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スイスはAI規制の流れに乗り遅れたのか?

議会で挙手をする議員ら
Afp Or Licensors

欧州連合(EU)が人工知能(AI)の利用を規制する法案に大筋合意した。取り残されたEU非加盟国のスイスはどう動くべきか。

欧州連合(EU)は昨年12月、人工知能(AI)システムとその開発企業の増大するパワーを制限することを目的とした世界初の法律である欧州AI規制法(AI Act)の最終草案に合意した。欧州議会メンバーで欧州AI規制法の交渉を担当するブランド・ベニフェイ氏は合意後の声明外部リンクで、同法律は「この革新的技術の開発において(市民の)権利と自由の保証を最も優先するという欧州の約束を実現する」と述べた。

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欧州AI規制法の目的は、市民権や民主主義に「許容できない」リスクをもたらすAIシステムを禁止することだ。例えば、慎重に取り扱うべき個人情報を、心理操作、社会階級の分類、人種・性的・宗教的プロファイリングなどのために使用することなどが挙げられる。

米オープンAIのChatGPTのような生成AIソフトウェアや、その技術を使った改変画像の作成において、データや知的財産の透明性を確保することも要求している。

また、市場に展開されるAIのうち「高リスク」と見なされるものは全て厳しい要件を満たさなければならない。違反による罰金は世界売上高の7%にも上る可能性がある。

同法律は、今春の欧州議会と欧州評議会の投票で可決されれば EU圏で発効する。だがスイスはEU非加盟国だ。AI研究が活発に行われ、国連などの国際機関が集まるスイスにとって、この法律はどのような意味を持つのだろうか。

EU加盟国は長期に渡る交渉の結果、最も難航した協議事項について合意に達した。

欧州AI規制法の最初の草案で欧州議会が求めた、警察と政府による公共スペースにおける顔認証ソフトウェア使用の全面的な禁止は採択されなかった。だが、同使用は、国家安全保障や法執行の例外的な目的に限定される。

ChatGPTのような生成AIソフトウェア、画像操作ソフトウェア、AIを利用して動画・音声を人工的に作る技術「ディープフェイク」を使用する企業には、それらが人工的に作ったものであることを明記し、どのデータを生成に利用したかを明らかにするとともに、著作権や知的財産を尊重することが義務付けられる。イタリア、フランス、ドイツなどの国々は、同措置は自国のAI企業の技術革新を妨げる恐れがあるとして、強く反対の声を上げてきた。

多くのアプリケーションが、いわゆる「高リスクシステム」に分類される。例えば、生体認証、労働市場・大学へのアクセス、公共・民間サービスの利用などが挙げられるが、何が「高リスク」になるかの定義は依然としてあいまいだと専門家らは指摘する。

合意文書は最終的なものではない。技術的な詳細が詰められ、今後数週間のうちに最終稿が確定される予定だ。

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AI規制へと急速に突き進む国際社会

2022年11月、史上最強のチャットボット(自動会話ロボット)とされるChatGPTが登場した。これを契機に、複数の国がAI規制やリスク回避に動き出した。2021年から既に取組みを始めていたEUには、できるだけ早急にAI規制法を確定・制定することが迫られている。

中国は昨年10月、中国政府が掲げる新シルクロード(一帯一路)構想の経済圏に含まれる全ての国に向けた「グローバルAIガバナンス外部リンク」を発表し、AIに対する統治・支配・管理の指針を示した。同じく10月にジョー・バイデン米大統領はAI規制に関する大統領令外部リンクを発した。その翌月には、英ブレッチリーパークで開催されたAI安全サミットにおいて、責任あるAIの開発と安全を求める宣言外部リンクにスイスを含む29カ国が署名した。

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スイスはAIに対してはこれまで常に寛大であり、規制しない姿勢をとってきた。

スイス連邦環境・運輸・エネルギー・通信省通信局(OFCOM)の国際関係に関する政策アドバイザーのリヴィア・ワルペン氏は昨年9月、スイス拠点のAI研究所イディアップで開かれたパネルディスカッション(有識者・専門家による座談会形式の討論会)で「スイスにとっては、悪い規制を作るより、規制がない方が望ましい」と発言した。

だが規制を要求する声は、特に昨年のChatGPTの登場以後、スイスでも高まっているとワルペン氏は強調した。実際、最近になりスイスは方針を転換した。スイス連邦政府は昨年11月末、AI規制に関心を持つ国のリストに名を連ね、欧州AI 規制法と、スイスも関与する欧州評議会のAI条約に沿った規制の制定に向けて検討すると発表外部リンクした。今年末までに今後の方針が決定される予定だ。

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遅きに失したスイス

だがスイスの方針が固まる頃にはEUは既にAI 規制法を可決し、2025年末頃に発効する見込みだ。ではスイス独自のAI規制の発進は遅きに失したということなのか。

チューリヒ拠点の技術政策専門の弁護士、ボリス・インデルビッツィン氏は「事実上、そうだ」と断言する。欧州AI規制法の影響により、スイスには同法を採用する以外ほぼ選択の余地が残されていないと言う。

同氏は「スイスは適切なAI規制の列車を逃した」とし、たとえ欧州評議会などの他の国際舞台で活躍してきたとしても、欧州の交渉の場にいないことはスイスのアキレス腱、つまり弱点だと指摘する。

強い民主主義と革新的な新技術開発の拠点としての強みを持つスイスは、欧州AI規制法の策定に重要な役割を果たせたはずだ。だが「今となっては、EUの法律の制定に発言権はなく、ただEUの動きに従うしか道は残されていない」とインデルビッツィン氏は話す。

スイス企業に重くのしかかる欧州AI規制法の縛り

欧州AI 規制法が発効すれば、スイスの企業は欧州市場に参画するために同法に従わねばならない。2018年にEUで導入された一般データ保護規則(GRDB)の経験から、既に多くの企業が対応準備を始めている。チューリヒ拠点の、企業におけるAI規制に準拠した製品開発を支援する新興企業の共同設立者であるケヴィン・シャヴィンスキー氏は「非常に多くの企業が事態を深刻に考えていなかったが、先延ばしにすれば、それだけ欧州AI規制法に準拠することが困難になり、かつ費用がかかることに気付き出した」と話す。

コンサルタント企業インテルレーラの調査外部リンクによると、高リスクAIシステムの公平性と信頼性を確保するためのコストは、企業当たり年間23万〜400万ユーロ(約3660万〜6億3600万円)だ。専門的な人材の雇用も必要となる。シャヴィンスキー氏によれば、スイスの場合、同コストが降りかかる企業は全体の約3割だが、最も重いコストを背負うのは、スイス経済の要である新興企業や中小企業だという。

知的財産・技術専門の法律家のフィリップ・シレロン准教授(ローザンヌ大学法学部)は「EUはハードルを高く設定しすぎた」と主張する。

スイスを世界的なAIガバナンスの中心に

シャヴィンスキー氏は、欧州AI 規制法は安全なAI開発を保証することを目的とした初の法律であることから、欧州企業が開発するAIシステムは信頼に足るものであると世界から認識されることで、商業的に有利に働くだろうとみている。

ではスイスは同法をそのまま流用すべきなのか?

インデルビッツィン氏は、スイスの高い専門性、実践的なAI応用の実績、多国間主義と人権を推進する立ち位置を生かせば、もっと良いものができるはずだとした上で、「だが我々の力を顕在化し、世界的な影響力を発揮するためには、EUとの関係を強化する必要がある」と強調した。

一方、スイスの大学機関は、スイスが透明性と信頼性に重点を置くAI先進国となることを目指し、大学間共同事業「スイスAIイニシアチブ外部リンク」を立ち上げた。スイスの多くのAI研究者らは、地球規模の解決策を模索する新技術ガバナンスの中立的な拠点をスイスに確立できれば、スイスの前進を後押しできると考えている。

倫理・デジタル経済の専門家であるニニアン・ペフゲン氏とサロメ・エグラー氏は、この取組みに期待を寄せる。

同氏らは、最近発表したスイスのAIガバナンスの概説の中で「AIに関する世界的な枠組み条件を作るために、スイスはその強みをより戦略的に活用できる」と述べている。

編集:Veronica de Vore、英語からの翻訳:佐藤寛子、校閲:大野瑠衣子

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