認識する必要がある」と語っている。
編集:Tony Barrett/dos、英語からの翻訳:高取芳彦、校正:宇田薫
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