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ロジャー・フェデラー 17歳のとき

8月31日、今年最後のグランドスラム、全米オープンが開幕する。この機会に若きロジャー・フェデラーを知るフィジカルコーチ、ポール・ドロチェンコ氏にインタビューした。

ドロチェンコ氏にフェデラーが出会ったのは17歳の年。当時ドロチェンコ氏はビール/ビエンヌ ( Biel/Bienne ) で、スイスの有望な若いテニス選手の指導を行っていた。

swissinfo.ch : どのような経緯でフェデラーと出会ったのですか。

ドロチェンコ : その頃、わたしはすでにスイスのマルク・ロセ選手やスペインのセルジ・ブルゲラ選手などの、 ( フィジカルトレーニングプログラムを作る ) フィジカルコーチでした。1998年に「スイステニス連盟」から、ビール/ビエンヌの国立テニスセンターのフィジカルコーチとして呼ばれました。ロジャー・フェデラーは当時、身体的コンディションを改善する必要があり、そこに来ていました。

swissinfo.ch : 若いフェデラーについての思い出はどのようなものですか。

ドロチェンコ : フェデラーは技術的にすでに優れたものを持っていましたが、コート上での動きを向上させる必要がありました。ハイパーアクティブ ( 超活動的 )で、自己表現をしたがるタイプの若者で、絶えずジョークを飛ばし、彼のユーモアやエネルギーが全員に「伝染」していました。しかし一言でいえば、「シックな」人柄で、みんなに好かれていました。

私にとっては、息子のようなものでした。特別親しい関係を結び、家に食事に呼んだりしていました。しかし、彼との仕事は、簡単なことばかりではありませんでした。

swissinfo.ch : なぜですか。

ドロチェンコ : 例えばトレーニング時間に遅れて来たり、腰が重く「練習開始だぞ」と何度も言わなければならならなかったりしました。トレーニングをそれほど一生懸命にするタイプではなかったのです。一つには、彼はいつもひどく疲れていました。

しかし、結論として、成功を収めるのに、膨大な努力をしたということは確かです。

swissinfo.ch : プロのスポーツ選手にとって、大切な側面の一つに精神的コントロールがありますが、フェデラーが活発過ぎるタイプだとすると問題があったのではありませんか。

ドロチェンコ : トレーニングのすべての分野が自己コントロールに基礎を置いています。フェデラーもより良い自己コントロールができるよう自分自身と闘う必要がありました。スイステニス連盟はそのためスポーツ心理学者を1人雇いました。

一度フェデラーがラケットを投げ出したとき、または自己コントロールができなかったときなど罰を課したのを覚えています。たとえばセンターのコート上に残った黄色いボールの跡を機械を使って消すという作業をやらされていました。朝7時から、ときには凍えるように寒い朝に。

swissinfo.ch : ところで、フェデラーがいつかテニス史上初めての、世界一のテニスプレイヤーになると思っていましたか。

ドロチェンコ : もちろんノーです。わたしの腕の中にテニス界の天才が隠れているなど思ってもいませんでした。しかし、彼はほかの選手より優れた何かを持っていることは感じていました。レベルがすでに当時でも非常に高かったのです。

そして、いつも世界一になりたいと言っていました。そんなことを言うのは尊大かもしれませんが、彼の中でそのことはすでにはっきりしていたのでしょう。ATPでのランクも、ポイントも何もないときに、そうだったのです。その後1年半ですでに例外的な進歩を遂げました。そしてわたしと一緒だった3年間の終わりには、スイススポーツ界の最も期待される選手に選ばれたのです。

ところで、フェデラーがいつか全仏オープンでも優勝するとは、まったく予想していませんでした。全仏オープンの赤土のクレーコートは特別で、このコートに強い選手だけが優勝する中、フェデラーが今年優勝したことは素晴らしいことです。これでどのコートにも強いことが証明されました。

swissinfo.ch : フェデラーの成功の秘訣は。

ドロチェンコ : 努力のない成功はあり得ません。フェデラーは膨大な時間をコーディネーション、力、身体的コンディションの準備に割きました。コート上では一見、あまり速い動きをしていないように見えますが、素晴らしいコーディネーションを行っているのです。もちろん生まれながらの才能もありますが、それだけで十分ではありません。

フェデラーはテニス選手にふさわしい完璧な体を持ち、しかも無駄な動きをしない方法を知っています。わたしも彼にクレーコートでの足の使い方を教えました。

もう一つの成功の秘訣は、彼がいつも持っている安定した感情ではないかと思います。何年もの間、荒波の立たない人生でした。安定した家庭に見守られ、いつも同じトレーナーと一緒にやってきました。この安定性を支えた彼の母親の力は大きいと思います。

swissinfo.ch : 引退前にまだグランスラムタイトルを獲得すると思いますか。

ドロチェンコ : 今後数年間グランスラムタイトルをさらに増やすことは確かです。毎年少しずつ難しくなってきていますが、ウィンブルドンでは今後も優勝していくでしょう。ただ、彼の最高潮の時は2、3年前だったと思います。今はナダルやアンディ・マレー、ノバク・ジョコビッチなど、強敵がいますし。

結論としては、引退前に17から18のグランドスラムタイトルを手にすると思います。また少なくとも30歳まではなんの問題もなく、最も高いレベルを維持しながらプレーできると思います。

イヴァン・チュルモ、swissinfo.ch
( 仏語からの翻訳 里信邦子 )

グランドスラムタイトル15の王者

1981年バーゼル生まれのスイス人のロジャー・フェデラーは、ATPツアーで59勝をあげ、以下のグランドスラム戦で15のタイトルを獲得した。

全仏オープン、2009年

全豪オープン、2004年、2006年、2007年

ウィンブルドン、2003年、2004年、2005年、2006年、2007年、2009年

全米オープン、2004年、2005年、2006年、2007年、2008年

ポール・ドロチェンコ氏略歴

55年前アルジェリアで生まれたドロチェンコ氏は、選手の身体のコンディション調整とセラピーを行うフィジカルコーチ。現在フランス国籍を所有。

テニス界のフィジカルコーチとしては草分け的存在。スイスのマルク・ロセ選手やスペインのセルジ・ブルゲラ選手など有名なテニス選手のコーチを務めた。

2006年以降、スペインのバレンシアにあるスポーツ選手の国際リハビリセンターを運営している。


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