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ピラトゥス百景

ヴェッギス−リギ・カルトバートのゴンドラから遠景に見えるピラトゥス (写真 : 『ピラトゥス百景』から)

ルツェルン市のシンボルともいえるピラトゥス山。山の形と地肌が織り成す模様が、男性の険しい表情に見えると説明され、その顔を一生懸命に見い出そうと山を見つめる観光客を見かけることがある。

地元出身のスイス人の芸術家、ハンスイエルク・ブフマイヤーさん(50歳)は8年間、ピラトゥスを撮り続けた。このほど、4万枚の写真の中から102枚を選び写真集を出版した。スイスインフォのギャラリーでもその一部を紹介する。

 ピラトゥスに登山電車で登ったことがある観光客も多いはず。しかし「これまでピラトゥス山だけを集めた写真集はなかった」というブフマイヤーさん。ドイツ語、英語、日本語、中国語で出版された「ピラトゥス百景」は、地元を中心に初版2000部は発売後すぐに完売。スイスでは珍しく人気の高い写真集となった。

ピラトゥスの由来

 写真集に寄せられた、ドイツ語圏で今もっとも評価の高い作家、ペーター・フォン・マット(Peter von Matt)のエッセーには、山の名前の由来が語られている。キリストを磔刑に処したピラトゥスの顔のように見えるため、そう呼ばれてきたという説のほか、ラテン語でフェルトの帽子を意味する「ピレアトゥス」から来るという説も紹介されている。

 また、エッセーにあるピラトゥス山の魔物の神話も、読んで楽しい。魔物はローマからスイス全土に至るまで、数多くの悪魔に助けられながら人々に天災をもたらすが、最後にピラトゥス山にある沼に閉じ込められてしまうのだ。神話には、山を理由なく恐れる16世紀の人々に対する啓蒙のエピソードも、おまけとしてついている。

 ピラトゥス山にまつわる歴史を読みながら、写真一枚一枚を鑑賞してみると、写真家の意図が少しづつ分かってくるかもしれない。

山と人間の生活

 ブフマイヤーさんは、これまで自分の家から見えるピラトゥス山が一番美しいと思っていた。地元をもっと知ろうと各地を訪ね歩くにつれ、その土地にはその土地のピラトゥス山があることが分かってきた。フィアヴァルトシュテッテ湖を囲む各地点から、また、遠くはツークからも見える。102カ所から見えるのは、必ずしも美しい山の姿ではない。背後に小さくピラトゥス山が映し出されているものの、セメントの建物や高速道路など現代社会を写した写真も多くある。

 ブフマイヤーさんは写真集の日本語題名を「ピラトゥス百景」とした。19世紀の庶民の生活の中に溶け込んでいる富士を描いた北斎の「富士百景」に青年時代に触れたブフマイヤーさんは、北斎の版画集へのオマージュの意味を自分の写真集に込めたという。「富士山は山の理想形。富士山が女性的だとすれば、ピラトゥス山はごつごつとした男性。性格は違いますが、北斎と同じように、生活に密着した解釈ができないかと思ったのです」

北斎への思い入れ

 102枚の写真のうち47枚が北斎的要素を持っている。しかし、説明されなければほとんど誰も気づかない。たとえば北斎の36番目の富士「登龍の不二」は写真集36ページのピラトゥス登山電車のトレードマークが付いたジャケットを着た従業員。それはは赤い龍なのだ。

 「百景ですが、実は100枚ではなく102枚が掲載されています。北斎は天才。90歳で死んだ北斎が残した『せめてあと10年生きることができれば、本当の芸術家になっていただろう』という言葉にあやかりたかったのです」と言うブフマイヤーさん。北斎が使っていた印章を真似して、富士の代わりにピラトゥス山をあしらったスタンプも作った。

 日本でも本格的に発売される予定の写真集。ブフマイヤーさんの北斎に対する思い入れが、はたして日本でも理解されるであろうか。写真集の売れ行きが楽しみである。

swissinfo、佐藤夕美(さとうゆうみ)エンメン(ルツェルン州)にて

キーワード

「ピラトゥス百景」
(Pilatus Ein Berg Hundert Ansichten)
出版社Brunner Verlag
写真 Hansjürg Buchmeier
エッセー Peter von Matt / リューティ小山千早 訳

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