監視なくして平和なし ウクライナの停戦監視、どうすればうまく行く?

ウクライナでの停戦をめぐり各国の思惑が交錯するなか、停戦合意が成立した場合にそれをどう効果的に実施・監視するかが重要な課題になっている。紛争解決を専門とするスイスの研究者は、合意内容や監視体制で肝となる要素について、全紛争当事者のコンセンサスを得られるかどうかがカギとなる、と話す。

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ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が先月一方的に発表したウクライナにおける3日間の停戦が8日、始まった。ロシアは第二次世界大戦終結を記念する戦勝記念日を9日に控えており、そのために停戦を宣言した。一方、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領はこの提案を即座に拒否し、米国が支持する30日間の停戦を主張している。
ロシアは4月にもキリスト教の復活祭(イースター)の際に30時間の停戦を一方的に宣言。二国間の合意なしの停戦で、この期間にも攻撃を受けたと互いを非難しあう事態に発展した。
2014年からウクライナで停戦監視を続けていたOSCE(欧州安全保障協力機構)特別監視団(SMM)に対し、ロシアが2022年に任務延長を拒否して以来、ウクライナには正式な国際停戦監視体制が存在しない。OSCEの突然の撤退は、多くの現地スタッフを不安定な立場に置く結果となった。
SMMの監視体制の限界
2014年からロシアがウクライナに全面侵攻する2022年まで続いたOSCEのSMMは、非武装の民間人で構成され、ミンスク合意の監視を任務としていた。ミンスク合意は2014年に始まったウクライナ東部紛争をめぐる和平合意で、SMMは1日数千件にも及ぶ停戦違反を記録し、報告することが主な業務だった。国際機関により計上されたデータは紛争の実態を知る上で透明性の高い情報源となったものの、紛争当事者の行動を大きく変えることはなかった。
それはミッションに明確な任務権限がなく、違反があった場合にどう対応するか、双方が合意するメカニズムがなかったからだ。OSCE加盟国であるロシアの存在によって、こうした権限を設けるに必要な全会一致が得られなかった。
OSCEのミッションは先駆的な取り組みだったが、明確な権限が欠如していたことが、停戦義務遵守を確保する上で妨げとなった。スウェーデンのヨーテボリ大学グローバル研究学院のアリ・ヴェルジー氏と、スイス連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)安全保障研究センターの上級研究員ヴァレリー・スティッヒャー氏は共著した報告書で、将来の監視体制を成功に導くには過去の欠点から学び、より強固な枠組みを構築する必要があると提言する。
ヴェルジー氏とスティッヒャー氏は、明確な停戦合意と信頼できる監視・検証ミッションは停戦違反の抑止に役立つが、それには現場と国際的な政治状況に即した方法が求められるという。その上で、効果的な監視体制には「明確な戦略」「違反者を特定する能力」「バランスの取れたテクノロジーの活用」の3点が不可欠だと話す。

「交渉に基づく枠組みが不可欠」
スティッヒャー氏らは、停戦の履行には明確な停戦合意、それに基づく明確な監視戦略が不可欠だと指摘する。
OSCEのSMMを振り返ると、最終的に紛争当事者双方の監視まで活動範囲は拡大したものの、明確かつ統一的な戦略や、当事者による遵守意識が欠けていたという。その結果、違反行為が蔓延し、違反者に対する処罰も遵守に対するインセンティブも不足していた。
スティッヒャー氏は、将来の監視メカニズムを成功させるには、明確かつ双方が交渉した枠組みに基づく必要があると主張する。「停戦の目的と条件を定義し、何が違反にあたるか、違反行為にはどう対処するかを明らかにした、明確で交渉に基づいた枠組みが不可欠だ。その枠組みは双方にとって受け入れ可能であり、かつ双方が受け入れられたものでなければならない」
OSCEは日本を含む57カ国が参加する世界最大の地域安全保障機構だ。しかしスティッヒャー氏は、OSCEが再び監視任務を担うには適役ではないと指摘する。ウクライナ側に前回の監視任務への不信感があるためだ。「私の見解では、既存の組織が容易にそのような任務を引き継ぐことは難しい。新たな制度的枠組みや有志連合が必要になるかもしれない。どちらにせよ、双方にとって受け入れられる組織を現実的に決定する必要があるだろう」と話す。
また違反に関しても、監視体制は単なる違反件数のカウントにとどまるべきではなく、違反者に責任を負わせる共同体制を通じて状況の改善を目指すべきだという。SMMは違反者を特定する権限を持たず、そのために影響力は限定的だった。
将来の効果的な監視には、違反の特定・責任追及・対応のための明確なルールが必要だ。ただし、こうした仕組みがあっても、当事者に停戦を守る意志がなければ機能しない。ロシアはこれまでも国際法違反や停戦合意の破棄を繰り返している。
スティッヒャー氏は、相互合意の重要性を改めて強調しつつ、共同委員会の設置が小規模な違反の管理やエスカレーション防止に役立つ可能性があると話す。
スイスの役割
SMMは、ドローン、カメラ、音響センサーを用いて監視能力を拡張させたという意味で、先駆的な取り組みだった。これらのツールによって、現地スタッフが安全上の理由などからアクセスできない場所でもデータを収集することが可能になった。
しかし、スティッヒャー氏らは報告書の中で、テクノロジーの利便性にのめり込み、あらゆる軽微な事件を全て追跡しようとすると本来の目的を見失うと指摘。テクノロジーは戦略的に活用し、停戦の安定性に影響を与える重大な違反にのみ焦点を当てるべきだと強調する。
スイスは欧州安全保障協力機構(OSCE)加盟国として、ウクライナにおける停戦監視に人員と資金の両方で貢献してきた。また中立国として、スイスは国際社会の和平プロセスや停戦監視を支援してきた長い伝統がある。その一例が1953年から継続している朝鮮半島での監視活動だ。
2024年にはスイスでウクライナ平和サミットを主催し、仲介への意欲と欧州の安全保障に対する関与をアピールした。
スティッヒャー氏は、こうした停戦・和平プロセスへの関与について「スイスは非常に有利な立場にある」と話す。「停戦とその監視において、スイスは軍事・民間双方の専門知識を有している。そしてこれはスイスが従来から関与してきた類の取り組みでもある」
編集: Marc Leutenegger/ts,ac、英語からの翻訳:宇田薫、校正:大野瑠衣子

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