The Swiss voice in the world since 1935
トップ・ストーリー
スイスの民主主義
ニュースレターへの登録

CERNの新たな挑戦 宇宙の謎を解く次世代装置

宇宙と星
依然として謎に包まれている宇宙、その起源、構成要素――CERNはこれらの謎を解明しようとしている NSF NOIRLab / Keystone

欧州合同原子核研究機関(CERN)は、よりパワフルな大型加速器の建設で限界を突破し、ヒッグス粒子に次ぐ世紀の大発見を目指している。

スイス・ジュネーブ郊外にある欧州合同原子核研究機関(CERN)は、70年以上に渡り素粒子物理学研究の世界的な中心拠点としての役割を担ってきた。25の加盟国、11の準加盟国で構成され、アメリカや欧州連合(EU)もオブザーバーとして名を連ねる。CERNの使命は、「宇宙の成り立ちとは?」「なぜ物質は存在し得るのか?」「ビッグバン直後に何が起こったか?」など、各国が個別に抱えるには巨大すぎる難題を協力して解明することだ。

2012年のヒッグス粒子の発見はCERNが達成した偉業の1つだ。同研究所の大型ハドロン衝突型加速器(LHC、2008年稼働開始)の実験から見つかった。ヒッグス粒子は万物に質量を与える宇宙の最小構成要素で「神の粒子」とも呼ばれる。CERNのファビオラ・ジャノッティ前所長(任期2016年1月〜2025年12月)は「ヒッグス粒子がなければ、私たちはここに存在し得なかった」と話す。

このシリーズでは、世界最大の素粒子物理学研究拠点CERNについて、その科学的野心が今どこにあるのか、宇宙の謎を解明するための国際的な拠点であり続けるためにどのような取り組みを進めているのかを探っていく。

ヒッグス粒子の発見は同時に多くの新たな物理学の謎を生み出した。だがLHCはこうした更なる難題を探究するには能力に限界がある。そこでCERNは将来、円形衝突型加速器(Future Circular Collider、 FCC)と呼ばれるより強力で精密な次世代加速器の建設計画を進めている。

LHCの約4倍規模の地下200mに建設される巨大施設で、スイスとフランスをまたぎ、一部はレマン湖とローヌ川の下を通る。周長はLHCの3倍以上の90.7kmに及ぶ。現行のLHCがミッションを終える2040年にその後継として始動する予定だ。こうしたヒッグス粒子を大量生産する施設は「ヒッグスファクトリー」と呼ばれ、日米欧と中国が建設を競っている。FCC計画が予定通りに進めば、世界史上最大規模の科学実験施設になる。

FCC計画の推進者らは一様に同施設の重要性を強調する。だが現在の厳しい地政学的状況下で、150億フラン(約3兆円)もの建設コストをいかに調達するかが大きな課題となっている。

米カリフォルニア工科大学のマリア・スピロプル教授(物理学)は「FCCはこの分野にとって極めて重要な施設だ。実現できる機関があるとすれば、CERNしかない」と断言する。同氏はCERNの共同研究者で、ヒッグス粒子の発見にも貢献した。

宇宙の謎

今年1月にCERN所長に就任したイギリスの物理学者、マーク・トムソン氏は「一般向けの講演で私はいつも素粒子物理学の8つの未解決問題について話すが、その半数は間違いなくヒッグス粒子につながる問題だ」と話す。トムソン氏は、現在までに知られている12種類の素粒子がなぜ全て異なる質量を持つのか、ヒッグス粒子は本当にそれ自体が基本粒子だと考えてよいのか(=別の素粒子の複合粒子ではないと断言してよいのか)といった謎を解明したいと考えている。だが現行のLHCではこれらの問題を十分に追求できない。

より根源的な謎を探究する研究者もいる。チューリヒ大学のベン・キルミンスター教授(素粒子物理学)はダークマター(暗黒物質)に注力している。「私たちは宇宙の全粒子モデルを持っていると言いながら宇宙の残りの80〜85%が何でできているかを知らないというのは、些か恥ずかしいことだ」と言う。ビッグバンによってなぜ物質が反物質よりも多く生み出されたのかも分かっていない。

「FCCが実現すれば、こうした謎の多くに迫ることができる」とキルミンスター氏は話す。

限界突破

FCC計画は2段階のフェーズに分けられている。第1フェーズでは、厳密な制御下で電子と陽電子(電子の反粒子)をより大きなエネルギーで衝突させ、ヒッグス粒子の生成を最大限に引き上げる。

「FCCの一番の目的は、ヒッグス粒子を詳細に解析し、その結果から宇宙についての謎を明らかにすることだ」とトムソン氏は説明する。

第2フェーズでは第1フェーズの装置は解体し、更に強力な陽子・陽子衝突(現行のLHCの約10倍の衝突エネルギー)を可能にする加速器を同トンネル内に建設する。稼働開始は2070年の予定だ。この強大なエネルギーを持つ装置により現在の理論モデルの限界を突破し、より重い新粒子が発見される可能性がある。「現在知られている粒子の約10倍の質量を持つ粒子を生成できるだろう」とキルミンスター氏は期待を寄せる。

CERN理事会の承認を経て約1500人の専門家がFCCのフィジビリティ・スタディ(実現可能性研究)を実施。科学的な展望、建設予定地域の地質、コスト、環境への影響についての調査研究が行われ、FCCの科学的な妥当性が確認された。CERNが任命したヨーロッパの第一線の素粒子物理学者で構成される欧州戦略グループはFCCを「卓越した発見をもたらす可能性のある、世界最大規模で高精度な素粒子物理学プロジェクトである」と評価した。「素粒子物理学界は、次に進むべき道は間違いなくFCCであるという共通認識で一致している」とトムソン氏は言う。

「あらゆる選択肢について検討した結果、科学的に最適な装置はFCCであることに異論の余地はない」

波及効果

FCCの科学的な正当性は明白であっても、政治・社会的にはまだコンセンサスが得られていない。150億フランの資金調達にはまだほど遠く、地元の反対も高まっている。ジュネーブ拠点の環境系非政府組織(NGO)ノエ21(Noé21)はFCC反対運動を続けている。既にCERNの消費電力はジュネーブ州全体の消費量の約3分の1に達している上、FCC建設により生じる掘削土は800万m3に及ぶと推算される。ノエ21のジャン・ベルナール・ビレター氏は「FCCの必要性は理解できる。だがそれは、数十億フランものコストがかかり、今後何年間も地域を汚染するような建設を受け入れなければならないという理由にはならない」と主張する。

この点については説明が尽くされていないことをトムソン氏は認めている。「FCCを環境に配慮した形で建設できることを実証する必要がある」

おすすめの記事
CERN研究所

おすすめの記事

研究の最前線

CERNの次世代加速器 建設費3兆円に正当性はある?

このコンテンツが公開されたのは、 CERNが威信を賭けて推進する次世代加速器は、揺るぎない科学的正当性を持ちながらも、現在の厳しい世界情勢下で巨額の資金調達に苦戦している。

もっと読む CERNの次世代加速器 建設費3兆円に正当性はある?

更なる科学的な正当性として、FCC推進派はCERNの成果が研究所の枠をはるかに超えて広範囲に恩恵をもたらす点を指摘する。例えばCERNで生まれたワールド・ワイド・ウェブ(WWW)は現在のインターネットの基盤となり、大型陽子加速器(SPS)から派生した技術は腫瘍の治療法の1つである陽子線治療に利用されている。CERNで開発された高エネルギーシンクロトロン光源は現在の新材料や新薬の開発に不可欠な装置だ。

FCCの第2フェーズは高磁場用の高温超伝導体の新技術開発の発展を促すと期待される。この技術は医用イメージングや核融合エネルギーなどの分野に直接応用できる。「素粒子物理学は不可能に近いことに挑戦し、そのために技術を極限まで突き詰めていく。するとそこから派生した裾野で必ず何か新しい成果が生まれてくるものだ」とトムソン氏は力強く語った。

FCC開始に先立ち、CERNは現在運用中の装置の大幅な改修を行う。LHCは6月30日に4年間の運転停止期間に入り、高輝度LHCへとアップグレードされる。目的は陽子衝突をLHCの約10倍に引き上げ、ヒッグス粒子のより詳細な解析を可能にすることだ。高輝度LHCにより、史上初のヒッグス粒子の自己相互作用が観測されると期待される。

高輝度LHCには新しい超伝導材料を用いた新型の磁石が搭載される。これにより磁石の強さは現行の8.6テスラから11.3テスラに強化される。米カリフォルニア工科大学のマリア・スピロプル教授はCMS(Compact Muon Solenoid。LHCの国際共同実験の1つ)実験用の新しいタイミング検出器(衝突点で生成した粒子を検出する装置)の開発に携わった。同検出器はわずか30ピコ秒(1兆分の1秒)の差で起こる衝突を区別できる。

CERNのマーク・トムソン所長は、高輝度LHCへのアップグレードは次世代の全ての科学研究につながる架け橋であり「LHCの新時代の幕開け」だと表現する。

編集:Gabe Bullard、 Veronica DeVore、英語からの翻訳:佐藤寛子、校正:ムートゥ朋子

人気の記事

世界の読者と意見交換

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部