脱マイクロソフト スイスはそれでも機能するのか
公共放送局、鉄道から政府機関まで、今やスイスの多くの組織はマイクロソフトに頼る。依存を脱却するには時に膨大な時間が必要だ。デジタル主権の確立はなぜ難しいのか。
スイス公共放送協会(SRG)で働く我々にとって、OutlookやTeams、Officeは不可欠のツールだ。Windowsを他社製品に置き換えることはもちろん、マイクロソフトのツールを1つ別のものに替えることさえ、現実的ではない。
SRGだけではない。マイクロソフトによると、スイスにおける同社の法人顧客は5万超外部リンク。金融やヘルスケアなど規制の厳しい業界の組織も含まれる。スイス連邦鉄道(SBB CFF)やジーメンス、そして連邦政府に至るまで、スイスという国の主要部分がマイクロソフト頼りの状態だ。
マイクロソフト幹部は昨年、2026年の大統領を務めるギー・パルムラン経済・教育・研究相と並んだ席上、スイスにおける人工知能(AI)とクラウドインフラ事業の拡大に4億ドル(約637億円)の投資外部リンクを発表した。
その一方で連邦政府は、外国企業の管理下にあるテクノロジーへの依存を減らす、いわゆるデジタル主権を推進外部リンクする意向も示している。独立性を高めたいとしながらこれほどまでに多くの国内組織が米国の1企業に依存しているのはなぜなのか。
マイクロソフトvsオープンソース
社内におけるマイクロソフト製品の優位についてSRGのIT責任者らに理由を尋ねてみた。ポイントは実用性だ。
マーシャル・シャランドIT部長は「マイクロソフトが好きだから選んだ訳ではない」と話す。
マイクロソフトには従業員数千人規模の企業に対し統一された規格と相互運用性、フルタイムサポートを提供する体制がある。「ツールを社員に渡せば、動いてくれる」のだという。
Microsoft Officeの一部は、LibreOfficeなどいくつかのオープンソースソフトで代用可能だ。これらのソフトはソースコードが公開され閲覧や改変が自由で柔軟に使える上に、ライセンス料も取られない。ただし、こうしたシステムでは企業側の責任が増す。SRGでは、ほとんどの従業員が触れることのない技術インフラにオープンソースソフトを一部利用している。
このシリーズでは、スイスインフォの記者クリスティアン・フォスとサラ・イブラヒムが、仕事や日常生活で使用するWindows、Android、Googleサービス、クラウドプラットフォームやAIツールなど米IT大手の中核的テクノロジーを、スイスや欧州の代替製品に置き換えることに挑戦する。
この挑戦を通じ両記者は、個人レベルでのデジタル主権が現実的かどうかを検証し、さらにスイスという国レベルでのデジタル技術依存の現状とその改善の可能性を探る。
伊語圏スイス公共放送(RSI)のニコラ・マランゴーニIT部長は「マイクロソフトの場合は問題が起きればマイクロソフトに連絡すれば良い。だが、オープンソースの場合は、まず自分たちで問題を理解しなければならない」と説明する。
両者とも、オープンソースソフトの運用・サポートにかかるコストは過小評価されがちだと考える。
「成功する組織は、オープンソースソフトを費用削減の手段ではなく戦略として扱う。単に費用削減目的でオープンソースを採用した場合は、2年後に隠れコストを発見することになる」(シャランド)
マランゴーニは、Microsoft OfficeをLibreOfficeで置き換えることは、ほぼ全従業員の日常業務に影響するため難しいと話す。
「長年Microsoft Officeとそのエコシステムに慣れ親しんできたのに、突然やり方を変えさせられる人が現場にあふれることになる」
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オープンソースなしでは「電車は動かない」
SRGに限らず他の企業でも、従業員用ツールはマイクロソフト、組織全体のシステム作動にかかわる領域はオープンソースソフトというパターンが多い。
スイス連邦鉄道(SBB)でデジタル化とITアーキテクチャーを担当するペーター・ケラー氏は「オープンソース無しでは、電車は1本たりとも動かない」と断言する。
同氏によれば、鉄道の重要インフラは、Linuxその他のオープンソースソフトに頼るのが業界のスタンダードだ。「オープンソースシステムは、時計の内側で人目に触れない歯車のようなもの」と話す。
SBBでは、欧州の他の鉄道会社と合同で戦略的ソフトウェアを開発するオープンソースプロジェクトが複数進行中だ。ケラー氏によるとこの方式は、各組織が別々にプロプライエタリシステム(ソースコードを公開していないシステム)を使うよりも共同作業を進めやすく、鉄道運行にかかわるソフトウェアの技術革新を加速させるという。
これはドイツの多国籍企業ジーメンスが数十年来採用している手法でもある。ジーメンス・スイスのディスティングイッシュト・エンジニア(技術職の最高位)、ロジェ・マイアー氏は「オープンソース抜きに技術革新はできない」と言い切る。
同社では、大半の従業員が日常業務にMicrosoft Officeその他のプロプライエタリソフトを使用する一方で、9万人を超えるシステム開発者がオープンソースコミュニティーにヒントを得た社内プラットフォームで共同作業を行っている。
マイアー氏は「以前は各部署が縦割り作業をしていたが、今は貢献する道が誰にでも開かれている」と言い、共同コーディングを「全員が何かを持ち寄るバーベキューパーティー」になぞらえる。
オープンソース乗り換えの障壁
こうしたオープンな協働スタイルは、数々のイノベーションを生む素地を作った。現代のインターネットも、かなりの部分でオープンソーステクノロジーが土台となっている。世界中のサーバーは、ほとんどがオープンソースオペレーティングシステムのLinuxに支えられている。メタ、マイクロソフト、オープンAIなど自社でAIツールを開発している企業でさえ、PyTorchなどのオープンソースAIフレームワークを使う。
スイスを拠点にグローバル展開するオープンソースITソリューション企業アドフィニスのニコラス・クリステナーCEOは「オープンソースは既にありとあらゆる場面で使われている」と話す。「システム開発者が数千人単位で自由に共同作業をすれば、イノベーションは更に加速する」
同氏はオープンソースをレゴブロックにたとえる。完成品を買う代わりに組織のニーズに合わせて構築できるからだ。「オープンソースは選択の自由を意味する。何ができ何ができないかを、1つの大企業に決められることはない」
一方で、多くの組織はオープンソースへの乗り換えを検討する際、難しいジレンマに直面する。デジタル主権確立のための仕組みを推進するスイスの組織「Netzwerk SDS」の共同設立者パスカル・シュテックリ氏は、ジレンマは「2割値上がりしても来年のライセンス料を払うべきか、それとも脱ビッグテック(巨大IT企業)に投資するべきか?」という点にあるという。 プロプライエタリシステムからの移行はコストが肥大しがちだ。システムが組織と一体化すればするほど、切り替えの労力と経費も増大する。「ベンダーロックイン」と呼ばれる現象だ。大きな組織ならば、ソフトウェアの年間使用料、包括的な移行プロジェクトのいずれも百万フラン単位の出費となる。
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だからといって、サプライヤーの乗り換えは皆無ではない。特に値上げはその引き金となる。実際SRGは、米アドビのライセンス料値上げにともない、より低価格のプロプライエタリ・クリエイティブソフトに乗り換えた。マイクロソフトとはライセンス料を交渉した末に継続を決めた。その価格がいくらだったのかは公表されていない。
オープンソースに二の足を踏む理由としてよく挙げられるのが、セキュリティーとサポートの問題だ。誰でもコードを閲覧できるため、ハッカーが脆弱部分を見つけて悪用するのでは、との危惧が一部にある。
クリステナー氏はこれに同意しない。ソースコードの監査を分散できれば脆弱性の発見と修正が容易になるからだ。同氏はまた、アドフィニスのようなオープンソース企業が企業向け24/7サポートサービスを導入し始めた点にも言及した。
にもかかわらず、多くの組織は慎重な姿勢を崩さない。スイスインフォの取材に対し連邦内閣事務局は、一部オープンソースプロジェクトは、特にそれがITスペシャリストらの無償コミュニティーにより維持されている場合、プロプライエタリソフトへの依存を減らす上での障壁になっていると回答した。
クリステナー氏が推奨するのは、一気に入れ替えをするのではなくツールを1つずつ置き換える方法だ。例えばMicrosoft TeamsをNextcloud Talkなどのオープンソースプラットフォームに置き換えるところから始めてみる。
同氏は「オープンソースへの置き換えは短距離レースではない」と話す。「むしろ何年にも及ぶマラソンだ」
マイクロソフトに別れを告げたドイツの州
ヨーロッパには、そのマラソンの真っ只中にいる政府がある。 ドイツのシュレースヴィヒ・ホルシュタイン州は、州の行政機関のほぼ全てでWindowsからLinuxへの移行と、マイクロソフトの作業用主要アプリのオープンソース代替品への置き換えを完了した。
同州が当初目指したのはライセンス料の削減だった。それがロシアのウクライナ侵攻を受け、国家安全保障を見据えたプロジェクトに変容した。ディルク・シュレッター同州デジタル化担当大臣はスイスインフォの取材に対し「エネルギー分野では我が国の著しい依存の実態が判明したが、同様のことが今、デジタル分野でも起きている」とメールで回答を寄せた。
「自由、民主主義や主権を守るに当たり、自国のデジタルインフラを自ら構築し管理する能力が今後ますます必要となる」
初期テストから行政組織全体にまたがるロールアウトまで、同州は移行に約7年を費やした。ワークステーションの約2割は特別なアプリケーションを使用しており、マイクロソフトのライセンスをまだ必要としている。だがシュレッター氏は、ゴールはあくまで完全な独立だと強調する。
州政府によると、移行とオープンソースの最適化に投じたこれまでの費用900万ユーロ(約16億円)に対し、ライセンス料の節約分は1500万ユーロだ。
「デジタル主権への道は長く険しい」とシュレッター氏。「だが、実現可能だ」
編集:Gabe Bullard/vm、英語からの翻訳:フュレマン直美、校正:大野瑠衣子
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