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ノバルティスの大量解雇 背後に何が?

Novartis
ノバルティスは、世界で8千人に上る大規模なリストラを発表した Keystone / Georgios Kefalas

スイスの製薬大手ノバルティスが従業員の7%を削減する大規模なリストラを決定した。単なるコスト削減ではない。イノベーションの成功を模索する同社にとって転換点となる決断だ。

リストラを発表するのは簡単ではない。ノバルティスが先月末に発表したようなマグニチュードの大きいものであればなおさらだ。同社は今後3年で、スイス国内社員の10%に当たる1400人を削減し、グローバルでは10万8千人のうち8千人を解雇する。4年前にも国内で2千人以上を削減した。

スイスで150年以上の歴史を持つ同社の存在感を踏まえると、衝撃はさらに大きい。スイスを本社から移すという憶測がかなり以前から飛び交っていた。管理やIT部門はインドやチェコ共和国など人件費の安い国に移されているとの報道もある。だがヴァサント・ナラシンハン最高経営責任者(CEO)は、スイスでの雇用維持や研究開発投資など、スイスに一定の中核機能を置き続けることを機会があるごとに約束している。

ナラシンハン氏は5月、フランス語圏の日刊紙ル・タン外部リンクで「ノバルティスはスイスに長い歴史があり、スイス企業であるのは間違いない。少なくともあと1世紀はこのままだと予測している」と述べた。

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大量解雇の決定の背後にあるのは、製薬業界の風向きの変化だ。業界の雄でいるために必要なのは今や多くの労働力ではなく、看板となる医薬品、患者に劇的な変化をもたらし企業に多額の収益を生む薬を開発することだ。モデルナやビオンテックなどの新興バイオ企業が急成長を遂げたことが、その傾向を後押ししている。

希少病への高額医薬品

ノバルティスは、米国食品医薬品局(FDA)に承認された医薬品の数が世界で最も多い。過去5年間で承認された医薬品も14種と最多だ。だが企業収益上は、それらの新薬の貢献はごく一部に過ぎない。

コンサル企業IDEAファーマによると、ノバルティスの2021年の収益で、過去5年間に承認された医薬品14種の寄与度はわずか8%だった。ライバル企業のロシュは、過去5年で承認されたのは8種だが、21年収益の約25%を生み出した。新薬の貢献度がさらに大きいのは武田薬品で、収益の7割超が過去5年に承認された4種の売上げだった。

IDEAファーマはかつてノバルティスを顧客に抱え、現在はロシュの顧問を請け負っている。マイク・レアCEOは「ノバルティスは『科学に従え』の精神だったが、市場は別のものを求めている。同社のリストラは、収益力の低い製品を選別していることを浮き彫りにする」と指摘する。

業界では多くの企業が一般医療や万能薬から、患者数が少なくニーズが満たされていない病気のための個別化医療や標的療法に重心を移している。

マッキンゼー外部リンクによると、市場化している細胞・遺伝子治療は全体の1%に過ぎないが、臨床中の新薬候補でみるとは2020年2月時点で12%に上る。米規制当局外部リンクは25年までに年間10~20件の細胞・遺伝子治療薬を承認することになると見込む。

ポートフォリオが極めて多様化しているノバルティスにとって、事業の専門化は多くの同業他社に比べても劇的な方針転換となる。

「ノバルティスは多くの新薬候補を開発してきたが、いずれも専門分野として育てるには不十分だ。同社は戦略を大きく変え、特定分野の深掘りは避けてきた」(レア氏)

ナラシンハン氏がCEOに就任した2018年以来、ノバルティスは事業の処分を進めてきた。大衆薬部門を英グラクソ・スミスクライン(GSK)に売却し、19年には眼科分野子会社のアルコンを分離外部リンクした。報道によると、今年に入ってジェネリック(後発医薬品)部門のサンドも売却・分離を含めた見直しに入っている。

4月には、同社の腫瘍学部門と製薬部門を革新的医薬品事業に統合すると発表した。経営幹部の解雇を伴ったこの大規模再編は、ロシュなど競合他社の改革に続くものだ。

レア氏は「大企業の大半は自社が大企業だということに懸念がある。コロナ禍を受けて企業は社内の層を見直し、従業員が何をしているのか、それが成功しているのかどうか自問するようになった」と解説する。

ノバルティスは今、「焦点を絞った医薬品企業」と自称する。根本的な遺伝的病因に着目した遺伝子治療など、治療分野・技術を選り抜いている。

競走馬を選ぶ

同社は、リストラにより2024年までに10億ドル(約1350億円)を節減できると見込む。だが昨年、同社の保有する33%のロシュ株を売却し、資金には事欠いていない。問題は労働力の強化ではなく、お金の使い方だ。その答えは研究開発(R&D)にある。

研究部門は近年のリストラの波を免れた数少ない部門の1つだが、ノバルティスはイノベーションの源泉を社外で見つけ出そうとしているようだ。同社は3月、新設した最高戦略・成長責任者に米金融街で長年の医薬業界アナリストの経験があるロニー・ガル氏を引き抜いた。同氏は「ノバルティスの企業戦略とR&Dポートフォリオの最適化、事業開発を先導する」ことが任務となる。

ナラシンハン氏は当時の声明で「社内外で進めている事業が本当に数十億ドル規模に成長する可能性があるのか、独立した視点を持つことはノバルティスの利益となる。その声に耳を傾けることで、成功しないプロジェクトに『ノー』と言い、必要なプロジェクトにリソースを割くことができる」と述べた。

こうした考えは、企業がイノベーションの源泉として大学のスピンオフ企業や新興企業、小規模バイオテクノロジー企業などに見出すようになり、R&Dと事業開発部門の関係が強まっていることを反映する。レア氏は「競走馬を選出するように、製品を選び出す人材を採用した」と説明する。

専門分野の売却

こうした戦略転換に伴い、新しい販売部隊も必要となった。ノバルティスはこれまで、運用コスト(販売、管理、広報)が同業他社よりも高かった。ドイツ語圏の日刊紙ターゲス・アンツァイガーによると、ノバルティスの損益計算書の30%を占める。ロシュは約20%だ。

ノバルティスはswissinfo.chの取材に対し、これらの分野で雇用を絞ったとし、その理由を「よりスリムでシンプルな」組織を作るためだと説明した。ファイザーも1月、「焦点を絞った革新的なバイオ製薬企業」を目指すため、営業職を削減すると発表した。デジタル時代のなかで、医療専門家と製薬企業との対面のやり取りが減ることを見込んだ。

遺伝子治療や細胞治療に高額の値札が貼られるなか、営業部隊の役割やスキルも変化している。

それをノバルティスが身をもって知ったのが2019年のゾルゲンスマ発売だ。脊髄性筋萎縮症(SMA)の遺伝子治療薬で、1回の注射で210万ドルと世界で最も高額の治療法とされている。一部の国では新しい診療報酬体系を決めるのに数カ月~数年かかり、法律・財務に関する深い専門知識も必要とする。

英語からの翻訳:ムートゥ朋子

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