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「連帯」の力で保険料率は全リスク一律 スイスの自然災害保険

洪水
2005年8月、浸水したベルン州トゥーンの運動場 Keystone-SDA

山火事、大浸水、土砂崩れ……気候変動に伴い、世界中で大規模な自然災害が頻発している。損害をどう補償するかが各国で大きな課題となるなか、スイス独自の自然災害保険は1つのモデルとなるかもしれない。キーワードは「連帯」だ。

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2005年8月21日、自然災害保険の重要性を再認識させる出来事が起こった。スイス中央部と東部を襲った豪雨の後、首都ベルン旧市街のマッテ地区からのスイスインフォの報道はこう始まった。「アーレ川が旧市街の路地を流れ、数多くの家が2階まで浸水している」

この洪水は、現代スイス史上最悪級の自然災害だった。6人が死亡、被害総額は約30億フラン(当時レートで約2700億円)に上り、1970年以来最大の保険金が支払われた。

それから20年、アーレ川の河岸は部分的に強化され、マッテ地区はかつての魅力を取り戻している。住宅など私有財産の復旧費用はスイス独自の自然災害保険制度によって大部分が補償され、23億フランが支払われた。

しかし、ベルンを含むスイス各地で、再び大規模な洪水が発生するリスクは依然として存在する。気候変動の影響によって洪水、地滑り、ひょう、森林火災などの極端な気象現象は世界中でより激しくより頻発に発生し、被害額も増加している。

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2025年上半期、世界の自然災害による損害への保険金支払い額は800億ドル(640億フラン)に達し、過去10年間の同期間平均のほぼ2倍となった(スイスの再保険大手スイス・リーの暫定推計)。

浸水したマッテ地区
2005年8月、アーレ川の氾濫で浸水したベルン市マッテ地区 Keystone

イタリアの研究機関「気候変動に関するユーロ地中海センター(CMCC)」の研究者ステファノ・チェオロット氏は、「気候変動により、異常気象が生じる頻度が増し、多様化して被害も大きくなっている。このため、災害リスクを保険でカバーすることはますます困難になってきている」と指摘する。

一部の保険会社は、保険料の引き上げやリスクの高い地域での補償範囲を制限したり、契約更新を拒否したりしている。アメリカでは2018年から2023年の間に住宅保険料が約34%上昇した。 一方、スイスの自然災害保険制度は、今年ブラッテン村を埋め尽くした地滑りのような壊滅的な災害にも対応可能であることが示された。

フランス語圏のスイス公共放送(RTS)が最近インタビューした保険専門家によると、スイスの自然災害保険はすべての地域をカバーし、洪水や地滑り、雪崩のリスクが高い地域も補償範囲に含む。一方、保険会社は積極的に損害予防に関わることで、コスト削減と迅速な復旧を実現している。

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保険加入者間の連帯

スイスの自然災害保険の特徴は「二重の連帯」の原則にある。すべての保険加入者とすべての保険会社が、共同でリスクを負担する仕組みだ。

スイスの19州で、住宅所有者は州立保険機関の保険に加入することが義務付けられている。この強制保険は火災のほか洪水や嵐、雹など自然災害(地震は除く)による建物の損害を補償する。保険料率は法律で定められ、財産価値をベースに算出される。建物が洪水の危険が高い水辺などの危険区域にあっても保険料は上がらない。

ヴァレー(ヴァリス)州のように州立保険が義務付けられていない7州では民間保険への任意加入となるが、それでも保険の加入率は高い。この場合もすべての住宅所有者は同じ保険料を支払い、保険料は独立規制機関であるスイスの金融市場監督機構(FINMA、日本の金融庁に相当)が設定している。現在、スイスの住宅の95%以上が自然災害保険でカバーされている。

保険会社間の連帯

州立保険が義務付けられている州では、公的機関が損害を補償する。州立保険がない州では民間保険会社が費用を分担し、連帯の有効性を高めている。

スイスの自然災害保険市場の90%以上のシェアを占める12の民間保険会社は、スイス保険協会(SIA)が設立した「ESプール外部リンク」(Elementarschaden-Pool, 自然災害保険のための共同事業)に加入している。この任意団体は、リスク分散と負担の最適化を目的に1936年に設立された。

災害発生時、ESプールに加入する保険会社はそれぞれの市場シェアに応じて費用の80%を共同で負担する。残りの20%は補償契約を結んだ保険会社が負担する。

ESプールのエドゥアルド・ヘルト理事長は、「この制度によって平均以上のリスクがある地域でも自然災害補償の保険料が手頃に保たれ、補償の持続可能性が確保されている」と説明する。

1970年から2023年までの間、ESプールの加盟保険会社は総額約70億フランの保険金を支払った。2005年の洪水では、民間保険会社が10億フラン以上を支払い、残りを州立保険が負担した。

浸水したルツェルン
2005年8月の大洪水ではルツェルンの街も水浸しになった Keystone-SDA

スイスの「保険ギャップ」は小さい

自然災害保険はイタリア、日本、アメリカなど多くの国で任意加入だ。民間企業により提供されることが多い。日本では洪水や土砂崩れの被害が「水災」として火災保険で補償される。

スイスのESプールのような連帯のプール金も存在しない。そのため、個々の保険会社が高リスク地域の災害リスクをすべて負担しなければならず、多くの会社はそれを避けようとする。

これが「保険ギャップ(実際の損害額と、保険で補償される額との差)」の拡大につながり、ギャップが大きいと災害後の地域や経済の復興は難しくなる。

スイス・リーの最新データによると、2024年のスイスの自然災害における保険ギャップは26%だった。つまり、補償されない損害は26%にとどまる。これに対し、世界平均は43%だ。

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スイスの保険モデルから学ぶ

ロンドンのベイズ・ビジネス・スクールのユージニア・カッチャトーリ准教授は、「保険会社は顧客リスクに応じた保険料を求めるが、これは問題だ。高リスクの人々が必要な保険に加入できなくなるからだ。」と指摘する。「スイスのモデルはその代替になり得る」

同氏によると、スイスモデルは「保険会社はリスクに応じて保険料を引き上げられない代わりに、損害の予防に投資する」のが特長だ。例えばスイスの保険会社は建築基準に関する議論にも深く関与する。「保険市場が確立され競争が激しい国でスイスの制度を再現するのは難しいかもしれないが、保険会社間の専門知識の共有や、予防とリスク軽減の共同推進など、一部の要素を取り入れることは可能だろう」と語る。

CMCCのチェオロット氏は、「スイスの制度は、ヨーロッパで最も効率的な制度の一つだ」と言う。土地利用計画やリスクマップの作成などにおいて保険業界と地方自治体・政府が協力体制を築いている点を最も高く評価する。

最善の防御は予防

「2005年の洪水はスイスの保険業界にとって転換点となった」とスイス最古の民間保険会社モビリアの広報担当者ドミニク・ラメル氏は語る。「それ以来、予防に多大な投資を行ってきた」

SIAによると、2005年以降は州の間の協力が進み、「安全の日」や合同訓練などが実施されてきた。ハザードマップが更新され、最も危険な地域では新しいリスク評価技術が導入された。

スイスでは現在、公的・民間部門が協力し、自然災害の予防対策に年間約30億フランを投資している。SIAによれば、こうした対策と新たな研究により、2005年の洪水による被害は現在なら3分の1軽減される。「被害に対する最善の防御は、予防だ」とラメル氏は語る。

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編集:Gabe Bullard/vdv/ts 、英語からの翻訳:竹原ベナルディス真紀子、校正:ムートゥ朋子

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