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CERNの次世代加速器 建設費3兆円に正当性はある?

CERN研究所
なぜ宇宙では物質が反物質よりも優勢なのか?CERNはその謎を解明しようとしている Fabrice Coffrini / AFP

物理学の限界突破を目指し欧州合同原子核研究機関(CERN)が威信を賭けて推進する次世代加速器は、揺るぎない科学的正当性を持ちながらも、現在の厳しい世界情勢下で巨額の資金調達に苦戦している。

スイス・ジュネーブ郊外にある素粒子物理学の国際拠点、欧州合同原子核研究機関(CERN)は、新型円形衝突型加速器「Future Circular Collider(FCC)」で新時代の幕を開けようとしている。FCCは既に科学界の強い支持を得ており、約1500人の専門家によるフィジビリティ・スタディ(実現可能性に関する研究調査)の結果も高く評価されている。ヨーロッパの物理学界はFCCを次世代の主力衝突型加速器として公式に推奨している。CERNのマーク・トムソン所長は、ハンガリー・ブダペストで5月に開かれるCERN評議会の特別セッションにおいてFCC計画が承認されると確信している。

「素粒子物理学界は、次に進むべき道は間違いなくFCCであるという共通認識で一致している」

だが資金調達の目処はまだ立っていない。

FCCの第1フェーズにかかる費用は150億フラン(約3兆円)と見積もられる。その半分は加盟国からの拠出金で賄われ、2027年には欧州連合(EU)から30億ユーロ(約5550億円)の拠出金が支払われる見込みだ。昨年12月には民間から8億6000万ユーロの拠出金の約束を取り付けた。だがこれらを全て調達できたとしても、まだ約40億フラン不足している。CERNは民間寄付や非加盟国からもっと拠出金を集め、この資金不足を埋めようとしている。

無事に資金を調達しFCC計画を開始できれば、新たなブレークスルーの実現への一歩を踏み出せる。ジュネーブは次世代の多くの素粒子物理学者を引き付け活気に満ちることだろう。だが国際情勢が混迷を極める今、CERNが描く予算計画は楽観的すぎると言わざるを得ない。

このシリーズでは、世界最大の素粒子物理学研究拠点CERNについて、その科学的野心が今どこにあるのか、宇宙の謎を解明するための国際的な拠点であり続けるためにどのような取り組みを進めているのかを探っていく。

地政学的な影響

ヒッグス粒子の世紀の大発見を可能にした大型ハドロン衝突型加速器(LHC、2008年稼働開始)は、1990年代という現在とは異なる時代背景の下、国際協力が成立したからこそ構築できた。1954年のCERN発足時からの加盟国で現在最大の年間拠出金を出しているドイツはFCCを基本的に支持しているが、複数年度に渡るEUからの拠出金を当てにしたCERNの資金調達計画には異議を唱える。

同じくCERN発足時からの加盟国で、トムソン氏の出身国でもあるイギリスは、素粒子物理学事業全般への資金援助を3割削減する案を提示している。この削減案は、高輝度LHC(現行のLHCを改修し構築されるより強力な衝突型加速器。2030年稼働開始予定)で計画されている実験を含め、CERNの既存の共同研究プロジェクトの存続を脅かしている。

アメリカでは、ドナルド・トランプ政権が科学分野の予算を削り続けている。特に素粒子物理学はAIや量子技術外部リンクに比べて優先度が劣るようだ。アメリカはCERNに加盟していないが、長年に渡り強固な協力関係を築いてきた。 CERNに参画するアメリカの研究者は約2千人で、CERN最大のコミュニティを形成している。また、アメリカは高輝度LHCで使用する新しい磁石の開発に約8千万フランを拠出するなど、様々な実験に資金面からも貢献してきた。「CERNとアメリカの関係は今後も続くと確信している」とトムソン氏は言う。

ロシアとの協力関係は冷戦時代も途切れることはなかったが、ウクライナ侵攻を受け、CERNは2024年にロシアとの研究協力協定を終了した。トムソン氏は、ロシアの科学的、経済的、技術的な貢献は「極めて重要だった」と語る。ロシアが再加盟するかどうか、決定はいつになるかは現時点では不明としている。

一方、こうした様々な課題を抱えるCERNに1件の朗報が届いた。競合相手の中国が2027年着工予定で進めていた超大型衝突型加速器(CEPC)の建設計画を一旦凍結し、2030年まで先送りにしたのだ。

「これは私たちにとってチャンスだ」とCERNのファビオラ・ジャノッティ前所長(任期2016年1月〜2025年12月)は言う。「もし今CEPC計画が承認されたら、FCCよりも早く始動する可能性が高かっただろう」。自国プロジェクトを先送りにした中国は、代わりにFCCに関してCERNに協力する意向を表明している。

地元の根強い反対

CERNはヨーロッパ各首都やワシントンでの国際的な課題とは異なる種類の問題も抱えている。それはFCC建設予定地の真上に住む人々との関係だ。ジュネーブ拠点の非政府組織(NGO)ノエ21(Noé21)はFCC計画に対する反対運動を粘り強く続けている。同団体はFCCの膨大な電力消費量、建設で生じる推定800万m3の掘削土、カーボンフットプリントの不十分な見積もりに対して異議を唱える。

ノエ21の役員ジャン・ベルナール・ビレター氏は「FCCの必要性は理解できる。だがそれは、数十億フランもの(実際どれほどになるのかは誰もわからない)コストがかかり、今後何年間も地域を汚染するような建設を受け入れなければならないという理由にはならない」と主張する。

FCCの地上施設の1つが設置される予定のプレザンジュ(ジュネーブ州東部の自治体)で2月に開かれた集会には約100人の地域住民が集まった。地元の芸術家クロード・シェッピ・ボルジョー氏はヨーロッパ人権裁判所(ECHR)に提訴する可能性もあると語気を強める。ジュネーブ州議会議員のクリスティーナ・マイスナー氏は「(CERNは)協議を行うと約束した。だがいまだ何もなされていない」と発言した。

CERNは、FCCに関する一般市民との公開討論・協議を5月から4カ月間開催すると発表している。ノエ21はプレスリリースで「提示されている最初の一連のイベントは討論ではなく、一方的な説明会のようだ」と批判した。

CERNが実施したフィジビリティ・スタディは、掘削土を農業や土木建設で再利用することを提案している。また電力消費量は技術の進歩により現行のLHCと同水準に抑えられるだろうとし、FCC建設による二酸化炭素排出量については2024年パリ・オリンピックの約3分の1に収まるとしている。 だがノエ21のビレター氏にとって、これらはあくまで推定に過ぎない。ビレター氏は、1993年に建設途中で計画が中止された米テキサス州の全長87kmの超伝導超大型加速器(SSC)を、教訓にすべき前例として挙げる。

トムソン氏は地域住民と隔たりがあることを認めている。「人々の懸念を考慮しながら、FCCを環境に配慮した形で建設できることを実証する必要がある」

予算不足でも実行

CERNは150億フラン全額を調達できない場合の代替案として、規模を縮小したFCC計画案も用意している。最大エネルギーを下げ、検出器を4基から2基に減らすことで、コストを約15%(20億フラン以上)削減できると見積もる。

「これらは決して小さな削減ではないが、規模を縮小したFCCでも、他の選択肢より科学的な優位性がある」とトムソン氏は言う。

CERNの共同研究者マリア・スピロプル教授(米カリフォルニア工科大学、物理学)は、これを戦術的に賢明な代替案だと評価する。「非常に賢明な案だ。これで私たちが本気で取り組んでいると示すことができる。コスト削減のために別の道を提案すれば、研究分野自体が縮小してしまう危険性がある」

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リーダーシップをCERNの手に

CERN理事会は2028年までに最終的な決断を下すことを目標に、今年の春に正式な評価プロセスを開始する。承認されれば2033年頃に掘削作業を開始し、2046年までに稼働開始できる見込みだ。

CERN理事会のコスタス・フォンタス会長は、FCCの重要性は個々の実験の範囲にとどまらないと話す。「高エネルギー物理学のリーダーシップを誰が取るかという問題だ。上位5%の人々は自分がやりたい科学のためならどこへだって行く」

FCCの意義は宇宙の起源に関する新たな理解を広げるだけではない。社会的・経済的な波及効果にも注目すべきだと関係者らは口を揃える。よく代表例として挙げられるのはCERNで発明されたワールド・ワイド・ウェブ(WWW)だ。

「FCCが実現すれば、CERNの未来を100年先まで確実にする道が開ける」とCERNの素粒子物理学者マウリツィオ・ピエリニ氏は言う。今問われているのは、政治的な意志と科学的な野心の間で志を1つにできるかどうかだ。

FCCの行方が議論される中、CERNは既に従来装置の「手術」を進めている。6月30日、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)はアップグレードのため4年間の停止期間に入る。LHCは高輝度LHCと呼ばれるより強力な装置に改修される。目的は陽子衝突をLHCの約10倍に引き上げ、ヒッグス粒子のより詳細な解析を可能にすることだ。

このアップグレードは既に地政学的な問題に直面している。イギリスが提示する素粒子物理学事業全般への資金3割削減は、高輝度LHCで計画されている実験の存続を脅かしている。FCCが直面する政治的圧力は将来の問題ではなく、既に現在進行中の課題だということだ。

高輝度LHCは当初から橋渡し的な役割を担う装置として構想されていた。つまりFCCが実現するまでの間、CERNを科学的発見の最前線に留めておくためのものだ。これが次世代への架け橋となるか、あるいはヨーロッパの素粒子物理学における現代の「最後の煌めき」となるかは、今後2年間の決断にかかっている。

編集:Gabe Bullard、Veronica DeVore/dos、英語からの翻訳:佐藤寛子、校正:ムートゥ朋子


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