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スイスのF-35A調達計画に暗雲 米国が大幅な追加費用を要求

スイスが調達予定の米戦闘機F-35Aをめぐり、米国側が追加費用を要求している
スイスが調達予定の米戦闘機F-35Aをめぐり、米国側が追加費用を要求している Copyright 2018 The Associated Press. All Rights Reserved.

スイスの米国戦闘機F-35A取得計画が揺れている。スイス連邦政府はこれまで固定価格での購入を強調し、国民投票で可決された予算上限を超えることはないと繰り返してきた。しかし今月、米国が大幅な追加費用を要求していることが判明した。「固定価格」をめぐるスイス・米国側の認識も食い違う。

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何が問題になっている?

スイスは老朽化した空軍戦闘機を刷新するため、2022年9月にF-35A戦闘機36機の購入契約を米国政府との間で正式に締結した。

当時の国防相だったヴィオラ・アムヘルト氏(今年3月に閣僚を退任)は、36機を固定価格で調達することは米国側と合意済みであり、2020年に国民投票で可決された予算上限約60億フラン(20年当時のレートで約6820億円)を超えることはないと繰り返し述べてきた。

しかし、マルティン・フィスター現国防相と国防省装備局(Armasuisse)のウルス・ローハー局長が25日、ベルンで記者会見し、米国側がこの固定価格に「誤解」があると主張し、新たに6億5000万~13億フランの追加費用をスイスに要求していることを認めた。米国内の高インフレ、新型コロナウイルス感染症のパンデミック以降の原材料・エネルギー価格高騰により生産コストが上がったことが理由だという。

「誤解」とは?

問題になっているのは、取得価格をめぐる米国とスイスの認識の「ずれ」だ。

スイス政府は一貫して、戦闘機の調達について米国と固定価格で契約合意したとの姿勢を崩していない。異なる法律事務所、また駐ベルン米大使館の専門家の意見もこれを公的に裏付けているという。

しかし米国側はこれを「誤解」だと主張する。米国側にとっての固定価格とは、米国が製造元のロッキード・マーティンに支払うのと同じ価格でスイスが機体を受け取ることを意味する。つまり、この価格が仮にインフレで変動し、その結果米国政府がメーカーに支払う金額が増えた場合、スイスもそれと同じ金額を支払う、という論理だ。

スイスは米国の対外有償軍事援助(FMS)を通じ戦闘機を調達する。同プログラムは米国政府が窓口となり、企業ではなく政府と受注契約を結ぶ仕組みになっている。

米国側は2024年8月、スイス側に対し追加費用が生じる可能性を示唆。米国国防安全保障協力局(DSCA)は今年2月末、スイスに対し固定価格は誤解であるとの見解を書面で通知した。

アムヘルト氏は3月、この件を閣議に上げたが、その時は詳しい数字は提示されなかった。米国が具体的な金額を示してきたのは今月中旬だ。ローハー局長は25日の記者会見で、「米国側は、潜在的な追加費用はスイスが負担すべきだと考えている」と述べた。

青天の霹靂ではない

スイス連邦会計検査院(EFK)は購入契約が正式に締結される前から、固定価格に警告を発していた。2022年5月の監査報告書外部リンクで「固定価格」について「スイスの法令に従えば、一括払いという意味での固定価格について法的な確実性はない」と指摘している。

具体的には契約書が「見積もり費」に何度も言及していることに触れ、特に契約条項4.4.1の「注文者は、費用が本注文書で見積もられた金額を超える場合でも総費用を支払うことに同意する」と記載されている点を挙げた。

しかしアムヘルト氏率いる国防総省はこの警告に耳を傾けなかった。

政府の反応は?

スイス連邦内閣は声明で、仮に米国政府との契約を解除することになれば、重大な結果をもたらすと懸念する。現行のF/A-18戦闘機が耐用年数を迎える2032年以降、スイスは自国の空域と国民の安全を保証できなくなるという。

国防省装備局のローハー局長は記者会見で「安全保障政策の観点から、F-35の導入は絶対に必要」と断言した。しかしその一方で、スイス側の固定価格を堅持する姿勢は崩さないとし、米国側と協議を始めていると述べた。

FMSを通じた今回の調達契約では、二国間で紛争が生じた場合の法的救済手段はない。このためスイスは外交ルートを通じての解決を模索している。

F-35Aが採用された経緯は?

スイス有権者は2014年の国民投票で、スウェーデン製戦闘機グリペンの新規調達を否決した。グリペン自体が争点になり、それが結果的に否決につながった。

このため連邦政府はより多くの賛成を得ようと、特定の機種に限定しない形での戦闘機購入計画を策定。反対派が起こしたレファレンダム(国民表決)が2020年に行われ、50.1%という超僅差で政府の計画が可決された。

F-35
F-35 Copyright 2023 The Associated Press. All Rights Reserved.

国防省はその後、仏ダッソーのラファールや米国のF-35Aを含む4種の戦闘機候補の評価作業を行い、2021年6月末、F-35A戦闘機を選定したと発表。当時国防相だったアムヘルト氏は「コスト比較において、F-35が調達費・運用費で最も安価であり、明確な勝者だった」と述べた。

国民投票のやり直しは必要か?

国民投票そのもののやり直しは予定されていないが、2度目のレファレンダム(国民表決)が出る可能性はある。左派・社会民主党(SP/PS)は先週、全州議会(上院)と国民議会(下院)にそれぞれ同一内容の動議外部リンクを提出した。「拘束力のある固定価格が存在せず、追加費用が発生する場合は」連邦議会、そして最終的にはレファレンダムを通じて有権者に信を問うことを求める内容だ。

社会民主党と緑の党(Les Verts/GPS)の代表はまた、国民投票の正当性に対する異議申し立てを検討していると発表した。仮に補正予算が必要になった場合は必ず国民投票にかけるべきだと主張する。

国防省は承認済みの予算枠内で追加費用を賄う計画を進めている。議会の承認が必要となる補正予算を回避し、調達が政治問題化するのを防ぐ狙いがあるとみられる。

なぜF-35Aは物議を醸すのか?

F-35Aはメンテナンスも含め、非常に高額な戦闘機として知られる。米国のFMSを通じてF-35戦闘機を購入している国は日本を含め複数あるが、一部の国は追加コストで痛い目を見ている。

例えばカナダ外部リンクは2023年1月に190億カナダドル(約2兆298億円 )での調達契約を発表したが、同国の監査機関が最近、最終的な提示価格は少なくとも45%増の277億カナダドルに膨れ上がる可能性があると指摘した。

デンマークでも、支援インフラ等を含めると当初の購入価格の1.5倍になる可能性が指摘されている。ノルウェーは30年間の運用コストが購入価格の2.5倍に達すると見込む。一方、スイスの試算は2倍未満だ。スイス連邦会計検査院はこの点についても2022年、「耐用年数全体にわたる保守費用には不確実性がある」と警告している。

日本でもF35戦闘機の配備計画が進む。F-35Aは三沢基地(青森県)の39機に加え、4月には小松基地(石川県)に3機が配備された。政府は今後計147機(うち42機は垂直着陸ができるF-35B)を取得する予定だが、共産党などは高額な価格や納入遅延などを理由に反対している。

F-35は「キルスイッチ」説でも物議を醸す。キルスイッチとは緊急時に機械やシステムの電源を即座に遮断する安全装置のことで、自国防衛のための戦闘機が米側の思惑で制御されるのではないか、という懸念を呼んでいる。フランス軍事情報局のトップは最近「仮に米国がグリーンランドを攻撃した場合、欧州のどの国もF-35を防衛出動させることができないだろう」と発言した。

ドローン主導の航空戦の時代に戦闘機の有用性を疑う声もある。米起業家イーロン・マスク氏はX(旧Twitter)で「史上最悪の軍事的価格性能比を持つF-35計画を中止すべきだ」と訴える。

スイスにはどんな選択肢がある?

スイス政府が追加費用を補正予算で賄う場合、激しい政治的論争と計画の遅れが予想される。国防省はこの方向性を避けたい考えだが、追加費用を「契約内の最適化」や他の防衛政策の再配分によって相殺できるかは疑問が残る。

最後の手段としてF-35A購入契約撤回もあり得るが、契約の破棄には予期せぬ財政的影響が伴う可能性がある。スイスはすでに約7億フランを米国に支払い済みで、今年はさらに3億フランの支払いが予定されている。加えて現在は米政府と追加関税をめぐる交渉を行っており、二国間関係にこれ以上の悪影響を及ぼすことは避けたい考えだ。

一方、左派政党の安全保障政策担当者たちは即時撤退の検討を強く求めている。緑の党のバルタザール・グレットル下院議員は「契約維持よりも脱退の方が安上がりなら、今こそ緊急脱出のレバーを引くべきだ」と言う。

アムヘルト氏の責任を追求する声も上がる。独語圏の日刊紙NZZ日曜版などによると、連邦内閣を監視する役割を担う国民議会(下院)の業務監査委員会(GPK/CDG)は27日、戦闘機の調達プロセスの調査を行うことを決めた。アムヘルト氏にも聴取を行う可能性がある。

ヴィオラ・アムヘルト氏
ヴィオラ・アムヘルト氏 Keystone / Alessandro Della Valle

同じ轍を踏むスイス

スイスは過去数十年間、空軍関連の軍需品調達で幾度もコストが膨れ上がる失敗を重ねてきた。主な理由は、スイス独自のニーズに合わせた高額な仕様変更(いわゆる「スイス化」)だ。

代表例が1964年のミラージュIII戦闘機の導入だ。機体をスイス山中の格納庫に収容できるようにするため大規模な改造を施すことになり、その結果、注文金額の3分の2に及ぶ追加費用が発生した。スイスは購入機数を100機から57機に減らさざるを得ず、国防相らが引責辞任した。

記憶に新しいのは偵察用ドローン導入時のケースだ。イスラエル製ドローン「Hermes 900 HFE」6機の調達費用は、当初の2億5000万フランから3億フランに膨れ上がった。さらに、アルプス山脈上空を飛行できるようにするため、スイスはディーゼルモーターへの改造を予定している。

編集:Samuel Jaberg、独語からの翻訳・追記:宇田薫、校正:大野瑠衣子

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