スイスの人口上限案 前例のない発想なのか
スイスでは来月14日、2050年まで国内人口を1000万人未満に抑えるという保守政党のイニシアチブ(国民発議)が国民投票で是非を問われる。人口統制策といえば中国がかつて導入した「一人っ子政策」が思い浮かぶが、スイスの提案はそれとは本質的に異なる。
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保守右派・国民党(SVP/UDC)の「人口1000万人に反対」イニシアチブは、2050年よりも前に永住人口が1000万人を超えてはならないと定め、1000万人に近づいた場合は、スイス政府と議会が様々なレベルで対策を講じなければならない、という内容だ。このイニシアチブは「人口を概ねこの水準で安定させること」を目指す。
このイニシアチブが国内だけでなく海外でも物議を醸しているのは、移民を「過密化」リスクと結びつけるという、これまでにあまり見られない形で移民問題を提起しているからだ。
イニシアチブは2050年以降について、政府は「出生超過分に応じ、毎年政令で上限値を調整できる」としている。つまり、国内で生まれた子どもによって人口が増える分については、上限の対象外となる。
移民について政府が介入するのは主に難民申請と家族再統合の分野だ。難民として暫定的に入国を認められた人は、永住許可を取得できなくなる。家族の呼び寄せも制限される。これらの人口抑制策が功を奏さない場合、イニシアチブは最終手段として欧州連合(EU)との人の自由移動協定を破棄する可能性にも言及している。
政府と議会は、人口が2050年までに950万人を超えた場合、最初の措置を講じなければならない。
このイニシアチブの詳細と、賛成派および反対派の主張についてはこちらをご覧ください。
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前例のない実験?
政府や議会など、大多数がこの構想に反対する。左派・社会民主党(SP/PS)のベアト・ヤンス司法・警察相は、仏語圏日刊紙ル・タンのインタビューで国民党のイニシアチブを「過激」と述べ、「人口上限を設けるという、世界のどの国もまだ試みたことのない実験を提案している」と語った。
本当に世界のどの国も試みたことのない実験なのか。スイスインフォは国内外の人口統計学者3人にインタビューし、発言の真偽を検証した。
スイスの実情:人口増加、移民、そして高い人口密度
まず、スイスの人口動態に対する国民党の主張は、的を得ている面もある。ヨーロッパで最も小さな国の一つであるスイスは、大陸で最も高い人口増加率を誇る(年間約1%)。国内の出生率は過去最低水準(2024年時点で女性一人当たり1.29人)にあるため、移民が人口増の主な原動力となっている。
スイスはこのままいけば、イニシアチブが可決されても法制化前に1000万人を突破する可能性すらある。連邦統計局の推定によれば、外部リンクスイスの人口は2030年代初めには950万人、2040年代初めには1000万人に達する見込みだ。
スイスの状況は先進国の間では異例だ。多くの先進国では、移民流入は人口を安定させる程度にとどまり、日本のように人口減少に転じている国もある。
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言い換えれば、スイスと比較可能な人口動態上の特徴を持つ国はごくわずかしかない。ウィーン人口統計研究所の副所長トマス・ソボトカ氏は、「(移民に関する)議論が人口規模や『人口過剰』のリスクに焦点を当てているというのは、非常に異例だ」と指摘する。
移民問題はほぼあらゆる国で政治的テーマとなっている。総じてその焦点は、社会的結束の問題やどの程度の人数、またどのような属性の人々に移民を認めるべきか、といった点に置かれている。
オランダ:移民問題を政治利用した右派は選挙で敗北
ソボトカ氏によると、スイスと同様の議論が見られたのはオランダだけだ。オランダもヨーロッパで最も人口密度の高い国の一つであり、移民超過による人口増加が続いている。現在の人口は1800万人だ。
1990年代にはすでに「1000万人クラブ」という団体が、人口を1000万人に制限すべきだと提唱していた。しかしその提言は実行に移されなかった。
2024年、同国の人口統計委員会は報告書を発表し、「穏やかな人口増加」を推奨した。人口上限を明示的に設けることは避けつつ、2050年までの人口を1900万~2000万人の範囲に収めるべきだと提案した。
ヘルト・ウィルダース極右政権はこの目標を維持するため移民・難民政策の厳格化を計画していたが、同氏の政党PVVは2025年11月の総選挙で支持を大きく減らした。新政権はこれまでのところ移民問題に関してより穏健な姿勢を示している。
ルクセンブルク:人口上限はディストピア
外国人労働者を多く受け入れるもう一つの小国ルクセンブルクは、同様の問題に直面している。しかし現地紙ルクセンブルク・タイムズの記事によると、大半の政党と経済シンクタンクは、「スイスのような人口上限策を我が国で導入すれば、確実に厄災をもたらす」と考えている。
右派政党のADRだけが、有権者が「長期的な人口制限」について投票できる機会を作るべきだと主張する。しかし、この政党はこれまで一度も政権入りしたことがない。
ガラパゴス諸島:人間の存在を制限
ジュネーブ大学人口学・社会経済研究所のフィリップ・ワナー教授によると、現在、人口制限政策は特定の人口過密地域に限られている。その一例が、エクアドルのガラパゴス諸島だ。
この島では、1998年から移住と人口増加を制限できる法律が整備されている。しかし、その理由は人口増などではなく「明確に環境保護に基づくもの」とワナー教授は説明する。この島には多くの動植物種が生息し、中には世界の他地域に生息していない種もあるからだ。
「他国でも、自国が『最大負荷』にどれだけ耐えられるかと問題提起している。だがそれはまだ理論的な議論に過ぎない」(ワナー氏)。移民を制限することで人口抑制を試みている国はまだないという。
避妊で人口抑制
しかし歴史的には、いくつかの国が家族規模を制限することで人口抑制を試みた。たとえば、子どもの数を減らすよう奨励策を導入したケース(シンガポールなど)、避妊や家族計画を推進したケース(イランがその典型で、現在でもサハラ以南アフリカの一部諸国で続いている)、さらには強制的な措置を導入した国もあった。
フランス国立人口研究所(INED)の顧問ジレ・ピソン氏は、インド政府は1940年代末以降、「世界に先駆け、国の健全な発展のために人口増加の抑制を最優先課題の一つとして位置づけた」と語る。その政策の最たるものが、1970年代の強制不妊手術だった。
明確な人口上限を設けたのは中国だけ
人口に上限を実際に設定したのは中国だけだ。同国は1979年、一人っ子政策を導入し、急激な人口増加を抑えようとした。ただ目的は人口密度の問題ではなく、急増する人口が失業や食料不足を招くと考えられたためだった。
ワナー氏は「人口規模の目標はあったが、はっきりと上限が決まっていたわけではない」と説明する。「重要だったのは、12億〜14億人を超えないということだった」
この政策は多くの人道的悲劇と男女比の不均衡を引き起こした。中国の人口は確かに減少したが、ピソン氏によれば、それには他の要因も間違いなく影響している。そして今日、人口減に直面した中国は「180度転換」し、出生率向上策をとっている。外部リンク
ベトナムも2025年、同様の理由で1988年から続いた二人っ子制限を撤廃した。外部リンク
一人っ子政策とは根本的に異なる
だが、スイス国民党のイニシアチブと中国の一人っ子政策は似て非なるものだ。
国民党のイニシアチブが具体的にどう実施されるかは、国民投票で可決された場合に初めて決定される。しかし、スイスインフォが取材した3人の人口統計学者は、イニシアチブの真の狙いは人口全体を抑えることではなく、移民を排斥することにあるとの見方で一致する。
ワナー氏は「これは(中国の一人っ子政策とは)別次元の問題だ」と言う。「権威主義体制と出生政策には強い関連性がある。しかし、移民をどう管理するかについては権威主義体制ではない国でも検討・議論が行われている」
国民党の移民排斥策は可決されるか
国民党はこれまで幾多の移民排斥策を国民投票にかけてきた。2014年の大量移民制限イニシアチブは、国民投票で僅差で可決されたが、その後の国際法などとの軋轢が生じ、法施行の段階で内容が大幅に緩和された。今回の「人口抑制」の名を借りた移民排斥案もまた、有権者の賛否が拮抗している。
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編集:Samuel Jaberg、独語からの翻訳:宇田薫、校正:ムートゥ朋子
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