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いつまでも生き続ける世界的なスイスブランドSwissair

Keystone / Steffen Schmidt

スイスの航空会社、スイス航空(Swissair)は20年前、急落下して幕を閉じた。遠い異国への憧れを満たしていた国家的看板企業は、この数十年でノスタルジーを満たす看板的存在へと変貌した。

このコンテンツは 2021/10/14 10:18

「もう終わりだろう。毎年、そう話していた」。2002年までSwissairのチーフパーサーを務めていたトーマス・マンハルトさんは当時をそう振り返る。現在は後身のスイスインターナショナル・エアラインズ(SWISS)で働くマンハルトさん。これまでSwissairで使用されていた品々を販売してきた。

2001年10月2日、Swissair所有の飛行機は飛び立つことなく地上にとどまり続けた。同年9月11日に発生した同時多発テロが、数年間ミスマネージメントを続けてきた幹部層に最後のとどめを刺したのだ。そして02年、75年間続いた航空会社の神話はまさに過去の産物となった。

こうして会社は消え、神話が育ち始めた。「何人も訪ねて来ては、Swissairのものは何かないかと尋ねる。ボールペンでもフラードでもなんでもいい。とにかくSwissairの名前が載っているものはないかと」。

2003年、マンハルトさんはある会社からSwissairのロゴ入りネクタイ6千本を譲り受けた。「3パレットもあったので、さすがに不安に思った。でも、数人に販売しただけですぐに無くなった。このビジネスが終わる気配はない。Swissairのロゴの入ったバッグ、マグカップ、ポケットナイフは今でもよく売れている」。トップ商品はSwissairで使用していたトロリーだ。今ではデパートでも売られている。

黄金期

Swissair関連の品々の販売は一見、今のレトロトレンドの一環のように思える。しかし、Swissairの終焉(しゅうえん)は、20年が過ぎた今でもまだ感情を揺さぶる出来事として人々の胸に残っている。それは、心騒ぐノスタルジーといったものをはるかに超える存在だ。多くの人々にとって、Swissairのクラッシュは今も昔もスイス国家のビジネスモデルの不名誉な失敗を意味し、しかもそれは世界の公衆の面前で起こってしまった。経済紙フィナンツ・ウント・ヴィルトシャフトは20年後の今年の春にもなお、メロドラマチックに「Swissairか、スイスの終焉か」と見出しを打ったほどだ。

現在もチーフパーサーを務めているマルクス・イェーガーレーナーさんは20年前のそのとき、アンデス山脈の上空を飛んでいた。近い親戚の1人も同じ機上に勤務していたが、これは彼にとって最後のフライトとなった。イェーガーレーナーさんは航空一族の出だ。「私はSwissairっ子だった」。そしていつの日か、自分もSwissair社員という、この「やんごとなき輪」に加わりたいと思うようになったと言う。

「当時は時代が違った。入社は難しく、教育は厳しく、社員に対する要求はとても高かった。しかしそれらは、フライト先での数日間にわたるステイや十分な休日、高額の社会給付で報いられていた。ボーナスは残念ながら株で受け取ることが多かったが」と話す表情に苦笑いが混じる。

「Swissairは私の世界を開いてくれた。これまでの長い間、落胆させられたことは一度もない。みんなすごく誇りに思っていたし、連帯感がとても強かった」と語るのは、1976年から94年までフライトアテンダントとしてSwissairに勤務したカトリン・クラウスさんだ。「Swissairには極めて特別な精神が宿っていて、強い連帯感があった」

クラウスさんは現在、SwissairおよびSWISSのパイロット・客室乗務員OB・OG連合「スイス・オールディーズ」の役員を務めている。クラウスさんには、このような企業文化が今もまだどこかに残っているとは思えない。「以前は今のように、なんでもお金を中心に考えるようなこともなかった。株の価値や株主価値は、まだそれほど前面に据えられていなかった」と話す。

また、コーヒーがペーパーカップでサービスされるようになるなど、フライト自体もすっかり魅力を失ってしまったと嘆く。「Swissairがこの数年間でいくらか理想化されたのは確か。でも、80年代の当時、私たちは確かに黄金期の中を飛んでいた」

レトロ飛行の流行-現代を飛ぶSWISS

古き良き時代を偲ぶこのような胸の内を、国際航空会社がマーケティング手段として利用し出したのは、もうかなり前のことだ。アメリカン航空は一時、TWOなど、姿を消してしまった航空会社のデザインを施したアメニティキットを機内で配布していた。機体にレトロな塗装を施した航空機を飛ばしている会社もある。

SWISSは特に過去の回想を促す企画は立てていない。しかし、神話は繰り返し忍び寄ってくる。操縦士たちは、国際線の無線連絡で「SWISS」ではなく、今もよく「Swissair」と呼びかけられると言う。SWISSは多くの人にとって、「だって、これは今もSWISSAIRだろう」という思いの略称に過ぎないのだ。

それでも、今もSwissairで飛びたいと願う人には最後のチャンスが用意されている。商標権を守るため、SWISSはチューリヒでパイパーアーチャー機の貸し出しを行っているのだ。この1機が今もなお、Swissairのロゴを大空に舞わせている。

Motorfluggruppe Zürich

(独語からの翻訳・小山千早 )

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